第22話
「いらっしゃい……って、カイに『聖女』の嬢ちゃんじゃねえか」
「どうも」
「こんにちは、ベネットさん」
僕とエルフィが挨拶を交わしたところで、『ベネット武具店』の店主はルーナの存在に気付く。
「そっちのちっこいのは?」
「誰がちっこいのよ! あたしはルーナ、カイとエルフィを守る『重戦士』よ!」
前半は抗議するように、後半は得意げな口調で言うルーナ。
僕とエルフィを守る役割なのが気に入ったみたいで、さっきからずっと嬉しそうにしている。
「『重戦士』っていやあ上級職じゃねえか! すげえもんだな」
「ふん、そうよ! あなたわかってるわね!」
「となると今日来た目的はこの嬢ちゃんの装備か?」
「察してもらえて助かります」
「武器持ってねえからな、この嬢ちゃん」
店主は苦笑しながらそんなことを言った。
「何かおすすめはありますか?」
「『重戦士』の適正武器は大剣や斧だったな。そんじゃほら、これなんてどうだ?」
店主が店の棚から持ち上げたのは一振りの大剣だ。
同じく大剣使いであるアレスよりは少し小さめだけど、十分頑丈そうである。
ルーナはそれを受け取って、首を傾げた。
「軽いわね……なんか使いにくそう」
「ま、マジか。それ高レベルの『戦士』用に作ったものだぞ?」
「他にはないの? もっと重いやつがいいわ」
「それじゃあこいつならどうだ?」
ルーナに言われて店主は他の武器を探し出す。
さっきのものよりさらに一回り大きな大剣だ。
「まだ軽いわよ」
「こ、これでもまだ軽いのか」
ルーナの不満げな言葉に店主は表情を引きつらせる。
「ルーナちゃん、あんなに力持ちだったんですね」
「『重戦士』って『力』にとんでもない補正がかかるらしいからね……」
エルフィとそんなやり取りをする。
ルーナの場合は本来竜であること、職業レベルが高いこともあって凄まじい膂力となっているはずだ。
「ねえ、あれじゃ駄目なの? あの隅っこにあるやつ」
ルーナが指さしたのは店の隅にひっそりと立てかけられている斧だった。
長い柄のついた両刃斧だ。それもかなり大きい。何より刃から柄の部分まで金属でできていて、店内の他の斧とは明らかに雰囲気が違う。
「ああ、あれは駄目だ。ふざけて作ったネタ装備だからな」
「?」
「ちょっとした出来心で、超高度のアダマンタイトやら何やら使ってめちゃくちゃ頑丈な武器作ろうとしてたんだよ。で、作ってみたら、頑丈なのはいいとしても重くて誰も持ち上げられねえ。
棚にも飾れねえから、ああして放ってあるってわけだ」
よくよく見たら斧の置かれているあたりの床が凹んでいる。
どんな作り方をしたらあんな重量のものができるんだろう。
「ふーん」
ルーナはその話を聞きながら、無造作にその両刃斧に近付き――
ひょいっ、と持ち上げた。
「あ、これいいわね! ちょっと重くて!」
「なん、だと……!?」
ルーナの平然とした様子に店主が驚愕の表情を浮かべる。
「い、いや待て待て待て! それはこの街一番の力自慢でも持ち上げられなかった代物だぞ!?」
「じゃああたしが凄いのね! あたしこれがいいわ!」
よっぼど気に入ったのか目を輝かせながら斧をぶんぶん振るうルーナ。
確かにまったく斧に振り回されている感じはしない。
「カイさん、どうしますか?」
「うーん……少し高いかもしれないけど、本人が気に入ってるならいいんじゃないかな」
「お前さんたちも何でそんなに平然としてんだ!?」
ルーナは『重戦士』で高レベルで飛竜なのだ。ちょっとくらい力持ちでも何ら驚く要素はないと言えるだろう。
というわけでその両刃斧を購入することに。
もともと買い手のアテもなかったようで、かなり値段もまけてくれた。
「これであたしも戦えるわね! 早速森に行きましょう!」
大斧を背負いながらご機嫌な様子でそんなことを言うルーナ。
新しい武器を手に入れたら使ってみたいのは当然の心境だろう。
「そうだね、行こうか。まだ日も高いし」
「やったー!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるルーナに苦笑しつつ、店を出て行こうとすると。
「――店主! ここにアレスは来ていますか!?」
勢いよく店の扉を開け、眼鏡をかけた青年が飛び込んできた。
それは僕の知る人物だった。
(……クロード?)
アレスたち『赤狼の爪』のメンバーの一人で、職業は『神官』。落ち着いた性格で、暴走しがちなアレスのブレーキ役を担っていた。
そんな彼が今は息を切らして何やら焦っている様子だった。
「アレス? いや、来てねえが」
「そうですか……では、見かけたら知らせてください。まったく、彼は一体どこに――ッ」
店主の答えに焦りの色を強めてから、店を出て行こうとしたところで、ようやくクロードは僕たちに気付いて動きを止めた。
「……カイ。奇遇ですね」
「……そうだね」
話しかけてくるとは予想外だ。
僕が視線を向けると、クロードはこう尋ねてくる。
「アレスを見かけませんでしたか? 今朝から姿が見えないんです」
「いや、見てないよ」
「……そうですか」
短く答える僕に、クロードはそう言って沈黙。
エルフィは表情を硬くし、事情を知っている店主はやれやれと溜め息を吐く。
「……? 何よこの雰囲気?」
よくわかっていない顔のルーナが首を傾げている。
「もう行こうか、エルフィ、ルーナ」
僕が二人に声をかけ、店を出て行こうとすると、再度クロードが話しかけてきた。
「待ってください、カイ」
「何か用?」
「アレスを探すのを手伝ってもらえませんか?」
「……は?」
思わず僕は目を瞬かせる。
直後、エルフィが声を上げた。
「――馬鹿なことを言わないでください! どうしてカイさんが自分を追い出した人たちの手助けをしなくちゃならないんですか!?」
「カイは『狩人』です。『五感』のステータスに補正があるため、視力に優れる。人探しにはうってつけの人材です」
「私が言いたいのはそういうことじゃありません! カイさんにはあなたたちを助ける義理なんてないって言ってるんです!」
エルフィが怒りをあらわにしてクロードを睨んでいる。
クロードはそんなエルフィから僕に視線を移した。
「……アレスは連日、無茶な戦闘を繰り返していました。カイ、あなたに模擬戦で負けた直後からです」
「!」
「彼はあなたに負けたことでプライドを傷つけられ、それを取り戻そうと焦っているんだと思います。そんな彼が、いきなり姿を消した。なぜだと思いますか?」
アレスが失った自信を取り戻すために試みるであろう行動。
彼が『赤狼の爪』のメンバーにも黙って姿を消したことも含めて考えると、答えは一つしかない。
「強力な魔物の、単身討伐……?」
「おそらくはそうでしょう。彼は自分だけの力でBランク、あるいはAランクの魔物を倒して名誉回復を図ろうとしている」
疲れたようにクロードはそう言った。
アレスは上級職の『魔剣士』だ。そんな彼が、不遇職である『狩人』に負けた。
その汚名を取り除くためにはそのくらいのインパクトが必要になる。
「『魔獣の森』には強力な『ヌシ』がいます。一人であれに挑むのは自殺行為でしかありませんが、今のアレスならやりかねない。すぐに見つけて止めなくてはなりません」
「それでダメ元で僕に協力を要請したって?」
「その通りです」
「他の連中はどうしたのさ」
今この場にいるのはクロード一人だ。
『赤狼の爪』にはアレス以外にあと三人いたはずなのに、彼らの姿は見えない。
「我々は今手分けして街中を探しています。そこで見つかればいいのですが、見つからなかった場合、森に行くことになっています。
カイ、あなたにはそこに同行してほしいのです」
クロードはそう言って頭を下げた。
「きみを追放したことを許せとは言いません。ただ、今だけは力を貸してください」
見下していたはずの僕に頭を下げて懇願する。
こんなの、クロードにとっては耐え難い屈辱のはずだ。それだけ焦っているということだろう。
「……」
さて、どうしようか。
僕は少し考えて、先に結論から言った。
「……わかった。今回だけ手伝うよ」
「カイさん、本気ですか?」
エルフィが信じられないというように僕を見てくる。
エルフィの言いたいことはよくわかるけど、一応言い分を伝えておく。
「アレスがいなくなった原因が僕との模擬戦なら、僕にも責任はある。これでアレスが死んだなんて後から聞いたら後味が悪いよ」
「でも……」
「もちろん、ちゃんと筋は通してもらう」
僕はクロードに向き直った。
「僕は今回、冒険者としての依頼を受けたって形で捜索に参加する。だから報酬はきちんと払ってもらうよ」
僕はもうアレスやクロードの仲間でも何でもない。
あくまで雇われるだけだ。
だから報酬もきっちり受け取る。
僕をパーティから追い出したのは彼らなんだから、その線引きはきちんとしてもらう。
それが僕が彼らに協力するための妥協点だ。
「……わかりました。働きに見合う報酬を用意します」
そう言ってクロードは了承した。
「ちなみに報酬を踏み倒そうとしたら、そこの店主を証人にしてギルドに告げ口するから」
「我々のことをまったく信用していませんね」
複雑そうな顔をするクロード。
何を今更。
ちなみに後方からは「俺を巻き込むんじゃねえよ……」と苦情のような声が聞こえたけど聞かなかったことにする。
というわけで、条件成立。
僕はこれからアレス捜索のために一時的に動くことになる。
「えーっと、そういうわけなんだけど……エルフィとルーナはどうする? 僕が勝手に決めたことだし、街で待っててくれても」
「行きます」
「よくわかんないけど行くわ! カイとエルフィはあたしが守るの!」
二人はそれぞれそんなことを言ってくれる。
エルフィはまだ少し不服そうだったけど、ひとまず納得してくれたみたいだ。
「我々は森の入口で落ち合うことになっています。案内しますからついてきてください」
「わかったよ」
そんなやり取りをして、僕たちはクロードについて店を出るのだった。
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