第10話

『キィッキィッキィッ!』

「【増殖】×二十!」

『キィッ!?』

「隙あり! 【加速】!」

『ギィイイイイイイイッ!?』


 『投擲猿スローイングエイプ』との戦闘は、相手の投げてきた木の実を空中ですべて撃墜 → 呆けた隙に矢を叩き込んで勝利。



『キュゥウウウウウウウウッッ!』

「【増殖】×十!」

『ギュアアアア!?』



 『一角ウサギホーンラビット』は、突進してこっちに近付いてくるまでに矢を撃ち込んで討伐。



『グルモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

「【障壁】!」

『グモッ……!?』

「からの――【加速】、【増殖】×十!」

『グモオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――!?』



 『大もぐらグランモール』は頑丈な両前脚で攻撃してきたところを【障壁】で弾き、カウンターの増殖矢で倒す。



 何ということだろう。

 今まで苦戦してきた『魔獣の森』の近接タイプの魔物たちが、まるで相手にならない。


 速射性、攻撃手数、威力、段数制限……今まで『狩人』のネックだった部分が丸ごと解消されているからだ。

 だいたいの敵は接近される前に倒すことができてしまう。


 現在のレベルはさらに上がって29。


 このまま行けば今日中にレベル30に届くかもしれない。



 そんな感じで快進撃を続けていたわけだけど――ここで厄介な敵と遭遇した。



『ウォオオオオオオオオオオオオオオン!』

『『『ガルルルルルッ……!』』』

「か、カイさん、囲まれてます!」

「みたいだね……やっぱり『グレイウルフ』は対応に困るなあ……」


 要注意リストに載る魔物、グレイウルフ。


 見た目は少し大きな灰色の狼だけど、この魔物は遠吠えで仲間を呼び寄せる性質がある。

 そして複数の仲間で囲んで獲物をなぶり殺しにするのだ。


 先に発見できていれば先制攻撃で倒せたんだけど、今回は逆に向こうが先にこっちを見つけて仲間を呼んでしまっている。


 周囲には僕とエルフィを囲むように十体以上のグレイウルフが集まっていた。


「カイさん、これってまずいんじゃ……」


 エルフィが不安そうに言う。


 確かに複数の敵に囲まれるのは『狩人』にとって最悪の事態だ。どんなに高威力の弓を使おうと、狙える敵は一度に一体。


 仮に一体倒せても、残った敵にやられて終わりだ。


「……」


 弓を引いたまま、僕は少し考える。


 グレイウルフが攻めてこないのは僕がこの矢をまだ撃っていないからだ。

 この矢がなくなった瞬間、グレイウルフたちは警戒を解いて攻撃してくるだろう。


 この一本で何とかしなくてはならない。


 僕はそう理解して、矢を頭上に向けた。


「ってカイさん! そっちは上で――!」

「【絶対命中】、【増殖】×二十九!」


 僕が真上に向けて放った矢は空中で増殖。

 さらに、【絶対命中】の効果でその軌道を修正する。



 そのまま上に向かっていくはずだった矢は急角度の放物線を描き――僕たちを囲んでいたグレイウルフたちに襲い掛かった。



『『『ギャウンッ!?』』』


 例えるならそれは追尾機能付きの『矢の雨』。


 油断していたグレイウルフたちが逃げ切れるわけもなく、全員矢に貫かれて絶命した。


 よし、うまくいった!


 一体ずつしか倒せないなら真上に矢を撃ち、増加させてから追尾機能で狙えばいい。

 これなら範囲攻撃の代わりになる。


 今後は囲まれた時はこの戦法で行くとしよう。





「凄いです! カイさん、凄すぎます!」

「あ、あはは。褒めすぎだよエルフィ」

「まさか囲まれた状態をあんな方法で撃ち破るなんて……私には思いつきもしませんでした!」


 エルフィが目をきらきらさせてそんなことを言ってくる。


 グレイウルフを倒せたのは思いつきみたいなものだし、そんなに褒められると何だか居心地の悪さを感じてしまう。


「まあ、『ラルグリスの弓』じゃなかったらできなかった芸当だし、この弓のお陰だよ」


 【増殖】と【絶対命中】がなくてはさっきの戦法は使えなかった。僕というよりは『ラルグリスの弓』の強さだろう。


「だとしても、それをきちんと使いこなしているのはカイさんの実力だと思います」

「あはは……」


 あくまで僕も褒めてくれるエルフィに、僕は苦笑いを返す。

 そんなやり取りをしつつ、僕はギルドカードを確認する。



――――――――――


カイ・エルクス(狩人)

▷職業補正:「力」×「耐久」×「敏捷」×「魔力」×「器用」〇「五感」〇

▷レベル:30

▷スキル:【遠視】【落とし穴】【阻害付与/敏捷下降】

▷魔術:

▷適正武器:弓


――――――――――



 グレイウルフを倒したことでレベルが30に上がっている。


 ついでに何かスキルが増えてる。


 阻害付与……ってことは、デバフ系か。矢に付与することで効果を発揮するものかな。


 ただ、職業関連のスキルは『ラルグリスの弓』が持つ【魔力回収】が適用されない。


 つまり周囲の空間の魔力ではなく、僕自身の魔力を消費することになる。

 使いどころは考える必要があるだろう。


「カイさん、これからどうしますか?」

「そうだなあ。魔物狩りを続けてもいいけど……ん?」


 エルフィの質問にどう答えるか悩んでいると。


「おお、カイじゃないか」


 前方から声をかけられた。


 そこにいるのは顔なじみのギルド職員である。

 ただし、普通の職員と違って鎧と剣で武装している。


 彼の後方には木製の頑丈そうな柵が並び、その奥への侵入を阻んでいる。


 唯一の出入り口として門があり、そこに武装したギルド職員が番兵のように立っているという図式だ。


 ああ、もうここまで来ちゃったのか。


「こんにちは、ベルクスさん」

「この奥に入るのか?」

「いえ、今日はそのつもりはありません。たまたま来てしまっただけで」


 武装したギルド職員――ベルクスさんとそんなやり取りをしていると、エルフィが首を傾げた。


「カイさん、お知り合いですか?」

「うん。ギルド職員のベルクスさんだよ。元冒険者で、危険域の見張り役」

「危険域……? それってこの柵の向こうのことですか?」

「そうだよ。この奥は強い魔物が出るから、柵で区切って一般人が入らないようにしてるんだ」


 『魔獣の森』の奥にはCランク以上の強力な魔物が出現する。


 中にはAランクの『森のヌシ』までいるらしい。


 さすがに危険すぎるのでギルドが国に依頼されて管理しているのだ。


「そんな場所があったんですね……知りませんでした」

「高ランクの冒険者くらいしか来ないからね、ここ」

「カイさんは来たことがあるんですか?」

「まあ、一応」


 アレスたちは基本的にこの奥を狩り場にしていた。


 だから僕は何度もこの奥に入ったことがある。ベルクスさんと顔見知りなのもそのためだ。


「おお、そうだカイ。最近この奥で『ゴールドラビット』が見つかったらしいぜ」

「ゴールドラビット……って、あの高額買い取り魔物の!?」

「ああ、そのゴールドラビットだ」


 『魔獣の森』にはごくまれに希少な魔物が出現する。ゴールドラビットもその一種で、その名の通り金色の体を持つウサギの魔物だ。


 その美しい毛皮はかなり高値で売れるらしい。


「だ、誰かもう捕まえたりとかは」

「いや、まだしてないらしい。あいつ逃げ足早いからなあ」

「そうですか……うーん、柵のこっち側まで逃げてきてくれるといいなあ……」


 ベルクスさんとそんなことを話していると、エルフィがきょとんとした。


「……? カイさんはそのゴールドラビットを狩りに行かないんですか?」

「あー、いや、まあ、そうしたいのは山々なんだけど……」

「?」

「えーっと、ほら、この奥は危険だしさ」

「何だ、知らねえのか嬢ちゃん。冒険者じゃねえとこの奥には行けねえんだぜ」

「えっ」


 僕がしどろもどろになっていると、ベルクスさんがあっさりバラしてしまう。


 ああもう、せっかく誤魔化そうとしてたのに!


 ……ベルクスさんの言う通り、この奥に入れるのは冒険者や、討伐依頼を受けた兵士だけだ。

 森の管理を任されているギルドは一般人がこの奥に侵入するのを禁じている。


 冒険者登録をしないとこの奥には入れないのだ。


「つ、つまり私がいるとここから先に入れないってことですか」

「え、えーっと、まあ……そうなるのかな」

「私のせいでカイさんの足を引っ張って……」

「い、いや仕方ないよ! エルフィは冒険者じゃないんだし!」


 予想通り愕然とするエルフィに、慌ててフォローを入れる。


 ベルクスさんの言う通り、僕はエルフィと一緒にいる限り森の奥には入れない。

 一般人を連れ込んだとなるとギルドから罰則を食らうことになるだろう。


 けど、それは仕方ないことなのだ。


 僕は『ラルグリスの弓』をきっちり活用してる。そうしたからには、弓に関連する多少の縛りは受け入れるのは当たり前といえる。


 ――と、思っていたんだけど。


「カイさん、今すぐ冒険者ギルドに行きましょう!」


 エルフィが唐突にそんなことを言い出した。


「私も冒険者登録をします。確か冒険者って、特別な資格は必要ありませんでしたよね?」

「え? まあ、なろうと思えば誰でもなれるけど……」

「なら、私も冒険者になります。カイさんの足手まといにはなりたくないんです」

「……森の奥は危険だよ?」

「わかっています。もしもの時は置き去りにしてくれて構いません。冒険者であるカイさんについていくんですから、そのくらいの覚悟はできています」


 真剣な表情でそう言ってくるエルフィ。


 大袈裟な言い方だけど、『ラルグリスの弓』の記録係というのはそれほどの大役なんだろう。


 少し考える。


 冒険者になること自体にデメリットはそこまでない。

 依頼のノルマなんかは発生するけど、僕と一緒に行動していれば自然とそっちも消化できるはず。


 あとはせいぜい最初に登録費がかかるくらいだ。


「……わかったよ。とりあえず登録だけでもしておこうか」

「はいっ!」


 元気よく頷くエルフィが可愛い。


 そんなわけで、僕たちは冒険者ギルドに向かうのだった。

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