セティシア市街戦:ネリーミア VS アマリア軍


◆「7-32 幕間:その騎士の姿 (3) - 水魔導士と黒騎士」より:ネリーミア VS アマリア軍


「前線下がってこい!! 橋を上げるぞ!!」


 ボジェクの指示が兵士の声によって伝っていくと、まもなく前線にいる兵士たちが下がってくる。ボジェクの言うように、橋を上げて敵の侵攻をせき止めてしまうためだ。

 下がる隙をつくるため魔導士たちは依然として魔法を展開しているが、中にはしっかりネリーミアもいた。


 橋を後退していきながら、1人また1人と魔導士たちが隊の後ろに下がっていく。先頭になってしまってもなおネリーミアは、アマリアの兵士たちに果敢に杖を向ける。

 それと同時に杖の渦巻く白い意匠の中にある青い宝石が淡く輝く――


 中級魔法レベルと思われる大きさの青い魔法陣が杖の前に現れると、川から“リバカジキ”でも跳ね飛んできているかのごとく、猛烈な勢いの水撃が橋の左右から兵士目掛けて発射される。

 先頭にいた1人の兵士がその場で横転した。もう1人の端の方にいた兵士は上半身に直撃を受けてよたつき、さらに兵士1人がよたついた兵士から巻き添えをくらった末、計2人の兵士が川に落ちた。


 次いで川から発射される水撃。死ぬほどのダメージはなかっただろうが、鎧を着た兵士を吹き飛ばせるなら一つの技としてじゅうぶん完成されている。

 やはり足止めとしてはじゅうぶん効果的だったようで、後続の兵士は立ち止まってしまう。水の巨矢は相も変わらず、リバカジキの遊びであるかのように止まらずに発射され続けている。


 続いて、先頭の兵士が突然叫びながら目元を痛がりだした。噴射された水が当たった様子はない。


 ネリーミアの前では、水色の魔法陣が出ているのにくわえて、小さめの緑色の魔法陣が出始めた。

 魔法陣のサイズ的に風魔法の方はワリドは初級魔法だと推察した。そうなると、痛がったのは《風刃ウインドカッター》でも当たったからか。ネリーミアは水魔導士だが、風魔法の使い方も多少は心得ているとは聞いていたが。


 ワリドは橋に設置された防壁の上から、半ばネリーミアの独壇場となっている橋の上の様子を見ていて、ネリーミアの技と戦略的な魔法の使い方に感心した。

 初級魔法も燃費がいいのはもちろん、使い方によっては脅威であるとは常々聞いているが、まさにそうだろう。


 《風刃》をバイザーの隙間を縫って目に命中させることは決して容易いことではない。また、少しでも障害物があると《風刃》の威力は著しく落ちるため、よほど接近していない限りはバイザーを下げた兵士の目を狙うのはあまり得策ではないとされている。

 だが、結果として、目つぶしに成功している。隙間を縫えたかどうかは気になるところだし、威力を上げたのかもしれないが、いずれにせよ目つぶしには成功している。


 目をつぶされにいきたい兵士などいるわけがないし、目をつぶされた兵士が戦力として数えられるわけもない。


 兵士たちはいよいよ及び腰になった。《風刃》は複数到来し続けているようで、鎧で受けるため兵士たちは背を向け始め、中には態勢を崩した者もいた。

 川からは相変わらず猛烈な勢いの水の噴射が続いている。致命的な被害こそ出ていないものの、さすがにむやみな突撃は止めたらしく、進軍がピタリと止まる。


 先頭の兵士の左右に《石壁ストーンウォール》による石の壁が出現したが、ネリーミアが杖を壁の“根元”に向けたかと思うと、噴射された水によって石の壁はあえなく倒れた。もちろん、壁魔法がそんなやわなわけもない。

 壁は兵士たちに向けて倒れ込み、兵士たちはやっとのことで壁を押し返して石壁を川に落とした。


 構築反転アンチ・マジックの魔法には魔法陣がなく、魔導士でない者には察知が難しい。


 そのため何をしたのかワリドにはとっさには分からなかったが、妨害したことは察した。

 魔導士同士による「見えない戦い」は騎士団内の魔導士の練度ではなかなか見る機会はないが、ルートナデルにいた頃は身近で見聞きしていたし、戦場でも目にしたことがある。頼もしい限りだと薄い笑みがワリドの口元には浮かぶ。


「ち、近づけません! 構築反転です!! ミハイルさん!」

「あの練度は私にも無理だ!!」

「黎明部隊でも厳しいようです!」

「ちっ。ちょこざいな……ならこっちも攻撃魔法を打ち返せ! レアル! バーレント! 迎撃しろ! でかいのをかましてやれ! 射手もだ! 兵士たちは目を隠してなるべく集まって進め!」

「あああ!  目がああっ!」

「誰かそいつを治療してやれ! うるさくてかなわん! 」


 この場の指揮官らしい男が叫ぶ。矢もくるか。なら。


「こっちも射手準備しろ!! 誰かネリーミアの前で防御しろ!!」


 ワリドの声にさっと3人の盾を持った兵士がネリーミアの前方に行き、盾を構えた。


 2人は団員のオデルマーと兵団のプジョーだろう。もう1人の巨体の者は見知らぬ兵士だった。

 装備はセティシア兵団の装備のようだが、あのような体格の盾持ちはワリドは心当たりがなかった。セティシアの攻略者かなにかかもしれないが、盾の構え具合はオデルマーとプジョーにも増して頼れるものがある。兵団にいたら名前を憶えていただろう。


 4人はじりじりと橋を後退していく。敵の複数の兵士たちは水の勢いに負けぬよう、固まって進行しようとしていたが、渦巻いた水が直撃して彼らは散り散りになり、ドミノ倒しのように倒れた。その隙を狙って再び川に落とされる兵士たち。

 上級魔法の《渦潮ワールプール》か《水撃波スプラッシュ》かは分からないが、対応策もきちんと考えられているようだ。《渦潮》だとしたら、これほど心強い水魔導士もいない。ただ、魔力の問題がある。あまり長くは持たないだろう。


 矢が到来し始めた。

 ワリドは防壁の隙間から矢に当たるという間抜けを起こさぬよう、さっと防壁に身を隠した。横にいる北部駐屯地の兵士が矢を放ち、同じく身を隠す。


「あのような可愛らしい女傑がいたとは俺は知りませんでしたよ」


 と、隣の北部駐屯地兵からの言葉。


「俺も今初めて知ったかもしれん」


 川からは相変わらず水しぶきの音があがり続けていたが、方々では不運にも矢を受けた者のうめき声があがっていた。

 間もなく戦地から「あっつ!! あつい!」という叫び声。ワリドは、兵士がネリーミアから“熱湯”を浴びせられたのだと察した。《熱湯撃ボイル・ブロー》は水魔導士の十八番の戦法だが、多彩だ。水魔導士が戦闘では役に立たないというのは全くの虚言のように思えてくる。


「娘が魔法の才能があるらしいんですよ。彼女の魔法道具屋に行こうかと思ってます」

「ふっ。それがいい」


 ――突然自陣から爆発音があがり、再び何人かの兵士が火に包まれた。敵の魔道士による《業火魔弾レイジングフレア》だ。

 そう連発できる代物ではないし、してもこないはずだが、こればかり食らうのはよくない。あとには<黒の黎明>党首との戦いも控えているのだ。


 ワリドの考えを察するように、突然周囲の湿気が強まった。

 《隠者の霧ディターブ》だろう。魔法行使が非常に難しくなり、強行すると魔力の消耗が増える妨害魔法だ。これで少しは静かになるだろう。ワリドは急いで防壁を降りた。


 門から先を見てみれば、橋の上には巨大な氷の塊が積み上げられてあり、その上に水がかぶせられたところだった。場所はしっかり掛け橋の範囲外だ。


 ボジェクが「今のうちだ! 橋を上げろ!」と声を張り上げる。


「やるじゃねえか、嬢ちゃん! あんな戦術的な戦い方をする水魔導士なんざ俺は見たことねえぜ!」


 見知らぬ長身の兵士が豪快な声でネリーミアを鼓舞した。オデルマーも俺もですよ、と同意する。

 よくよく見ると、長身の兵士の腰の長剣の鞘が見覚えのある意匠だった。名のある剣士のようだが、どこで見たんだったかワリドは思い出せない。


「それはどうも……」


 さすがに魔力の消耗が激しかったようで、ネリーミアの声は疲労が色濃かった。彼女は腰からエーテルを取り出して飲み干した。顔色がよくなっていく。


「ふう……。そういえばあなたはどなたですか? 兵士ではないようですが」

「ん? アンゼルム・レパードットっていうんだが、知らねえか? 昔は腕を鳴らした攻略者なんだが」

「かつて大剣闘士ウォーリアーの隊員入りを推挙されていた御仁ですよ」


 プジョーの補足にネリーミアが感心した様子を見せる。


 アンゼルム氏だったか。ワリドも会ったことはないが、セティシアで隠棲しているとは聞いたことがある。

 なるほど、ではあの剣の意匠はカラツクヤ氏の一品だろう。鍛冶師カラツクヤは一昔前、オルフェ切っての名鍛冶師の1人として知られていたが、アンゼルム氏は彼と親しかったと聞く。


 ネリーミアたちが後ろ歩きで橋を渡り終える。その時だ――


 何かを豪快に砕いた鈍い轟音がしたかと思うと、1本の矢が名攻略者の肩を鎧ごと貫いた。


「――ぐっ……!」


 瞬く暇もなく、次いで飛んできた矢は、盾から顔を出していたオデルマーの額を打ち抜いた。2人ともろくに声を発さぬまま倒れる。


「《壊鎧の一撃アーマーブレイク》か!」


 しかもかなりの練度だ。


 橋を見れば、黒い鎧を身にまとった兵士が巨大なハンマーを振って、地面に残った氷塊をさらに減らしたところだった。

 さっきの砕かれた音は氷塊を打ち砕いた音だったようだ。傍には弓を構えている兵士が数名いるが、……オデルマーをさっと視界に入れる。


 オデルマーは額から血を流しながら、物理防御魔法とバシネットのバイザーを易々と貫いた矢を立てたまま、微動だにしない。


(……これまでよくやった。眠れよ)

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