第26話

 大地虎ランドタイガーを倒した翌日、クロードが僕たちの宿を訪ねてきた。

 いるのはクロード一人で、他の『赤狼の爪』のメンバーは見当たらない。


「これが約束の報酬です」


 そう言ってクロードは金貨の詰まった皮袋を渡してくる。


 僕はその中身を確かめて、


「……多くない?」

「こちらの無茶な願いを聞いてもらったのですから、そのくらいは当然です」

「報酬の件、しらばっくれるかと思ってたけど」

「そんなことをすれば彼女たちが黙っていないでしょう?」


 クロードが視線を僕の後ろにやる。


 その視線の先――扉の隙間からは、警戒心丸出しのエルフィと「がるるる……」と唸るルーナが見える。

 確かに報酬を踏み倒せば彼女たちは『赤狼の爪』の居場所に殴り込んでもおかしくない。

 あの二人の中でアレス一味の好感度は最低値である。


「それとこれも差し上げます」

「何これ? ……腕輪?」

「マジックアイテムです。『衣移しの腕輪』と言って、予備の装備なんかを収納できます」


 僕は目を見開いた。


 収納魔術つきのアイテムは貴重だ。「依服」のみしか格納できないとしてもその価値は相当なものである。


「ずいぶん大盤振る舞いだね?」


 何か裏があるんじゃないだろうか。


大地虎ランドタイガーの相手をさせたわけですからね。あとは、Bランクパーティに昇格した祝儀も兼ねていると思ってください」

「……それはどうも」


 クロードの言う通り、僕たちのパーティランクはCからBに上がっている。

 理由はもちろん大地虎ランドタイガーの討伐。長年誰もがなしえなかったその功績により、僕はBランク、エルフィとルーナもそれぞれCランクとなったのだ。


 ……それをよりにもよって『赤狼の爪』のメンバーであるクロードに褒められるのは複雑だけど。

 どういうつもりだろう?


 僕の反応を見てクロードは苦笑した。


「そう警戒しないでください。特に何も企んではいません」

「とても信じられないね」

「では少し腹を割りましょう」


 クロードは真剣な表情で告げた。


「自分は元々あなたを追放するつもりはありませんでした」

「ッッ、何を今更――」

「ええ、言い訳するつもりはありません。自分はただ、アレスの行く末が見たいのです」


 僕は眉をひそめた。どういう意味だろう? 


「アレスは自分が見てきた中で一番の天才です。いずれ凄まじい剣士になるでしょう。自分はそれが見たい。本物の天才がどこまて高みに至れるのか」

「……」

「ゆえに、自分はアレスの意見に基本不干渉です。カイを庇って自分が追い出されてはたまりませんから」


 つまり、僕に恨みはないけどアレスに嫌われたくないから便乗したと。


「これでもあなたには申し訳ないと思っているんですよ。……信じてもらえるとは思いませんが」


 嘘じゃないだろう。

 何しろそんなことを僕に告げるメリットがない。


「……アレスみたいな子供っぽいやつにそこまで執着するなんて、きみは変わってるね」

「同感です。あの子供のお守りは骨が折れる」


 そう言い合って僕たちは苦笑を交わした。


 ともあれ、報酬の多さには納得した。依頼報酬に加えて、おそらくパーティを追放した件の謝罪も兼ねているんだろう。


「では自分はこれで」


 クロードはそう言い残すと去っていった。

 部屋に戻ると、エルフィとルーナが何とも言えない顔で迎えてくれる。


「あれでよかったんですか?」

「あのクロードってやつ、自分の都合でカイを追い出したんでしょ? ぶっ飛ばしてやればよかったのに!」


 エルフィは不満そうに、ルーナは憤慨したようにそんなことを言ってくる。


「うーん……正直、もうあまり気にしてないんだ」

「どうしてですか?」

「今は二人がいてくれるからね」


 僕の味方になって怒ってくれる人がいる。それだけで十分幸せなのだ。理不尽に追放されたことなんてどうでも良くなるくらいに。


「カイさんって……」

「優しすぎるわ! カイのそういうとこ好きだけど!」


 僕の言葉にエルフィとルーナは半分呆れた笑みでそう言うのだった。





 その後数日は魔物狩りに費やした。


 お金もかなり貯まったのでとりあえず故郷に送ってみた。


 ちょっと額が大きいので驚くかもしれないけど、きっとあの子たちも喜んでくれることだろう。僕の次に年長の女の子ロゼッタあたりには迷惑をかけているし、美味しい者でも食べてくれるといいんだけど。


 他にも宿屋の女将さんに料理の腕を見込まれてエルフィがスカウトされたり、ルーナが街の孤児たちのリーダーになったりと色々あったけど――それは置いといて。


 ようやく待っていたものが届いた。


「カイ・エルクス様。ギルド本部から竜に関する情報が届きました」

「本当ですか!」


 ギルドの受付嬢の言葉に僕は身を乗り出す。

 どうやらギルド本部に問い合わせていた「人に化ける飛竜」の情報について返事が来たらしい。

 これでルーナの故郷がどこかわかるかもしれない!


「よかったですね、ルーナちゃん」

「ええ! 待ちくたびれたわ!」


 エルフィとルーナもそんなことを言い合っている。


 けれど対照的に――受付嬢は表情を曇らせていた。


「……どうかしたんですか?」

「申し上げにくいのですが……ギルド本部の書庫を探しても『人に化ける飛竜』の情報はありませんでした」


 僕は愕然とする。


「ほ、本当に書庫を隅々まで探したんですか? 『人に化ける飛竜』じゃなくても、『喋る飛竜』とか、何かヒントになるようなことは……」

「そういったものも見つからなかったようです」

「そんな……」


 冒険者ギルドは世界各地に存在し、冒険者からの聴取を通して魔物の情報を集めている。


 そんな冒険者ギルドですら何の情報も持っていないなんて信じられない。

 けれど事実としてギルドの書庫にはルーナについて何も手がかりはないと言う。


「一つ、提案があるのですが」


 受付嬢が言った。


「魔物学者を尋ねてみるのはどうでしょうか?」

「魔物学者?」

「はい。王都に有名な魔物の研究者がいます。彼女のもとを尋ねれば何かわかるかもしれません」


 そんな人がいるのか。


「その人はギルドの知らないような魔物の情報を持っているんですか?」

「はい。彼女は世界的に名を馳せる魔物学の第一人者ですから」


 そんな人物がこの国にいるなんて知らなかった。

 どうする? という意図を込めて振り返ると、エルフィとルーナが揃って頷いた。


「私は賛成です」

「あたしも文句はないわ! 故郷に戻る手がかりを得られるならどこだって行くわよ!」


 二人が反対じゃないなら僕としても問題ない。


「ありがとうございます。ではその魔物学者を尋ねてみようと思います」


 そういうわけで方針が決定される。


 僕たちはその受付嬢から魔物学者の名前なんかを聞き出し、冒険者ギルドを後にした。


 それはいいんだけど――受付嬢はどことなく申し訳なさそうな、気の毒そうな表情だったのが気になる。


「どうか気を付けてくださいね。何かあれば逃げ出してください」

「は、はぁ……」


 そんなやり取りがあったほどだ。


 ……一体その魔物学者というのはどんな人物なんだろうか。

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