第12話 油断

 先程まで森場所にパチパチと火が燻ぶる様子を眺めながら俺は考える。

 うん。普通にやりすぎたな。


 エコロジストの皆さんが激怒するどころか、泡吹いて倒れちゃうんじゃないか?これ。

 

「アリアネちゃんが魔術に目覚めたのって、本当についさっきなのよね……?」


 フィーラは窪地から目を離すことなくそう問いかけてきた。

 俺が「うん、まあ」と答えると彼女は「アハハ…」と苦笑いを浮かべる。


「ジャッジさん、コレどう報告します…?」

「……わからん」


 男性陣2人が頭を抱えていると


「あちャ~、こりャまた派手なこッた…」と、爆発に森が巻き込まれていない背中側の方から男の声が聞こえてきた。


「げッ!!」フィーラはその声を聞くとビクッと肩を跳ね上げあからさまな拒否反応を示す。


 振り向いてみると、声の主は木のてっぺんからこちらを見ていた。俯瞰しているような、或いは見下しているような立ち姿の彼は俺たちの視線を集めたタイミングで「ヤッホー♪」と手を振ってくる。

 透き通るような金髪は男には不釣り合いなほどに長く、生意気なほどに美しかった。陽光を反射してキラキラと輝く黄金の長髪がそよ風に吹かれて微かに揺れる。

 見た目と言い雰囲気と言い、まさしく「王子様」と言った感じだろうか。

 黒のスーツを着ているということはオキュラスのメンバーなのだろうが、3人と違いアリアネの記憶には彼の情報はない。新入りなのか、或いは目立った活動をしていなかったのか。


「おいフィリップ、今まで何をしていた?ラトネボアアジャラの討伐はお前ら"猟夫の目"が担当だったはずだろう」


「何してたッて…」ジャッジからフィリップと呼ばれた彼は、樹上からスタッと降りる。「逆にオレからしたら、獣相手にはポンコツの極みなジャッジ兄さんこそ大森林に何の用ですか?ッて感じなんスけど……」


 ポンコツという言葉にジャッジは眉をピクッと反応させる。

 ソレを一瞥したフィリップなる男は「まあいいや」と話を続けた。


「ちョいとばかし想定外のことが起こッちゃいましてねェ……まあ、この光景の方が想定外ッちゃ想定外なんスけど……」彼は変わり果てた森を見渡したあと

「ねェ、アリアネ嬢?」と言いながらこちらへ振り向いてきた。


「え?俺のこと知ってるのか?」


「笑わせないでくださいよ~あんなド派手に指名手配されちャ、知らない方がムリッてもんすわ」


 ド派手に指名手配って……帝国は一体どれだけ気合い入れてんだ。


「しかしフィリップさん、実はアリアネさんは――」

「わーッてるよ、ユバっち」俺に対する誤解を解こうと語りだしたユーバックを彼は遮った。

「ジャッジ兄さんが居るのにこの嬢ちゃんが野放しッてことは、なんか特別な事情アリ!みたいな感じなんスよね?」


 言い終えるのと同時に、フィリップは俺にウィンクして見せた。

 ……フィーラが「げッ!!」なんて反応を見せる理由が少しわかったかもしれない。

 何かコイツいちいち鼻につく!


「……で、例のデカ蛇クンはどうするんスか?」


 するとフィリップは先程までのおちゃらけた口調から一転し、声のトーンを大きく下げてそう言った。

 デカ蛇クンって、ラトネボアアジャラのことだよな?ソレならもう跡形もなく消し飛ばしたところだけど。


「見れば分かるでしょ?もうアリアネちゃんがやっつけちゃったわよ」フィーラが俺の言葉を代弁する。

「い~や、まだ生きてるよ」


 そう言うとフィリップは何もない地面を静かに指さした。

 すると示された場所が突如隆起し何かが飛び出してくる。

 砂塵を纏いながら地中より顔を出したのは、完全に仕留めた気でいたさっきのラトネボアアジャラであった。

 しかも既に角の先端を煌々と光らせた状態で。


「っ…!土に潜ってやり過ごしていたなんて!」


 突然の出来事に、フィーラを含めた3人はたじろいでいる。


「狩り慣れてない人は詰めが甘いんスよね~」唯一余裕を見せているフィリップは背負っていた弓を慣れた手つきで構え、ソレを引き絞った。

「はい【付与エンチャントポイズン――」と、このタイミングで大蛇のもう一方の先端、つまり尾の部分が別の場所から飛び出してきて、彼を薙ぎ払わんと迫る。


「あ、やべッ…」


 完全に油断していたであろうフィリップは、そのまま矢を放つことなく吹き飛ばされた。

 おい!何しに来たんだよ役立たず!

 軽薄な強キャラ臭を無駄に出しやがって、期待して損したよ!


 俺は金髪野郎の弾道を最後まで目で追うことはせず、ラトネボアアジャラの方に視線を移した。

 角を光らせた状態で出てきたってことは既に地中では終えてきた、つまり後は発射するだけだということ。

 そして頭部が完全にこちらに向いているので明らかに標的は俺。

 ……コレ、普通にまずくない?


 悪い予感は的中。

 間抜けが飛ばされた瞬間、角の先端から発された光が何倍にも強さを増し、今にも破壊光線を放ちそうな様相を呈したのだ。

 そして突如、視界が真っ白に染まる。同時に脳内には『死』の一文字が浮かんだ。

 もう逃げられない。誘導灯の振り下ろしも間に合わない。何もできない。

 ただ1つ俺がした行為と言えば、思考から独立した反射反応に身を任せ瞼を閉じることのみ。

 脊髄からの信号によって、まるで死を受け入れるように瞳を閉ざしていった

 ―――その時であった


 赤い剛腕を備えた見覚えのある巨獣が、宙に浮いた状態で大蛇の顔面に殴打を炸裂させる。

 大蛇の一本ツノから放たれた眩い光線は、殴打の衝撃で体の向きがズレたことによりあらぬ方向へと射出された。 

 直後、光線の着弾地点が閃光と共に爆ぜて大地を激しく揺らす。


 ……た、助かったのか? 

 腰を抜かしている俺の目の前にドシンと着地したその巨獣はこちらに身体を向けた。


 強靭そうな赤色の外骨格、鉄の棒が螺旋状に巻き付いたかのような剛腕と逆L字に生えた頭部の2本の角。

 俺を窮地から救ったソイツの正体は、先程の赤い熊の魔獣であった。

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