cast Re:cord

落水 彩

プロローグ

 ——みずみずしい緑の木々と真っ青な空。青に浮かぶ立体的な白い雲は、夕方には雨を降らすだろう。おそらく蝉も鳴いているのだろうが、締め切った部屋からは遠く、エアコンの効いた空間では、夏も感じられない。

 小学生なら、海へ行って日焼けしたり、夏祭りのカラフルな出店を回って遊ぶ時期だが、白身魚のような真っ白の肌と、活気のない病室では、そんなイベントを楽しむことも忘れてしまいそうだった。

「ねぇ。」

 病室は患者が四人入院できる広さだが、その空間はカーテンで遮られ、なんだか窮屈に感じる。部屋に漂うエタノールの臭いが鼻につく。

「ねぇつくしってば。」

 ベッドで本を読む俺に隣からかけられる声。カーテン越しで顔は見えないが、口を尖らせている相手の様子が目に浮かぶ。ため息をついて渋々返事をする。

「なんだよ、冬夜。暇なのか?」

「それはつくしもでしょ! おまけに僕はつくしと違って窓際でもないし、外の様子もわからないし!」

 うだうだと駄々をこねる子供のような言動をする冬夜。気持ちはよくわかるが、病室で騒がないでほしい。

「俺だって我慢してるんだよ。」

 開いているだけで一向にページが進まない本を閉じる。

「ふぅん。」というつまらなさそうな声が返ってくる。

「あそぼ。」

「やだ。」

 俺と同い年と知ってから馴れ馴れしい気がする。

「じゃあさ、お話ししてよ。」

 ここでいうお話しはくだらない話や昔話をすること。何が楽しいのか分からないが、冬夜はいつも笑って俺の話を聞いてくれる。同世代の子供と関わりがない自分にとって、必要とされるのは正直嬉しかった。

「しょうがないなぁ。」

 めんどくさい素振りをしつつも、話し始める。

「絶対笑うなよ? あれは2年前の夏だったかな。」

 もうすでに笑いを堪えきれない冬夜が「ふふっ。」という声を漏らす。そして、話が盛り上がってきた際に「あはは。」と大きな声で笑うと、

「静かにしてください。」

 廊下にいた看護師さんに叱られてしまった。

「じゃあ今日はここまで。」

「えー。」

 名残惜しそうな冬夜の声。

「つくしのお話もっと聞きたいな。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る