第7話 ダンジョンへ転送
突然俺の視界を包んだ光がやむと、見知らぬ暗い世界に連れて来られた。
俺は街にいたはずだ。おそらく別の場所へと転移させられたのだろう。
「ここは?」
「見ればわかるだろう? 洞窟だ。ダンジョンと呼ばれている場所でもあるな」
「は?」
時間が経つにつれてだんだんと目が慣れてくる。
確かに、壁の感じや空気の感じが街のものとは全く違うことがわかる。
日の光が差していた暖かな場所から、ひんやりと静かな地下へと移動させられた。
自称神の言うことは間違いではないだろう。だが。
「なぜ俺をこんな場所へ?」
「言っただろう。魔王の居場所へ飛ばすことはできずとも、魔王を知る者の場所までの案内ぐらいはできると」
「いや、案内と言うより転送じゃ」
「いいから前を見ろ」
だから、話が急なんだよ。生き返ったかと思えばアルカは死んでるし、俺がアルカの姿だし。
今だってダンジョンに飛ばされてるし、それに何がいるって?
前を見ろと言うから、俺は闇を睨みつけた。
新しいスキルのせいか、光がないにも関わらず、何がいるのかその輪郭を捉えられた。そして、俺は思わず身震いした。
「あれは、なんだ?」
「死神とでも呼ぼうか。いや、人がそう呼んでいる者だな」
「あんたの知り合いか?」
「そうだな。神とつくからそう思うかもしれん。だが、あれは違う。人に神と呼ばれるだけで、そんなものではない。いわば俗称だな」
「じゃあなんなんだよ」
「あれはただの強いモンスターだ。神が直接力を及ぼせないのは死神も同じことだ」
「いや、あんた俺と話してるじゃん。他にもスキル改造したり、生き返らせたり好き勝手やってるけど」
「接触できないとは言ってないだろう? それに、人に対し奇跡は起こせると言ったはずだ」
「ふーん」
勝手にルール作りやがって。
だが、モンスター? あれが? 俺の目に映っているものがただの強いモンスターだって?
嘘か冗談だろ。あれはどう考えても魔王に引けを取らない大物じゃないか。
死神呼ばわりも納得だろ。何が強いモンスターだ。
「力試しにはちょうどよかろう。それに、我の信者もいる。どおりでここまで飛べたわけだ。一際祈りが強く一番近かったからな」
「何言ってるんだ」
「それは貴様の方だろう。貴様が動かなければ人が死ぬぞ。見殺しにするのか? それとも死神の実力を侮っているのか? あれがただのいたいけな少女でも倒せるようなものだと」
モンスターの方に気を取られていたが、確かに小さな女性がへたり込んでいる。
「い、いや」
なんとか否定の言葉を口にするが、状況のせいも相まってなかなか理解が追いつかない。
「人の命を刈り取るからこそ死神と呼ばれている。そんなことくらいもう察しがついているだろうに」
「わかってるさ」
死神の足元に血が広がっているところを見れば、仲間が戦った後にも見える。もう人が死んでいる。
だが、それにしてはおかしい。
少女は戦おうとしていないどころか、完全に怯えきっているように見える。諦めたのではなく、最初から戦う意思がないようだ。
それだけじゃない、少女の姿、服装がただの一般人のものだ。どう見ても冒険者には見えない。
「くっ!」
俺は地面を蹴った。ゆったりと少女に迫る死神めがけて。
「ほう。行くか」
神があれを力試しにちょうどいいと言ったんだ。なら、今の俺のスキルを試すにはもってこいってことだろう。
負けるなら、わざわざこんなところに連れて来ないはずだ。
俺の負けは神の取引をわざわざ無意味なものにすることだから。
「クソが!」
俺は、今までそうしてきたのと同じように、腕を引いた。
「ほう、人間。新たに湧いてきた人間。戦うか。よかろう。ならば次はお前だ。お前のい」
俺はただ思いっきり拳を前に突き出した。顔面と思われる、音の聞こえる部分を狙って。
人型のようで人型でない。あり得ない人間のような形をしたそれは、勢いよく吹っ飛んでいった。
そして、壁にぶつかったのか、揺れと音が伝わってくる。
「大丈夫?」
「……」
口をぱくぱくさせている。まあ、驚くよな普通。
「ゆっくりでいいから」
「は、はい。ありがとうございます。お姉さん」
「おね、あ、いや、俺は」
「話している場合か。魔王を知っているのは少女ではない。少女は怪我をしていない。心配は必要ない。先にケリをつけるべきだ」
「そうか?」
「そうしろ。後悔するぞ」
やけに真剣に忠告してくれるな。ありがたく受け取っておくことにしよう。
おそらく先に倒すことが少女を守ることに繋がるんだろうし。
「ごめんね。ここを動かないで、いや、一緒に行こうか。一人の方が危ないから。でも、俺からそんなに離れないで」
「うん」
俺が手を伸ばし、少女は俺の手をつかんだ。なんだかアルカが戻ってきたようだが、この子はアルカじゃない。
俺の手を握って少ししても、少女は動こうとしない。
「どうしたの?」
「立てない」
「そうか」
怖かったのだろう。今も震えている。
俺は立ち上がれない少女を背負い、壁まで駆けた。
「じゃ、ここにいて」
「うん」
すぐに駆けつけられる範囲に少女を座らせ、俺は死神の前に立ちはだかった。
魔王も一撃らしいが、まだ体の使い方が慣れない。
次でかたはつくだろうが、もう少し攻撃の練習が必要かもな。
「いきなり喧嘩を売るとはいい度胸だな」
「そんなにボロボロになってるやつに言われてもな」
「ふん。虚勢を張りおって。どうせお前もダンジョンに迷い込んだだけの女だろ?」
「俺は男だ」
「どう見ても女じゃないか」
「相手にするな」
「わかったよ。で、何を聞けばいいんだ?」
なんだか死神とやらにまで変な目で見られているが、この神ってのは俺だけでなく、他のやつにも見えてないのか?
声まで聞こえてないとかだと、これから先が心配なんだが、まあいい。
「お前、死神だな?」
「そうだ。人にそう呼ばれる者だ」
「魔王の居場所を言え」
「我は魔王のファンではない。興味がない。我は人の死のみを求めている。それも我が死をもたらすということにのみ興味がある。魔王が人の命を奪おうが、人に命を奪われようが、我には関係がない」
「だってさ。知らないってよ」
「どうやら、ここは少女が助けを呼んでいただけらしい」
「死神が魔王を知ってるって話は?」
「すべての死神というわけではないのだろう。我も本物の死神から愚痴を聞かされただけだ」
本物の死神って、あくまで自分は神ですよってか。じゃ、なんの神だよ。
「誰と話しているか知らんが、お前には権利がある。大人しく我に殺されるか、少女を差し出してから殺されるかだ」
「お前にも権利がある。俺に大人しく殺されるか、俺と全力で戦うかだ」
「それは少女より先にお前を殺すってことでいいのだな?」
「俺は人の命を脅かす存在を許しはしない。魔王でなくともな」
「そうでなくては! 我が選んだだけあるぞ!」
何やら神が盛り上がっているが、お前も口だけでないでなんとかしてくれよ本当に。
「よかろう。奪ってやる」
「じゃあな」
舐めてかかるとどんな相手でも足元すくわれるもんだ。
俺は的確に武器を壊し、もう一度顔面に全力でパンチした。
一撃目でわかっていたことだが、今の力は以前の全力と比べ物にならないくらい威力が出る。
死神を殴っただけだが、壁に大きなへこみができた。
そして死神は動かなくなった。
「死んだようだな」
「死神なのにな」
「少女を安心させるがいい」
「信者のために俺をこき使ったのか?」
「最初からそのつもりで契約を受けたのだろう? ただでお互い目的を達成できるわけじゃない。それに、魔王に至る道を知らないのはお互い同じだ。何年も人間として魔王を倒そうとしておいて、そちらこそ知らないんだからな」
「部下くらいは倒してきてたんだがな。上があるのか?」
まあいいか。
今は少女のみの安全の方が大事だ。神じゃないが、早く安心させてあげよう。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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