第5話 イラつく勇者

「帰りが遅い」


 勇者の俺を待たせるとはいい度胸じゃないか。


 死んだラウルの様子を見に行ったアルカが帰ってこないのはどういうことだ?


 ショックはわかるが、俺たちを放置するか? 知らせに来るんじゃないか? 普通は。


「どうするです? ベルトレット様」


 カーテットに聞かれ、俺は頭をかいた。


「来ないなら行くしかないだろ」


 むしろあれだ。帰りの遅い仲間を迎えに行く方が状況としては自然だ。


 怒っていても仕方がない。ここは寛大な心で迎えに行ってやるとしようか。




 隣町までの道のりでは特に何もなくたどり着いた。


 その間もアルカとすれ違うことはなかった。


「まあ、たとえ一人になろうと苦戦することはないだろう」


 スキルは二人でいる時しか使えないとはいえ、一人でも雑魚相手に遅れを取るような素振りはなかった。


 つまりは襲われているってことはないのだろう。


「動揺してるとかか?」


「それなら襲われててもおかしくないんじゃ……」


「リマの不安感ももっともだな。確かに、俺がしてるのは実力を発揮できればの話だ。もし実力が出せなかったとなると……」


 襲われている可能性はある。


 だが、それよりもまずは街を探す方が先だろう。


 なんてったって、俺たちはここにいるだろうと思って移動してきたのだから。


「ひとまず、俺がラウルと話したところへ行くとするか」


「そうしましょう」


 仲間たちを引き連れて、俺は街の中を闊歩した。


 街に来てからも、未だアルカの姿は見えない。


 どこにいるのかわからないが、少なくとも俺の近くにはいないらしい。


「一体何をしてるのやら」


 俺は油断していた。


 人間の行動力というものを、真の意味では理解していなかった。


「……いない?」


 てっきり泣き崩れていると思ったが、現場はやけに静かだった。


 俺がラウルと話をした現場。俺がラウルを刺した場所。そこには、血の跡が残るだけで誰もいなかった。


「アルカはいないです?」


「ああ。いない。しかも、ラウルの姿もない。死体を運んだってことか?」


 俺を疑えるような証拠は俺が呼び出して話したことだけ。


 そんなの証拠にすらならないだろう。今までだって一対一で話をすることは何度もあった。


 それに、アルカと合流するまで、時間はあったはずだ。


 なら、どうして仲間に話もしないで死体を持ってどこかへ行くんだ?


「もしかして、変なスキルを使われたとか?」


「は?」


 いや、それならあり得る。


 てっきり襲われるなら街の外、モンスターに襲われると思ったが、何も襲ってくるのはモンスターだけじゃない。


 柄の悪い人間なら、どんな街でも一定数絡んでくるやつはいる。


 混乱させられたのなら、俺を疑うのも無理はない。というより、俺以上に怪しいやつも見当たらなくなっているのかもしれない。


「お姉さんたちさ」


「悪い。今、機嫌が悪いんだ。俺のパーティメンバーに手を出すなら、決闘を申し込んでいるということでいいんだよな?」


「そ、そんなんじゃありません。すいませんでしたー」


 泣きながら男が走り去っていった。


 こんな時に邪魔しやがって。


 しかし、泣いて待っていてほしかったのは、どこの誰か知らない男じゃない。


「くそ!」


 こんな時、仲間のそばにいてやれないなんて。


 蘇生魔法を使えるホラ吹きはもうこの世にはいないぞ。


 一体何をしに行くというんだ? それも一人で。


 不慮の事故から決意を固め強くなる仲間、絆。そういうことを期待していたというのに、作戦が崩れる。


 兄の死が重すぎたのか? 単に人の死はショックが大きすぎるということか?


「なんでしょうこれ?」


「え?」


 俺が叩いた壁のすぐ近く。


 高さは俺の場所よりも低いが、明らかに壊そうとして殴ったようなひび割れがそこにはあった。


「こんなところにモンスターが?」


 人型のモンスター。そんなのが運悪くアルカと死体であるラウルを襲ったのか?


 しかも、そのままどこかへ?


 一体何が起きているんだ。こんなのスキルなしのアルカでつけられるはずはないし。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ。大丈夫だ。だが、ちょっと混乱しているだけだ」


 頭を抱えていた俺を心配するようにペクターが顔を覗き込んできた。


 ひとまず、誤魔化せたが、俺も正気でいられるかわからない。


 何にしても、一緒についてくるべきだった。そうすれば、逃げられることはなかったはずだ。


 心配しすぎることは構わないが、変な行動をされると先がわからずに困る。今まで一度も失敗したことはなかったのに。


 俺が順に三人の顔を見ると、三人とも不思議そうに小首をかしげる。


「とりあえず、人間に襲われていたら見つけようがない。街を出よう。外で襲われているかもしれない」


「わかりました」


 俺たちは来た道を引き返し、街の外でアルカを探すことを決めた。


 壁のことは街の人は気づいていない。でないと、こんなに平気でいられるはずはない。


 モンスターはきっと狡猾なのだろう。もうこの辺にはいないかもしれない。




「いない!」


 街と違い、街の外はだだっ広い空間だということは知っていた。


 特に見当もつかない。


 だが、時間と移動速度から、移動できる距離には限りがある。


 それに、ラウルが死んではアルカのスキルも発動しまい。死体を持っての移動はさらに遅くなるはず。


 もちろん、それはアルカが自分で移動しているならという話だが。


「元々の能力なら俺たちのが高い。今からでも追いつくかと思ったが、どこにもいない?」


 カーテットの盗賊スキルにより、足跡の判別を行おうとするも、時間が経ちすぎているのかアルカの足跡は見当たらなかった。


 もしそうなら、まだ街の中にいるのか?


 街から移動していないから、街の外に足跡がないのか?


「くそ。わからん」


「ベルトレット様の知識を持ってしてもわからないなんてもうどうしようもないです」


「緊急時の人間は何を考えるかわからない。今までだって俺はそれを体感してきたはずだ。なのに」


 それも、三回も。


 俺は毎度のように忘れてしまっている。


 今回はとうとう対処できなかった。


「こうなれば聞き込みだ。少し知性のあるモンスターを襲って話を聞き出してやる。まだ、冒険者に倒されていない、街の入り口近くにいるやつだ」


「木の影に隠れているのとかでしょうか?」


「そうだな。サーチ頼めるか?」


「はいです。『サーチ』!」


 カーテットにスキルを発動してもらい、近くの反応を確認する。


 街にいれば、アルカもこの反応に引っかかるはずだが、それはない。


 つまり、もうこの街にはいないのに、足跡は残っていないということ。


 俺が知っているよりも速く移動できたということか。


「あそこです! あそこにいます」


「よし、行くか。仲間のピンチだ。ちょっと手荒になるかもしれないが恨むなら、モンスターに生まれたことを恨むんだな」


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【あとがき】

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