サラバルロンドとフリードパーティ
◆「5-14 半端者の攻略者たち (1) - 獣人とオークとエルフ」より抜粋
主旋律の縦笛と副旋律のハープと打ち太鼓の伸びやかで軽快な旋律に合わせてタンバリンが2拍子で鳴り響く。
やがてハープのソロになる。バックには、バイオリン的な弦楽器と小さな太鼓を添えて。
再び縦笛と2拍子のタンバリンが参加し、――今度はバイオリンと打ち太鼓のリズムがメインになった。
陽気さと軽快さ、神秘的さ、そして大自然の雄大さも垣間見えるケルト的な音楽に合わせて舞う緑の衣装を着た踊り子の踊りは可憐の一言だったが、軸足もしっかりしたものだったし、踊りの表現力もあるようで、儚げながらしっかりと伝わってくる力強さが、彼女の踊りにはあった。
――音楽が終わり、拍手や喝さいが起こる中、彼女は胸に手を当てた後、軽く投げキッスをした。
さっきからマルタやジータという名前が連呼されているので、踊り子の名前なのは分かっているのだが、今呼ばれているのはマルタなので、どうやら緑色の衣装の彼女がマルタと言うようだ。
マルタはあまり見かけない肌が白めの女性で、薄いプラチナブロンドの髪も合わせて、どこかエルフを思わすような雰囲気のある美女だ。逆に赤い衣装のジータは、黒髪褐色の東欧系の美女だった。
「お集りの皆さん!! 熱狂しているようですがマルタとジータに熱を上げるのもほどほどに! 二人はご紳士諸君の流し目に慣れきってますからね! ああ、だからってお嬢様方もほどほどにしてくださいよ? 『フェーダスの姉妹』のように、秘密を抱えて部屋を出たくない男も見たくないと言われた日には私たちは商売あがったりですから! ――さて! お次は皆さんご存知の大大大英雄ウルナイ・イル・トルミナーテのバラッドです!! ――お静かに、お静かに!! さあさ、歌い上げるのは我がサラバルロンドお抱えの吟唱詩人ソライル・ワグネル氏だ!!」
「待ってたぞー! ミスターワグネル!」
「またあの綺麗な声聞かせて!」
「金は返したかー??」
「借金まみれで喉がつぶされたとか末代の恥だぞー!!」
でもケプラに来るために少しは借金しとけよ、という声が出ると笑い声があがる。
「今回はどこのシーンで盛り上げてくるのかしら?」
「そりゃあやっぱりウロボロス討伐譚だろう!」
「それじゃあいつものことじゃない! ミネルバ姫とのシーンで盛り上げてほしいわ」
もう結構聞いているが、楽団の演奏はまだまだ終わる気配はない。次はウルナイの詩吟らしく、名残惜しかったが、待ち合わせの時間的にはぼちぼちだろう。
ちなみに楽器は他には、譜面台のように眼前に置いたボディに金属製の弦を張り、ばちで打って演奏するものと、積み木くらいの木を打ち鳴らすものなどがあって、色々と興味が尽きなかった。
「そろそろ降りようか。待たせちゃ悪いしね」
「「はい」」
なるべく周りに人がいないところに降りたかったが、さすがに難しそうだ。とはいえ、みんな楽団の方を見ているので、そんなに騒ぎにはならないかもしれない。
まあいいかと思う。ついテンションが上がって、三人で屋根に跳躍してしまったけど、身体能力が人族よりも高いダークエルフの二人もいるしね。俺も似たようなやつと見られるだろう。
ディアラとヘルミラと共に武器屋の横の家屋から降りる。満腹処は、アマリンの武器防具屋の前の通りの家具屋から、外壁に向かって道沿いに歩くとあるらしい。
満腹処はすぐに見つかった。
横に広い二階建ての大きな建物で、建築的な特徴はそんなに目立ったものはなかったんだが、肉やスープの香ばしい匂いが漂ってきたことと、ウエスタンドアの上の看板に満腹処とでかでかと書かれていたからだ。
「ここみたいだね」
「いい匂い」
「だねぇ。お腹空いた?」
「少し、空きました……」
「ヘルミラは?」
「私も、少し」
「何か食べようか。フリードさんも食べながら待ってるって言ってたし」
照れくささを漂わせる二人の反応に微笑ましく思いつつ、満腹処に入る。
明るい木材と日光、いくつかの蝋燭の灯りに彩られた店内はそれなりに人が入っている様子だ。楽団がきていなかったらおそらくもっと人がいたのだろう。
どこか懐かしさを覚えたのは、客層のためだろう。
農夫、労働者、貴族然としていない商人に、獣人の姿もある。庶民派の味と評されていたように、下町の食堂の雰囲気のままに、ここには金櫛荘のお金を持ったかしこまった格好をした人々はいないように思われる。
下品めな笑い声も聞こえるが、あくどいものに聞こえないのはさすがに好解釈しすぎか?
とにもかくにも、ヴァイン亭の雰囲気に近い、人の話し声の絶えない和気あいあいとしたものが、満腹処にはあった。
「なんかヴァイン亭みたいだね」
と、そう感想をこぼしてみると、ディアラは俺を見てはいと頷く。心なしか嬉しそうに見える。ヘルミラは何かあるのか物珍しそうに店内を見ている。
小さな酒樽や食器類の並んだ棚があるカウンターに店員はいない。
奥に部屋があり、「肉焼けたか?」「まだです!」「早くしろ!」「無茶言わないでください! 火消えちゃったんですから」「薪ぃ!!」という思わず苦笑してしまったやり取りが聞こえてくる。厨房のようだ。
カウンター席にはだいぶくたびれた服を着た頬のこけた中年男性が味わうように酒を飲んでいる。防具もつけていないし、そんな風にはあまり見えないが、腰には長剣、足には短剣があるので、傭兵か攻略者なのだろう。
その横ではターバンを巻いた商人風の青年二人が外から聞こえてくる小さな音楽に耳を傾けているようで、踊り子の二人について熱く語っている。
ウェスタンドアの近くでしばらく待ってみるが、店員から声はかけられない。
店の奥から、「おーい、酒追加頼む」「はいはーい」という声が聞こえる。店内はヴァイン亭より倍くらいの広さがある。忙しそうだ。
「呼びに行った方がいいかな?」
「どうでしょうか……」
店員を呼びに奥に行こうかと思ったところで、カウンター席で酒を飲んでいた中年男性が、「そこで突っ立ってても酒は出ねえぞ」としゃがれた声で声をかけてくる。
「そうですよね。店員さんを呼びに行った方がいいですか?」
俺の解答に何が楽しかったのかは分からないが、男性は頬をもちあげて少々薄気味悪く笑った後、ジョッキを煽った。ふうーと盛大な吐息。男性の解答を待つが返答はなかった。
少し田舎者感出しすぎただろうか。とはいっても、どうしようもないのだけど。
そうこうするうちに、分厚い肉の乗った皿を持ったゴブリンが近くのテーブルにやってきて「おまち!」と威勢のいい声を張り出した。
客との短いやり取りのあと、ゴブリンがこちらに気付く。シャツとパンツというごく普通の格好の上に黄色の前掛けをしている。
「あ、いらっしゃいー! 三人ですか?」
ゴブリンの店員がやってきて俺を見上げてきて訊ねてくる。
外見の種族的特徴こそミラーさんやソラリ農場のゴブリンと大差ないが、目はミラーさんよりも大きく見えるし、どことなくだが女性的な愛嬌もある。ピアスのついた耳がぴくぴくしていた。そういやゴブリンにオスメスあるのか?
耳を注視した俺にゴブリンは首をかしげた。その様子に俺は思わず頬が緩んでしまった。なんかこのゴブリン、小動物系だ。
「ええ。知り合いと待ち合わせてるんですけど」
「名前分かりますか?」
フリードの名前を伝える。
「フリードさん……あー! はいはい。こちらにどうぞ!」
客の名前覚えてるのかな? ゴブリンについていって、店の奥に行く。店の奥は戸がまたあり、裏からも出られるようだ。
二階に続いている階段の付近にも席があった。少し薄暗いが、巨漢の男と鹿の角を生やした獣人がいて、興味がいく。同席者には、人族らしき女性と白い犬か狼の耳を生やした獣人がいた。あ、と思う。
「ダイチさーん! ここです」
やはりフリードのようで、声がかかる。巨漢の男や鹿の角を生やした獣人、そして人族の女性は、どうやら俺たちの合流するパーティのメンバーらしい。
というか、薄暗かったせいか一瞬分からなかったが、巨漢の男の肌は緑がかっている。……オーク? それに人族だと思ったが、女性は耳が少し長い。うちの子たちほど長くはないんだが……。エルフか?
オーク、鹿の獣人、狼の獣人、そしてエルフという、ファンタジー的になんとも豪華なラインナップの面々の集う席の横のテーブルに俺たちはつく。
当然俺はみるみるうちに心が弾み始めたのだが、彼らの放つ雰囲気はそう軽々しいものではない。小躍りでもしそうな内心を外交のそれに無理やり変えてぐっとこらえる。
「お待たせしましたか?」
「いえいえ。サラバルロンドの音楽を聞きながらのんびり食事してましたから」
フリードはニコニコとそう話した。馬車内で俺たちと話している時よりも表情は柔らかい。
フリードの前にはレタスっぽい葉物野菜だけの残った空の皿をはじめ、ジョッキもある。ニコニコしているのは酒のせいか、親しい仲間との語らいのおかげか、それとも店内にもわずかに聞こえてくる軽快な音楽によるものか。
「みんな、こちら話していたダイチさんとディアラさんにヘルミラさんです」
各々の視線が改めて俺たちに注がれる。フリードの視線は相変わらず温かいものだが、三人の視線はさっきからいまいち愛想がない。
巨漢で強面のオークや、人間に排斥感情を持っているらしいエルフはともかく、鹿の獣人までもがふてくされたように俺たちのことを見ている。西門の獣人のトミン君も多少そんな可愛げのないところはあったけれども。
ソラリ農場での事を知っていれば、この反応も少しは緩和していたのかもしれないが……仕方ない。
「えっと、ダイチです。――ディアラに、――ヘルミラです。今日はよろしくお願いします」
紹介したあと軽く頭を下げる俺に、姉妹も続く。
そして、
「カレタカだ」
「アナ」
「……グラナンでーす」
グラナンという名前らしい鹿の獣人がぼそっとそう言った後、ぷいと視線を逸らした。エルフも興味なさそうに視線を前にやったが、体をこちらに向けていたオークは依然として観察するように俺たちを眺めている。……が、オークも座り直して観察をやめてしまった。
……紹介終わり? はや。
フリードが苦笑して、「普段は別の方とパーティを組まないので」と言葉を入れてくる。座ってくださいと言われたので俺たちは座った。
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