VS 山の剣
◆「7-14 フィッタ虐殺 (1) - 見覚えのない光景」より:VS 山の剣
「……ん? おい、お前! どうした? しょんべんちびりそうか??」
左手の家屋から麻袋を持った男が一人出てきて声をかけてきた。
生存者がいた、と内心が喜色に染められるのを感じつつも、彼らの外見からすぐに“違う生存者”である可能性を察した。
男は革の装備をつけている。腰には剣。装備のところどころが染みで汚れている。ほとんどが赤い。……血か。
俺の内心は違うベクトルでみるみるうちに歓喜した。
……ははっ。こいつらか! “こいつらがそうか!” 現れてくれて嬉しいぞ。緩む頬が抑えられない。
「あ? ……なんだあいつ。ママのおつかいから戻った口か?」
出てきた男の後ろから別の男が顔を出してくる。こいつも同様に革の装備一式を身に着けていた。
「胸当てつけてるな」
「じいさんが心配になってつけてやったんじゃねえか? 俺たちみてえのがいるしよ」
「じいさん? ……ああ、なるほどな。そうかもな?」
お前らには俺の出自は絶対わからねえよ。可能性も捨てきれなかったが、やはり加害者側のようだ。……ベノさんが俺のじいさんか。悪くないかもな。
男は麻袋を地面に置いた。金属音が鳴った。中身は金か。2人は俺の方に歩いてくる。
俺に声をかけてきた男は、鼻頭に深い切り傷があり、顔のパーツが中心に少々寄った男で、後ろで長い茶髪をしばっていた。前髪は波打っていて、雨にでも降られたように妙にテカっていた。昨夜にイカサマを見破った奴も長かったが、この世界では珍しいちょっと女性的な髪型だ。
一方のもう一人は、全てがどうでもいいと思ってそうなすました顔をしていた。ある意味でアジア人顔だ。だが髪は金色ショートで目も淡褐色だ。張った堅そうなアゴには切り傷がある。
村の奥の方で悲鳴が聞こえた。助けに行かないとな。
「逃げたり叫んだりしないのか? 勇敢だねぇ」
視線が2人の首に行く。血、浴びたくないな。
長髪の男が鞘から音を立てて剣を抜いた。至って普通の剣だ。いや、少し細めの綺麗な剣だ。装飾は控えめのようだが。
とっさにこの男たちが襲撃した側でない可能性を考えた。あるか? そんなこと。
「殴りにこないのか? てめえには復讐する権利があるぞ。まあ、返り討ちにあっても文句は言えんがな」
復讐する権利ね。何様なんだ? こいつは。
「……じゃあ、死んどけ」
男は俺が会話する気もなければ大した反応もないのをつまらなく思ったらしく、肩をすくめたあと、俺の首に向けて刺突してきた。やはり襲撃犯のようだ。
しかし容赦ねえな。まあ、ありがたい。遠慮しなくていいってものだ――
――俺は剣先を親指と人差し指、中指の3本で“つまむ”。
「あ? ……っく!! なんだこいつ! 動かねえ!!」
体で押し込もうとするが、俺の胸に向けられた剣はビクともしない。
「は?? 幻かなんかか??」
金髪ショートが焦ったように長髪の奴と同じ剣を抜いて、俺の肩目掛けて降り下ろしてくる。――が、これも俺の左手の指につままれる。
同じように金髪ショートも渾身の力を入れてくるが、ビクともしない。
……この剣、もらうか。新品同然のようだし、生存者の身を守る用にあげよう。“必要になるか”分からないが。
金髪ショートが早々と剣を諦めてボクサーポーズになり、ジャブでアゴを狙ってきたので、蹴った。彼は軽く吹き飛んで、地面を滑っていく。
「――ぐっ!」
俺は《
奴らを即死させろと念じる。
急に意志を持ったかのように牛突槍が“発進”し、それぞれの胸を射抜いた。2人とも串刺しになり、何度か手足をばたつかせたり、痙攣したりしていたが、やがて力が抜けた。
牛突槍を抜き、こいつらの仲間に見られて警戒されないように消す。地面には血が広がっていく。
穂先でかいから心臓潰れただろうな。
俺も殺人者か、といういくらか落胆する心境になったが、取り乱す様子はないらしい。
まあ、奴らの方が先に仕掛けてきたし、明確に奴らは悪だったしな。この村の惨劇を生んだ死ぬべき大罪人だ。だいたいもう、俺がいる世界は現代じゃない。こんなことを平気で行う奴らが跋扈する世界であり、こんなことを平気で行う奴らを始末するのが仕事になる世界だ。
ベノさん含め、村の人たちの報復が多少なりともできたのだから喜んでもよさそうだが、別にそういうわけでもないらしい。
手が震えていた。
確かにいくらか興奮しているし、間違いなくたかぶってはいるのだが、俺は自分が今、どういう心境なのか自分でもよく分からなかった。俺はこの村の住民でもなんでもない。
……まあ、どうでもいいか。とにかくこいつらが悪なのは確かだ。始末に負えない悪は、力を持て余している俺が始末するべきだろう。
>称号「山賊を退治した」を獲得しました。
しかし……思ってた以上にミノタウロスより雑魚だったな。当然か。体格が違いすぎる。
ふと気づいてもう一度自分の手を見る。……毒を塗ってる可能性もあるか。いかに俺がバカみたいな力を持っていたとしても、毒の対処法はとくに持っていない。刃先に触れるのはやめよう。
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◆「7-15 フィッタ虐殺 (2) - 代理処刑人」より:VS 山の剣
……ん。誰か来るな。
口と手を縛られた女性2人が男に連れられてやってきた。
「――来たか」
「――おい、コート!! 早くダイスをまわしてくれ!!」
「――ドゥラント、どっかで隠れてそいつら脱がしてこい。脱がしたら呼ぶまで来るなよ? ナイクスの奴が興奮して飛びかかっちまうからな。まあ、そんなことになったらナイクスの命はねえがな」
「――了解」
「――そんなことしねえよ……」
「――わりいわりい。俺は賭博の神をかたる奴らとお前の口は信用しないことに決めてるんだ」
下卑た声の笑い声が起こった。
女性2人と連れてきた男が向かいの家屋の中に行くと、連中はダイスを始めたようだった。順番決めかなにかか。
気がそれてるのはいいが……二手に別れてるのは手間だな。出来れば一撃で仕留めたいところだ。
……一撃か。……みんなダイスを見てて同じ姿勢だな。高さもちょうどいい。懸念事項は……家屋はまあまあ離れてる。絶対に安心という距離でもないが……。テーブルもおそらく大丈夫。最低限の物音ですみそうだ。手前の柵は諦めよう。
ダゴバートのところに戻る。
「これから襲撃してくる。女性が2人、強姦されそうだから連れてくる」
「分かった」
「終わったらここにくるからそれまで待機しててくれ」
3人が同意したのを確認したあと、俺は――連中の前に姿を現した。
「なんだぁ? てめえ――」
1人が立ってるようだがまあいい。
俺は団長がしていたように居合のような構えを取った。
そうして、ジル戦や七世王と会った時のように伸ばした《魔力装》を連中に向けて思いっきり薙ぐ――
「あ……?」
――振り抜く中で、《魔力装》の刀身が日本刀に近い細身の形状になっていた。
金属鎧の奴含め、無事に全員切れたようで、連中は間もなくばたばたと倒れていく。真っ二つだ。テーブルもしっかり無事、日本刀のようだった形は元のビームソード的な形状に戻っていた。
考えていた通り、下半身はみんな地面に投げ出されたが、上半身はテーブルの上にいったものと地面に投げ出されたものとで分かれた。各々の投げ出された半身からは、“中身”が色々と出ていた。気持ち悪かった。
後ろの酒屋らしき建物まで斬ってしまわないかが懸念事項だったが、家屋はとくに倒壊しないようだ。長さ的にもほどよかったし、影響はなかったものらしい。柵はまあ斬ってしまったけども。
だが……
「いてえ!! いてええぇぇっ……!」
元々立っていた奴は両脚を失っただけになってしまった。痛いのは当然だろ。叫ぶな。お前の罪だ。
《瞬歩》で移動して、地面に投げ出された彼の首に《魔力装》を刺した。あまりにもあっさりと首は上半身から離れ、静かになる。
「頭が、いてえ……なにが……どうなって……」
「うぅ……俺の腕が……」
「……はっ! 哀れな姿だなぁ、ブラジェイ……」
「人の事言えねえだろ…………」
テーブルも地面も、両断された奴らが転がっている。血溜まりがどんどん広がっていく。
懸命に身を起こそうとする者もいたが、目の前には同じ末路を辿った者がいるせいか、それとも目の前に広がる血の量で自分の末路を理解したのかは分からないが、すぐに諦めたようだ。
一瞬村の入り口で見た惨状より遥かにひどい有様なことのように思えたが、それはないなとすぐに思い直した。フィッタの二度と見たくない光景はそもそもこいつらがもたらしたものだ。
それに、“俺がやったのではない”。“自分たちの大罪が引き起こした一つの「最悪の現象」にすぎない”。彼らを退治する役割がたまたま俺にまわってきただけだ。俺はさしずめ天災みたいなものだろう。
ダゴバートがしたように、俺ではなく村の人や兵士たちがやれていたらと思う。俺とこいつらは関わりがあったわけではない。
……戦争をなくせそうにないこの世界では、怨恨の感情にどう蹴りをつけるんだろうな。ああ、蹴りをつけるも何も実力がなければ殺されるか。多くの人は恨み辛みを押し殺して過ごし、時間によって風化されるのを待つのだろうか。嫌な話だ。殺せる実力があったとして、真っ先に復讐するのもちょっとどうかとも思うけど。
それにしても……血のにおいがくさい。
消化液か分からないが、すえたような変なにおいもある。一応心臓付近を切ったが、結構ずれがあるようだ。
彼らだって制止してるわけではなかったので仕方なかったが、このにおいだけでやらなければよかったという気分にさせられる。
「コー、ト……こいつどうにかしろよ……シルシェン人なんざ、殺しちゃいねえ、ぞ……」
「な、……んだ。……てめえ、は……? なぜ……こんな……」
金髪ショートの吊り目の男がリーダー格のようだ。この中で一番目つきが悪いか。
「……平和な村を壊滅に追いやり、殺戮と盗みの限りを尽くし、そのうえこれから強姦しようとする。そんな奴らには相応しい末路だろ。……くさすぎるけどな」
うつ伏せで、首だけこちらに向けているコートと呼ばれている男が俺を鼻で笑う。金髪の半分が真っ赤に染まっている。
「生ぬるいだろ……」
生ぬるい?
「俺は全身の皮という皮をはがされ、……釜茹でかと思ってた、ぞ」
思わず顔をしかめてしまった。そんな死刑方法もあった気がするな。人間の皮なんてどうむくんだよ。
「……それで、……お前は誰なんだ? ……教えてくれよ……
ブラックグラウンドの……業? 拷竜? 地獄の君主みたいなもんか?
話しかけていたもう1人の男は息絶えていた。1人が地面でなにやらうめいているが、各々事切れ始めたようだ。
「……8体目の七竜だ。もうじき八竜の一柱として世界に公布される」
どうせすぐに死ぬと思い、気まぐれにそんなことを喋ってみる。コートは目を見開いて、薄い笑みをつくった。
「笑えねえ冗談だ……だが……拷竜様への冗談話としちゃ、……悪くねえかも、……な……俺は拷竜様の……忠実な……配下に、……なる……予定、……だから……よ…………」
間もなく、コートの目は焦点を失った。
悪の親玉の最期の台詞としては満点だな。……いや。親玉はクラウスだったな。
>称号「山賊ハンター」を獲得しました。
>称号「処刑人」を獲得しました。
息をついた。喉が渇いた……。
奴らから少し離れて革袋の水を飲もうとしたが空のままだった。《水射》で補充して、喉を潤す。……少し落ち着いたが、まだなんか渇く。
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