第3話 兄の死
「おにい! おにい!」
どこにもいない。
勇者に呼び出されたのは拠点の隣の町だよね?
「本当、どこまで行ったの? おにいは」
反応だとこの辺りなんだけど、どうしてこうもはっきりしないんだろ。
まるでもういなくなってるみたいな弱々しい反応しかない。
まさか道端で寝てるとか? いやいや、いくらおにいでもそんなことはしないって。
勇者パーティのメンバーなんだから、さすがにね。
あそこの路地裏で倒れてる男の人はわたしの兄じゃないよね?
「でも、放っておけないか」
人助けをすすんでやるってのは人として大事なこと。
でも、反応が近いのは気のせいだよね?
昼間から飲んでる酔っぱらいか何かでしょ。多分。
「あのー。大丈夫ですか?」
反応がない。ピクリとも動かない。
うつ伏せで倒れているせいで顔がよく見えないが、ぐっすり眠ってるとか?
にしても静かすぎる。
「本当に大丈夫ですか?」
体を揺すってみるも寝息すら聞こえてこない。
もしかして死んでるとか?
暗がりでよく見えないけど、服装や装備に見覚えがあるのは気のせいだよね?
「とりあえず仰向けに……」
手に布とは違う何かが触れた気がした。
よく見てみると赤い? 血?
背中を揺すった時についたの? それとも今。
それにこの顔。間違いない。わたしが見間違うはずない。これは正真正銘。
でも、まだ。
「……うう。泣いちゃだめ。わたしだって勇者パーティの一員なんだから、こんなところで泣いちゃ。泣いちゃ……」
どうにか嗚咽をこらえようとしても、悲しみが押し上げてきて声を上げてしまう。
「うわあああああ! あああああ!」
最後に残っていた家族である兄がこんなよくわからない場所で死んでしまうなんて。
考えもしなかった。急に死んでしまうってこと。
そりゃ、冒険してたら死ぬかもしれないけど、でも。
「……どうして、どうして?」
どうしてわたしのおにいが死ななきゃいけなかったの?
どうして今じゃなきゃいけなかったの?
わたしたちまだ魔王も殺せてないのに。
それに、この程度の刺し傷でおにい死ぬとは考えられない。何か特別な魔法やスキル、あとは毒とかを使われたに違いない。
近くでこんなことできるのはきっと勇者くらい。
「やっぱりあいつが怪しい。でもなんで? わざわざスカウトまでしておいて何がしたかったの?」
勇者だけじゃなく、他の女の子たちも最近は勇者の言いなりって感じだった。
一体何があったの? あの勇者は本当に勇者なの?
いや、今は勇者のことなんてどうでもいい。おにいをどうかおにいを。
でも、世界一の回復魔法の使い手はきっとペクターさんだ。勇者パーティである以上信じられない。
蘇生魔法なんて使える人知らないよ。
「助からないの? お兄ちゃん。返事してよ。ねえ。ねえってば」
普段なら笑いながら返事してくれるお兄ちゃんが何も答えてくれない。
「どうか、どうかおにいをわたしのことはいいからどうかおにいを! 神様ぁ……」
なんて言っても無駄なことはわかってる。
神なんていない。いればわたしは冒険者なんてやってない。
もっと静かに、けれど平和に家族みんなで生きることができたはずだ。
それを奪った魔王を止めない。止めることのできる存在など今のところどこにもいない。
神ならできるだろうが、そんな様子はない。
「……うう。おにい。ごめんね。最後に隣にいなくて。どんな時も一緒だって言ったのに、わたしが離れたばっかりに……誰かおにいを生き返らせて」
「その願い聞き届けた」
「え?」
誰かの声が聞こえた気がしたけど。いや、気のせいか。
「はは。とうとう頭がおかしくなっちゃったかな」
「そんなことはない。我は神なり。人の子よ。貴様の兄、生き返らせてやってもいい」
「はっきり聞こえる。でも、そんな都合のいいことないでしょ?」
「都合の良し悪しはわからん。だが、貴様の言ったように自らの命と引き換えに生き返らせてやってもよい。我はこのよう」
「やる。やります」
「まだ説明の途中なのだが」
なんだか急に地面から草花が生えてきた。
神が現れたのは本当ということか? 幻覚じゃないのか?
「悪魔の取引とは考えないのか?」
「わたし一人生きてても仕方がないから、それなら万に一つの可能性に賭けたい」
「そうか。面白い。ならばこの世界に別れを告げるがいい。さすれば兄は生き返らせてやろう」
「ありがとう神様。ごめんねおにい。本当は一緒に居たいけど、それはダメみたい。おにいは一人でも魔王討伐の力になれるでしょ? 一般人だって言ったけど、おにいは一人でも戦えることわたしは知ってるんだから。本当はおにいが居ないといけなかったのはわたし。だから、わたしの代わりに魔王を倒してね。約束だよ? バイバイ」
言い終わると、なんだか体がぽかぽかしはじめた。
どうしてだろうものすごく安心する暖かさだ。
さっきまでひんやりとした空気だったのに、ひだまりのように心地いい。
ここで眠ったら気持ちいいだろうな。
いつも旅で宿に泊まって、硬いベッドで眠ってたのが嘘みたい。
「眠れ。貴様の願いは我が叶える」
「お願いします」
目をつぶると先ほどまでより暖かさが体を包んだ。
ふわふわのベッドに暖かな布団。
体を包む白い光に溶けるようにわたしは意識を手放した。
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【あとがき】
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