セティシア市街戦:イェネー VS ヴォーミル、アイク VS スラウォミール


◆「7-34 幕間:その騎士の姿 (5) - 可能性の子供」より:イェネー VS ヴォーミル


 力はヴォーミルの方が明らかにあった。


 力強いバスタード・ソードの一撃の数々は、いくたびもイェネーを切り伏せ、貫こうとした。

 だが、イェネーには一度も当たらなかった。イェネーはかすめそうなぎりぎりのところで避けているようだった。


 イェネーの一撃は新スキルの身体能力向上効果をもってしても、ヴォーミルの攻撃の勢いには敵わないように見えた。

 イェネーの攻撃は何度か入ったのだが、鎧にかすめる程度らしい。ヴォーミルがそれほど愚鈍でないこともある。だが、なんにせよ、目を見張る内容だった。


 ヴォーミルは体格の良さと長身であること、そして名乗りを上げ、決闘を申し出る騎士道精神に溢れる言動のままに力強い戦い方をするようだが、将校らしく、愚直に突撃することはなかった。

 戦場に行きたがる者は若い者を中心にどこにでもいるものだが、しっかり生き残ってきたのなら話は別だ。経験は裏切らない。ワリドは特別戦場に行きたがったことはなかった口だが、ヴォーミルを参戦の経験多き男だろうと察し、自分と同等かそれ以上の実力を秘めた人物でもあるだろうと推察した。


 そのようなヴォーミルと、イェネーは渡り合っている。イェネーは将校ではなく、一兵士だ。

 さきほどの戦いでも何度かそう思ったが、今のイェネーはタラークと互角以上に戦えるかもなとワリドは改めて《逆境覚醒》の効果に驚きつつも思った。タラークとイェネーは体格も同じくらいだ。


「……隊長と張り合えたかもしれませんね」


 どうやらアイクも似たようなことを考えていたらしい。


 イェネーはレベル30程度だろう。ヴォーミルはワリドと同程度であり、おそらく40から45程度。本来なら、レベルが10も離れていれば実力の差は明白だ。ひどい内容だとかすりさえしない。

 つまり、《逆境覚醒》は両者の実力差ないしレベル差を、10以上も引き上げていることになる。そのようなことが容易く出来るのなら、都市警備兵間における副隊長と隊長の力量の差はなくなってしまうも同然だ。


 想像してみたボジェクとイェネーの戦いは正直、厳しそうだとワリドは思った。単純に技術もそうだが、ボジェクはああ見えて“屋根の修理もできる”器用な男だった。

 戦いにおいてもそうで、異種武器戦闘には手慣れているし、寝技までできた。様々なスキルに対する対処も手広く心得ていた男だったし、仮に同程度の力量だとして、イェネーがスキル頼みでどうにかできるようには思えなかった。


 だが、もしワリドたちに未来があるのなら……分からなかっただろう。ボジェクはもう老いるだけだった。維持はできても伸びることはない。

 尊敬すべき1人だったというのもあるが、だからワリドは、彼の近年の放蕩にはあまり強いことが言えなかったものだ。


 そのようにワリドたちを驚かさせた戦局だったが……一向に変化がなかった。

 反撃に転じるイェネーの剣はかすりこそすれ、1つもまともに入らなかったのだ。レアスキルがあると聞いても自信を崩さなかったように、ヴォーミルは戦闘の勘がすこぶるいいものらしい。


「ははっ!! やはり私の身込んだ男だ! 楽しませてくれるっ!!」


 そうしてやがて、ヴォーミルとイェネーの剣がぶつかるようになっていく。ヴォーミルがイェネーの動きに対応してきたようだ。

 イェネーはというと、ヴォーミルの剣を受け続け、ときには流しながら、相変わらずかろうじて免れているといった様子だ。経験の差が出たか、とワリドは悔しい気分になる。


 経験の差と新スキルによるレベル差補完。この劣勢の局面をイェネーはどうするのか?


 剣の打ち合う音はいつまでも続いていた。周囲で刻まれていた地面を叩く音は徐々に音量を増していった。音の乱れもなくなり、熱量は最高潮だ。兵士たちも戦いに魅入っているようだった。


「いいぞ!! そろそろ打ってこい!! お前の一番を!!」


 ヴォーミルが剣を振りながら猛ってそう叫ぶが、イェネーは何も返答せず、たださばき続けていた。


(……いや、出来ないと言う方が正しいか)


 ワリドはヴォーミルにはまだまだ「手」があるに違いないと思う一方で、イェネーの方には手立てがないようなのを察し、イェネーの勝機が薄まっていくのを予感した。


 レベル30ほどになると、誰もが1つはスキルを発現している。多くは攻撃系のスキルだ。

 だが、イェネーが発現したのは、身体能力向上系のスキルだ。攻撃の手段が増えたわけではない。攻撃系スキルの威力は絶大だ。ない者はある者と比較しても、戦力的に大幅に劣ってしまう。


 レアスキルを発現したのだ。いずれ攻撃系スキルも1つや2つ軽く発現しただろうが……。


「……ふむ! ここまでか。仕方なし!! では、さらばだ――」


 ヴォーミルはそのような別れの言葉を唐突に告げると、刀身がぶつかって鍔迫り合いバインドになって間もなく、「うおぉらっ!!」と、渾身の力でイェネーをはじき飛ばした。


 そうして、イェネーの下半身に向けて鋭く薙がれる追撃の剣。イェネーは態勢を崩されながらも、後方に跳躍して避けた。

 だが、それを分かっていたとばかりに、ヴォーミルは既にさらに踏み込んでおり、イェネーの頭上に剣を振り下ろしていた。《十字斬り》だ。それもかなりの練度だ――


 ――イェネーの首は繋がってこそいたものの……イェネーは深く斬りつけられた。肩を裂かれ、大量の血を流しながら倒れ、もう起き上がってはこなかった。


「……ふむ。良い戦いだったな。運はあるようだったが、惜しい男だった」


 戦いを鼓舞する旋律が終わり、兵士たちから歓声があがる。ワリドも、イェネーの亡骸に良い戦いだったと内心で讃えつつ、イェネーの数年先が見れなかったことを嘆いた。




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◆「7-34 幕間:その騎士の姿 (5) - 可能性の子供」より:アイク VS スラウォミール


「……次は俺だな。……ワリド様。“あなたが来ないこと”を願っていますよ」


 ワリドは苦笑した。つまりそれは、ヴォーミルやスラウォミールは言うに及ばず、ゾフィアやレイダンすらも倒すということだ。もしくは、逃げ延びるか。


「なかなか無茶な願いだな。俺はそんなに強くない」


 アイクは顔を向けないまま微笑すると前に進んで、無言で剣先をスラウォミールに向けた。


「ほう! 3連戦か。よい、よい!! “スラミール”やってやれ!!」


 ヴォーミルが観戦好きの成金貴族よろしく、間違えながらそう磊落な笑みを浮かべたのに対し、スラウォミールは、「スラウォミールだ」と訂正しながら、ゾフィアに顔を向けた。


「好きにしな。ただし、一度でも奴の剣が入るならお前は降格だ」


 ずいぶんなめられたものだとワリドは思うが、スラウォミールは、分かりましたと落ち着き払って返答した。

 レイダンを見てみると、腕を組みつつ、それほど楽しんでいる風ではなかった。仮に筆頭騎士を排した若い野心家であるなら、占領中の決闘など無駄な行事にも思えるのかもしれない。


「お前の隊長を俺がやったのは見ていたはずだが」


 と、そうアイクに言葉をかけるスラウォミール。


「俺は総隊長より実力がある」

「ほう。なのに総隊長になれてないのか」

「指揮官の才は俺にはないからだ」


 そうか、とスラウォミールはあまり興味がないのか、会話を続けることはなくハンマーを構えた。兵士たちは再び地面を鳴らし始めるが、スラウォミールがしなくていいと言うと、やがて音は鳴りやんだ。


 スラウォミールの巨大なハンマーは少々変わった外見をしていた。

 形状こそ、鍛冶師が使うハンマーに類する形をしているのだが、戦闘用だ。打つ頭部の部分は鍛冶師のものに比べ物にならないほど巨大だし、反対側には釘抜きの類があるわけもないのだが、代わりに筒のようなものがあった。


 残念ながら、槌系武器の知識はワリドにはあまりない。

 だが、仮にも副官が持つ武器だ。しょうもない武器であるはずもない。実際、ネリーミアの氷塊を粉々にし、ボジェクや兵士たちを吹き飛ばしている。


 ハンマーには、見事な金属細工と彫刻が節々に施されていた。ただ、見慣れない意匠だ。ハンマー自体もミスリルを思わす濁りのない銀色の煌めきがあった。幾度となく振り回し、石畳を破壊しているのだから、剣の一撃などそう簡単に通るはずもない。

 明らかに魔法道具マジックアイテムだろう。副官以上の戦闘では、やわなものは扱えない。七星、七影の副官の中には扱う者がいるように、神級法具アーティファクトかもしれない。


 ドワーフでもハンマーを戦闘に用いる者は多くない。魔法効果も不明だ。ワリドは戦いにくい相手だろうとアイクの身を案じた。


「おそらくそう時間はかからんからな――」


 ワリドのそうした内心をストレートに代弁したスラウォミールは駆け、ハンマーを振りかぶり、アイクに向けて降り下ろした。

 アイクは軽々と避けたが振り下ろされた一撃は地面にぶつかることはなく、次いだ横からの追撃により、攻撃には転じることができない。ボジェクをやったハンマー使いだ、一筋縄でいくわけもない。


 それにしてもワリドはハンマーの速度に違和感を覚えた。重量感を少なく感じたのだ。

 ハンマーそれ自体は相当の重さと威力があるように思えるのだが、振る速さが、剣速とさほども変わらなかった。これは何かあるな、とワリドは思う。武器の重さ、振る速さは、魔法道具であれば外見からの判断はできないし、危険だ。


 2回目。3回目。アイクは3回目の打撃にしてようやく攻撃に転じることが出来たが、――まるで突きのような、ずいぶん速い一撃がアイクを襲った。ハンマーの筒の部分が淡く光っていた。

 アイクは剣を両手で抑えてかろうじて、横殴りの一撃を防いだ。ワリドが思う以上に重たい一撃のようで、アイクは決死の表情でハンマーを止めている。


「“はしれ”――」


 だが、スラウォミールがなにかを呟いたかと思うと、筒が強く光り出した。筒に等間隔で開けられた穴からこぼれる白い光はいよいよ濃くなり――


 ――アイクは猛烈な勢いで吹き飛ばされ、豪快な破壊音を立てながら、家屋の石壁に穴を開けていった。

 スラウォミールはその勢いのままぐるぐるとその場で2回まわったかと思うと、やがて止まった。アイクが飛んでいった家屋を見ながら、おもむろにハンマーを地面に立てる。そうしてしばらく家屋を見ていたが、やがてワリドの方を向いた。


「お前は知っているだろうが、隊長に必要なのは経験だ。指揮能力も必要ではあるがな。……奴の隊長は、俺のダグザヴィアに触れまいと苦心していたんだがな。まあ、その前に実力の差もあったが」


 吹き飛ばされた先からアイクが立ち上がる気配はなかった。ダグザヴィアがハンマーの名前のようだ。


「隊長になる者はその組織に一番必要とされた者がなるべきだ」


 ワリドの言葉に一瞬スラウォミールは自軍の方に戻る足を止めたが、わずかに肩をすくめただけだった。

 ワリドはもう一度アイクが飛ばされた家屋を見た。パラパラと家の石材が落ちる音がするばかりで、人が出てくることはなさそうだった。イェネーと同じように、アイクもまた、先が楽しみな男だった。

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