第4話─友人の寝言、夢見事
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時が止まったかのような静寂。
私は花咲さんを見たまま笑顔を固定させる。
口が重い。口が渇いてきた。何を言えばいいのか分からなくなっていた。
花咲さん、騎士だったんだー。聖女ではなかったんだー。へー。
みたいなお気楽な脳内お花畑みたいにはならない。
花咲さんがそんな冗談をいうとは思えなかった。
もしかしたら仲間内ではいうのかもしれない。同じ講義を受けているときの仲良しグループでは花咲さんもこんな感じの敬語ではなくもっと砕けた印象を受けた。
綿貫が余計な情報をいれたせいで混乱の極みだ。
20年、平凡に生きてきた中で、今日はとても印象に残る日になりそうだ。
親友に異世界転生したと言われ、隣人に前世が自分を慕う騎士だったらどうすると問われるという設定過多な一日。
聖女は一体、どうなったんだろうか。
「………ていう、小説を?お書きに?」
上擦った声になる。アイスやマヨネーズの入った袋を強く握る。
エレベーターが到着し、扉が開く。永遠じゃなかった時間に感謝する。
花咲さんは、我に返ったように「ああ、そうなんですけど」と続ける。会話の選択は間違っていなかった。
「さっき、綿貫に聞いたんです。花咲さん小説、書いていらしたんですね」
「言う機会もなくて」
「まさか隣人を差し置いて綿貫が知っているとは。今度、著作拝読しますね」
まだ数十頁しか読んでいないので感想を聞かれたら困るので全く読んでいないように答えておく。
「そんな。全然、その気にせず。魚住さんが手に取るようなことはない感じなやつなので」
「そんな謙遜なんてせず。、そんな有名って聞きましたよ。それで前世が騎士はその設定ですよね」
「ご明察です。実際、女性向けに書いていて。魚住さんなら、どう思いますか。まず前世とかそういうの気にしないでしょうか。運命とかに思うのでしょうか」
「創作ですからなんでも自由ですよ。え、そうですね。その場合、私?読者が感情移入するのは」
「令嬢ですね」
「お金持ちの?」
「はい」
「二人、過去では結ばれなかった的な」
「いいえ両想いではありません。騎士の一方的な片思いです。一途だったんです彼」
「へえ、それは愛され令嬢ですか」
「令嬢は、婚約破棄されていわゆる傷物になってしまったんですが、慎ましやかででも我はわりとあって、憧れるようなそんな」
「なーるほーどー。部屋に着きましたね」
花咲さんが令嬢について語りだし、まだ続きそうなうちに到着した。花咲さんはまだ話足りなそうだがこちらはマヨネーズだけではなくアイスも抱えている。アイスを抱えているのは花咲さんも同じだ。しかし、ここで一緒にご飯でも食べます?という関係性を私たちは築いていなかった。
花咲さんから聞いた設定は私が思っていたものと差異がある。花咲さんは、本当にただの創作の相談をただの隣人にしているだけなのかもしれない。
「魚住さん」
何が言いたいのか分からないけど、引き留められたんだと思う。
「花咲さん、私はナシだと思いますよ」
「ナシですか」
「令嬢、困っちゃいますよ。前世とか持ち込まれても。今世では令嬢じゃないんでしょう」
「そうですか」
「元騎士だとかそういうの関係ないでしょう。その人は今、その元令嬢好きなんですか。振り向かせたいんですかってことです」
綿貫と話した時と意見が違う自分。これは仮想世界という小説に対する一見だ。前世の因縁で好きになられるのはゴメン被るだろうし、ダレると思う。一応、真摯に質問に向き合うことにした。
「俺は今好きです。魚住さん……っていう感じですかね」
「おお。そうなんですね。えっと、意見はこんな感じで?」
「………あー、はい。参考になりました」
「よかったです。では」
にこやかな笑顔を張ったまま扉をしめる。
私は花咲さんと一体、どんな会話をしていたんだろうか。謎。
扉の外から「あーーークソーーー」という人を罵倒する言葉が聞こえる。耳が衰えていなければその声は花咲さんのものだ。あの穏やかな彼がおおよそ『クソ』という言葉を遣うとは思わなかったが、私はそれほど彼と親しくない。遣うときは遣うのだろう。
■
微妙な空気を吹き飛ばすのはいつだって親友である。
部屋の中はお酒臭くなっていた。
「うーおーずーみい!遅いよーーー」
「ええい、離れろ」
もうビールを飲んで出来上がった綿貫が覆いかぶさってきた。昼間から出来上がっているし、しかももうルームウェアに着替えて化粧も落としてシャワーも浴びている。馴染みすぎている。家主よりくつろいでいる。
そのまま彼女を引きずりながらアイスを冷蔵庫にしまう。
リビングへ向かうとちゃぶ台が二個設置され、帆立のバター焼きやアスパラガス茹で、枝豆など用意されている。文机にあったPCの電源が丁寧なことに落としてある。全くもってやる気はなくしたらしい。
綿貫は私の首に腕を回しながら高校の校歌を高らかに歌いだす。騒音の苦情がこないことを祈るしかない。
「綿貫、そこで花咲さんと会った」
「フーン。告白でもされちまったか」
気が大きくなっているようだ。口調にブレが出来ている。綿貫は口調を変えてちゃらけることがよくあるのでああ、いつもの感じだなと安心する。異世界転生したとかいいだしたときはどういうことだと思うが変わらない。
「いんや。自分が騎士だったらどうするって」
「キシ~~?」
綿貫は騎士と連想することなく、アイドルグループの一員だと思ったのかそのグループの歌をハミングしだす。細かい歌詞を覚えていないのだろう。私も分からない。
「元騎士だって。もしかして花咲さん聖女ではないんじゃないのでは」
「違う。あの子は聖女」
きりっとした顔をして綿貫は両手を私の頬にあてた。そのまま体をずらして顔を向かい合わせた。
「綿貫、全部変な作り話だったんでしょ。なんか私も引っ張られて前世、レテシーかなあとか思いだしたの恥ずかしくなってきて」
「だって、あの子聖女だもん。騎士なわけない」
綿貫は断言する。
友人と隣人の意見が対立するならば、信頼関係からみて私は親友の方を優先する。しかしこの事案は突拍子なさすぎる。
「頑なだな」
「だって、あの子の部屋……」
綿貫はそう言いかけて眠気に負けたのか目を閉じた。くかーという寝息が響く。これを見越してシャワーも浴びたのか。夕方に起きるつもりなのだろうか。
膝の上で寝てしまった友人を引っ張る。眠っている人の頭は重い。
枕をかませてタオルケットをかけておく。騒がしい奴だ。
机上にある帆立などを口に入れる。綿貫に任せてよかった。わたしではこうはならないだろう。
美味しい。
手持ち無沙汰になってしまった。テレビをつける気もないし、スマホゲームに興じる気分でもない。
時々うめき声を出す綿貫を横目で見る。
ため息をついてみる。
とりあえず読書の続きをしてみることにする。
花咲さんが書く小説を頭ごなしに詰まらないから読まないというわけにはいかない。
それはそれでいいかもしれないけれど、あの真剣な顔を思い出すと自分がいかに不誠実か思い知らされるような心持になってしまったのだ。
呼んだ頁から二、三頁さかのぼる。
綿貫が蚊のような小さな声で「カリオン……」とつぶやいた。
それではっとする。
そうだ、レテシーの護衛騎士の名はカリオン。
平民の騎士。それでそうだ。最終的にレテシーの夫になる。
レテシーは、平民になりカリオンと夫婦になって世話係のアリアナと共に平和に暮らすのだ。二人の間に子は出来ない。二人の間に、正確には三人の間に親愛はあっても情愛はなかった。
王太子、後に王となる綿貫の前身は、ずっとカリオンを愛していた。
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