一緒に旅をしよう

月之影心

佳澄に会いに博多へ

 一日の仕事を終えて帰宅し、軽くシャワーを浴びてから着替え、財布と免許証とスマホだけ持ってマイカーに乗り込んだ。

 時計は19:00を表示している。




(さて……何処まで行けるかな……)




 エンジンを始動させるとヘッドライトの白い灯りが地面を照らす。

 オーディオからはが好きだった1960~70年代に流行ったオールディーズの懐かしい音楽が流れ出す。

 俺は大きく息を吐き出してから、ゆっくりと車を西へ向けて発進させた。







 俺は四季しき健斗けんと

 地元の大学を卒業し、地元の小さな食品卸会社に勤める27歳のサラリーマン。

 毎年夏がそろそろ終わろうとする頃、少し遅い夏休みを取って車で九州へ行っている。


 香月こうづき佳澄かすみ

 幼馴染彼女に会いに行く為だ。


 墓石の下に眠る、彼女に。







 佳澄とは、生まれた時から家族ぐるみでの付き合いが始まっていた。

 幼い頃の記憶には、いつも佳澄が居た。

 小学生の頃は、佳澄と一緒に居てよく友達から冷やかされていた。

 中学生になって、1つ上の先輩が佳澄に告白したと聞いた時は心がもやもやし、断ったと聞いて胸を撫で下ろした。

 高校生の時、付き合ってもいなかったのに、ふざけた佳澄にキスをされて気まずくなったのは、今となっては良い思い出だ。


 高校2年になる頃、学校を休みがちになった佳澄が重い病気だと知って目の前が真っ暗になった。

 俺は率先して学校で治療費を募り、数万円ではあったが佳澄の両親に渡しに行った時は、初めておじさんとおばさん佳澄の両親の涙を見た気がした。


 高校卒業と同時に、佳澄はおじさんの伝手で九州の病院に入院する事になった。

 ちょうどそのタイミングでおじさんの転勤があり、18年間続いたお隣さんの付き合いは終わった。


 俺も佳澄の傍に居たいと九州の大学を受験したが、元々勉強はあまり得意では無かったのと、それ程家が裕福でも無かったので、最終的に県外に出て一人暮らしするのを断念して実家から通える地元の大学へ進んだ。


 大学生になってすぐにアルバイトを始めた。

 勿論、佳澄の所へ行く旅費を稼ぐ為だ。


 だが、大学1年の後期になってすぐの頃、おばさんから佳澄の訃報が伝えられた。


 せめて線香でもあげに行こうとしたが、親父に『行けば親御さんが佳澄ちゃんを思い出すから今は止めておけ』と言われて素直に従った。


 俺の九州行きはその翌年、大学2年の夏休みから毎年続いている。







 家を出発して20分程で高速のインターが見えてくる。

 ナビが女性の音声で『自動車専用道入口です』と告げるのを聞き、ウィンカーを左に上げてインターチェンジに入る。

 ETCゲート手前で減速し、ゲートが開いたのを確認してアクセルを踏み直す。

 本線への道を昇りながら時計にちらっと目をやる。

 19:30の表示。

 いつも2時間を目途にのんびり走る事にしていて、工事区間や事故渋滞が無ければ、広島県東部にある福山ふくやまサービスエリアに到着する。

 所々に掲げられた交通情報にもそういった情報は無く、順調なスタートだ。







 予定通り21:30には福山サービスエリアに到着していた。

 トイレを済ませ、缶コーヒーを買って喫煙所で小休止。

 まだそれほど疲れも出ていないし、眠気も全く無い。

 紫煙を漂わせながら、スマホでニュースや天気予報に目を通した。


 煙草を灰皿に押し付けて吸い殻を灰皿の中に落とす。

 次は一気に広島県を横断して山口県の真ん中まで走り、佐波川さばがわサービスエリアを目指す。

 両手を上げて大きく背伸びをした俺は、ゆっくりと車の停めてある方へと向かった。







 順調過ぎる程順調に、時計が23:20を指す頃に俺の車は佐波川サービスエリアの駐車場に入って行った。

 ほんの少しの疲れと、微妙な退屈感から来る眠気は、ここで仮眠を取って解消する事にしている。

 車を降りて小さく体を伸ばしてから、福山の時と同じようにトイレに向かい、自動販売機で缶コーヒーを買い、喫煙所に向かう。


 缶コーヒーを買って喫煙所に向かおうとした俺の視界に、女性が駐車場と施設の段差に腰を下ろしている姿が入って来た。

 大きなリュックサックには寝袋が載せられていて、今から山にでも登るのか、或いは山から下りて来たのかと思ってしまう様相だ。




(こんな時間にこんな場所で……何だ?)




 此処は高速道路のサービスエリアで、このサービスエリアは歩いて入っては来れない。

 たまに、高速バスがトイレ休憩に立ち寄って乗り遅れたなんて話も聞くが、荷物を持っているから違うだろう。

 俺は喫煙所に来て煙草に火を点けてからその女性の方を見ていたが、やがてその女性は立ち上がってリュックを手に持つと、すぐ傍のベンチに腰を下ろしてリュックに載せてある寝袋を取り外し始めた。




(まさかそんな所で寝るのか?)




 何故か興味をそそられた俺は、気が付けば彼女の動きから目が離せなくなっていた。

 そして彼女は、俺が(まさか)と思った行動を取り出した。

 ベンチの上にワインレッドの寝袋を広げ、足元にリュックを置くと、靴を脱いで寝袋の中に入ろうとしていた。




(マジか……)




 基本的にサービスエリアでの仮眠は認められているが、寝袋を敷いてがっつり寝るのはどうなのだろうか。


 と、何処かで見た事のあるような黒と黄色の冊子がリュックの背中の辺りにちらっと見えた。

 (スケッチブック?)と思うと同時に、彼女はヒッチハイクをしているのではないだろうかと思い付いた。

 普段なら見ず知らずの女性に声を掛けるなんて絶対にしない俺だが、何故か妙に気になった俺は、怪しまれないように足音を立てながらベンチに近付いた。




「もしもし。」




 声を掛けると、寝袋に腰まで入った女性は顔をこちらに向け、少し怪しむような表情で俺を見上げてきた。




「な、何か?」


「サービスエリアでキャンプ紛いな事はしちゃいけないですよ……なんて固い事は言いませんが、何か訳アリですか?」




 彼女は訝し気な表情を崩さないまま、寝袋のファスナーに手を掛けたまま話し始めた。




「あ~、実は私、ヒッチハイクしていまして……此処まで乗せてくださった方が宇部うべの方に行かれるからって此処で降ろしてもらったんです。夜も遅いですし今から次乗せてくださる方もなかなか見付からないと思って……」




 俺を怪しみつつも、此処で寝るのは良く無いとの自覚はあったのか、少し申し訳なさそうな口調に変わってきていた。




「そうでしたか。因みにどちらまで行かれる予定で?」


「ん~……特に決めてないんです。九州に行って景色見て美味しいもの食べて……ってくらいで……」


「俺も九州……博多まで行くんですけど、もしこんなおじさんの車で良ければ乗せて行きましょうか?」


「え?ホンマですか!?」




 彼女の顔がぱぁっと明るくなり、大きな目を見開いて俺の顔をじっと見てきた。

 その時、思いっきりイントネーションが関西弁になっていた。




「え、ええ。一人旅も退屈ですから。」


「うわぁ!ホンマ助かりますぅ!正直、野宿なんかちゃんとしたキャンプ以外やった事無くて、こんなとこで寝てええんかと思ってて不安で不安でしゃあなかったんですよ!」




 本当に嬉しかったのか、不安が解消される事に安堵したのか、彼女はその大きな目を微かに涙ぐませて笑顔になっていた。

 よく見れば、とびきりの美人というのではないが、大勢の中に居ても目立つんじゃないかと思うくらいの可愛らしい顔立ちをしている。

 聞き慣れた関西弁を使うのもあり、親しみを感じる印象を受けた俺は自然と笑顔になっていた。




「関西の方?」


「あ……はいぃ……つい興奮して関西弁になっちゃってました……すいません……」


「いやいや、俺も神戸から来てるので構わないよ。」


「え!?そうなんですか?言葉完全に標準語ですやん?」


「まぁ……癖と言うか……周りの人の影響かな。」


「そうでしたかぁ。」




 関西に住んでいたのに、何故か佳澄も佳澄の両親も最後まで標準語だった。

 その影響が未だに抜けない俺は、普通に友人と話をしてもあまり関西弁は出なかった。

 それでも、多少緊張と疑いが解けたのか、彼女は笑顔で俺との会話に応じてくれた。




「俺も少し仮眠を取ろうと此処へ寄ったんだ。おじさんの隣りでも良ければ車で休んでくれていいよ?」


「ヒッチハイクするくらいですからそんなん気にしませんよ。それに、さっきから”おじさん”って言いますけどそんな年じゃないでしょう?」




 彼女はくすっと笑うと寝袋から抜け出して靴を履き、俺の目の前に立ち上がった。

 (ちっちゃ……)と思ったのは、彼女の頭が俺の胸の高さくらいだったから。

 150cmあるかどうかというところだろうか。

 そのちっちゃな子が体に似合わない大きなリュックとクシャっと掴んだ寝袋を持ったまま俺を見上げてにこっと笑顔を見せていた。




「取り敢えず荷物積んでおく?」


「お願いします!」


「荷物、持とうか?」


「いえいえ!自分の荷物なので自分で持てますから!」




 俺はくすっと笑って『そうですか』とだけ言い、自分の車の方へと足を出した。

 彼女は俺の後ろをパタパタと足音を立てながら着いて来た。







「狭い車で申し訳ないけど。」




 俺の愛車は普通の乗用車。

 大勢乗れるミニバンでも、アウトドアを楽しめるSUVでもないので、普通に狭い。




「そんなん気にしませんって。雨風凌げるんですから最高の宿ですよ。」




 彼女は早速助手席に敷いた寝袋に足を突っ込みながら楽しそうにそう言った。

 俺もラゲッジルームから寝袋を持って来て、助手席よりも更に狭い運転席で悪戦苦闘しながら何とか寝袋に納まった。




「あ……私、美知留みちるって言います。如月きさらぎ美知留です。大阪で大学3年生やってます。」


「え……あ~大学3年……一番時間のある時だね。俺は四季、四季健斗って言うんだ。普通のおじさんやってる。」


「また”おじさん”て言う!ホンマのとこ何歳なんですか?」


「27だよ。」


「ほらぁ!全然若いやないですかぁ!」


「まぁ、大学生から見たら社会人なんて皆おじさんおばさんだろ。俺が学生の頃はそう思ってたから。」


「あははっ!健斗さんオモロイですねぇ。」


「普段は面白くも何ともないんだけどね。」


「そうなんですねぇ。それはともかく”健斗”ってかっこええ名前ですね。」


「ははっ。親父に伝えておくよ。」




 簡単な自己紹介と二言三言会話をして、何となく美知留とは気兼ねなく話が出来そうな気がした。

 容姿や口調は全く違うのだが、どことなく佳澄と雰囲気が似ているなぁ……と感じたからかもしれない。







 寝息を立てだした美知留を眺めていたのは覚えているが、俺もいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 少し肌寒く感じて目覚めると、外はまだ薄暗く、サービスエリアの照明が煌々と辺りを照らしていた。

 スマホを取って時計を見ると、まだ朝の4時を少し過ぎたところ。

 助手席ではワインレッドの寝袋が小さく上下しているだけだった。

 俺は美知留を起こさないようにゆっくり寝袋を下ろし、静かにドアを開けて車外に出た。

 寒くは無いがひんやりとした空気が頬を撫でる。







 温かい缶コーヒーを買って車に戻ると、助手席の寝袋が起き上がっていて、何やら周りをキョロキョロと見回している美知留の姿が見えた。

 俺は助手席側の窓を指でコンコンと叩いて車内を覗き込み、缶コーヒーを掲げて見せた。

 美知留はそれを見て半分寝惚けたような顔を笑顔にし、寝袋から這い出しながらドアを開けた。




「おはようございます。早いですねぇ。」


「あ~ちょっと寒いなぁと思って目が覚めちゃってね。はいこれ。コーヒー飲める?」


「え?あ、いいんですか?ありがとうございます!」




 俺は缶コーヒーを美知留に渡し、自分用の缶コーヒーを開けて口に付けた。

 車外に出て来た美知留も缶コーヒーを開け、一口飲んで『ほぉっ』と息を吐いていた。




「ここから3時間くらいで博多に着くけど、手前の古賀こがサービスエリアで朝食摂ってのんびりしてから博多に入ろうと思うんだ。」


「そこは健斗さんにお任せします。私は乗せてもらってるだけですし、別に急いでるわけでもないですから。」




 美知留の了承を得た俺は運転席を開け、飲み掛けの缶コーヒーをカップホルダーに置き、寝袋を丸めてラゲッジルームに放り込んだ。

 美知留も助手席を開けて寝袋を丸めて袋に押し込み、ラゲッジに入れたリュックに結び付けていた




「ほな、改めて宜しくお願いします!」




 美知留は笑顔で俺にそう言って頭を下げた。

 俺は笑顔を返し、運転席側へ回って車に乗り込んだ。







 ヘッドライトの白い灯りが高速道路を照らす中、100km/hをキープしてのんびり車を走らせた。




「健斗さんは博多へ何しに行くんですか?」




 外はまだ暗く、景色も楽しめない状況なので、俺と美知留は自然と会話が増えていた。




「あ~、まぁただの墓参りだよ。」


「お墓参りですか……親戚か誰かのです?」


「ん~……」




 この時期、佳澄の墓参りに行っている事は誰にも言っていない。

 勿論、自分の両親と佳澄の両親には言ってあるのでそれ以外の人という意味で。

 だから、この話を第三者にするのは初めてだ。




「幼馴染の墓参りなんだ。」


「え?」




 俺は美知留に、佳澄との出会いから別れまでの話をしていた。

 少し車内が重たい空気になってしまっていたが、明るくふざけた雰囲気で語れるような話でも無いのでちょうどいい。




「健斗さんはその佳澄さんと恋人やったんですか?」


「まさか。佳澄は俺の事をそういう対象には見て無かったと思うよ。」


「何でですか?」




 俺は、未だに頭から離れる事の無い言葉を思い出していた。







『生涯を共に過ごす相手は、一緒に居て楽しいと思える人じゃなくて、一緒に居ないと寂しいと思える人にしなきゃダメだよ。』




 佳澄と一緒に居ると楽しかった。

 佳澄が傍に居ないと酷く寂しかった。

 その想いをいつか伝えようと思っていた。




『健斗とは一緒に居ると楽しいけど、一緒に居なくてもずっと一緒に居るような気がするね。』




 別の日にそんな事を佳澄が言った時、俺は秘かに落ち込んでいた。

 要するに、佳澄は俺と一緒に居なくても寂しいとは思わない……つまり生涯を共に過ごす相手とは思っていない……と言う事なのだと分かったから。







「そういう話をした事があるからね。」


「そうなんですねぇ。それでこの曲なんですか?」


「え?」




 カーオーディオからは、ずっと懐かしいオールディーズの曲が流れていた。

 曲名も誰が歌っているかも知らずに流していた、佳澄が好きだと言っていた曲。




 You've lost that loving feeling

 Oh, that loving feeling

 You've lost that loving feeling

 Now it's gone, gone, gone, Wow wow wo




「ライチャス・ブラザーズの”You've Lost That Lovin' feeling”って曲でしょ?」


「ごめん……音楽には疎くてCDももう何年もこのまま……全然知らずに流してるだけなんだ。」


「あらま。」




 運転中なので美知留の表情を伺う事は出来ないが、呆れた顔で俺を見ているのは何となく気配で分かる。




「何かこの曲ってムーディーで愛を囁いてるように聴こえません?」


「違うの?」


「全く逆……振られた気持ちを歌ってるんです。だから日本語の曲名もそのまま”ふられた気持ち”なんです。」


「マジかぁ……それにしてもよく知ってるね。」


「この曲はいい曲だなぁって聴いてて、和訳してびっくりしたからよく覚えてるんですよ。」




 美知留は好奇心旺盛な子のようだ。

 何でも調べ、経験してみないと気が済まないと本人も言っていた。

 その後も暫く、蘊蓄うんちくとまでは行かないが、美知留は持っている様々な知識を身振り手振りを添えて熱く語ってくれた。







 古賀サービスエリアに着いた時、オーディオに表示された時計は7:30になっていて、早くも駐車場はほぼ満車状態だった。




「朝からいっぱいですねぇ。」


「特別な施設があるわけでもないのに、ここは毎回いつ来てもいっぱいなんだ。」




 半分ぼやき混じりに空いている駐車枠を探しながらゆっくり車を進めていた。




「あそこ!車出ますよ!」




 美知留の指差した方向で1台の車がまさに出庫しようとしているところだった。

 俺はハザードランプを点け、その車が出て行くのを待った。

 出て行く車のドライバーが左手をちょこんと上げていたので、俺はヘッドライトをパッシングさせて応えて後退駐車に備えた。

 バックで白線の枠に車を収めてエンジンを停止させる。

 『ふぅっ』と大きな溜息を吐いて両腕を伸ばす。




「疲れちゃいました?」


「え?あ……あ~いや、まぁ、疲れたと言えば疲れたけどいつもの事だから。」


「何か横で座ってるだけで申し訳ないと思います……」


「そんな事思わなくていいんだよ。話し相手になってくれてるだけでだいぶ違うんだから。」




 俺はあまり気遣わせないようにと笑顔を美知留に向けた。

 美知留はそれでも申し訳なさそうな笑顔で小さく『はい……』とだけ言った。







「タ○ーズコーヒーだったんだ……」




 一人で来る時は、単にコーヒーやサンドイッチが売っているだけのちょっとお洒落な売店だと思っていて気にしていなかったのだが、美知留と歩きながら店の看板を見て、初めてその店が全国チェーンのカフェだと知った。




「知らないで毎回来てたんですか?」


「そうなるね。」


「健斗さんって結構無頓着と言うか……周りあんまり気にしないタイプみたいですね。」


「よく言われるよ……」




 美知留は何だか楽しそうに笑っていた。

 俺が毎回同じコーヒーとサンドイッチを頼んでいると、美知留も『じゃあ私も同じのを』と横から顔を出して店員にオーダーした。

 注文した物を乗せたトレーを持って空いている席を見付け、美知留と向かい合わせに座って朝食を摂った。




「健斗さんは佳澄さんのお墓参りした後、何処か観光とかするんですか?」




 サンドイッチの包みを手の中でくしゃっと潰しながら美知留が訊いてきた。




「いや、墓参りが終わって佳澄の両親に挨拶したらすぐ帰るよ。」


「えー……折角遠くまで来てるのに勿体無くないです?」


「そう言われてもな……毎年来てるからそういう気分にもならないんだよ。」


「そうなんですねぇ。」




 改めて明るい所で見る美知留は、可愛らしさの中に何となく知的な感じの伺える、目鼻立ちの整った端正な顔立ちをしていた。

 きりっとした眉を寄せ、何だか思案に耽っているような表情をしていた。

 ふと気が付くと、美知留が俺の顔をじっと覗き込んでいた。




「私の顔に何か付いてます?」


「え?あ……いや……目と鼻と口が付いてる……」


「ぶっ!!」




 若干慌て気味にそう言うと、美知留が思いっきり吹き出した。




「あははっ!健斗さんってそんな冗談も言うんですね!」


「すまん……」




 別段笑わそうと思って言ったわけでは無かったが、美知留は妙に気に入ったようで暫く腹に手を当てて笑い続けていた。




「あ~オモロっ!よし、決めたっ!」


「え?何を?」


「健斗さんがお墓参り終わった後の事です。」


「へ?」


「私ともう少し一緒に旅しましょう!」


「は?」




 美知留の突然の提案に、俺は固まったまま美知留の顔から目が離せなくなっていた。







 美知留が提案してきた時、正直な気持ちを言うと『嬉しい』だった。

 往復1200km以上のドライブを、いつも一人でしていた。

 そこに自分以外の人が加わる事で、いつもとは違った旅が出来る。

 勿論、美知留が可愛らしい女性だったからそう思ったのは否定しない。

 だがそれ以上に、佳澄の墓参りという、前に進む事の無い旅とは違う旅になるのではないかという期待を感じていた。







 手洗いから戻って来た美知留が助手席に乗り込んで来る。




「お待たせしました。」


「じゃあ出発しようか。博多までは30分くらいで着くと思うよ。」


「はい。宜しくお願いします。」




 まずは俺の旅本来の目的である墓参りに行くのだが、美知留は『これも何かの縁だから』と同行を申し出て来た。

 俺も佳澄の話をした手前、断る必要も無いと思って同行してもらう事にした。

 ただ、さすがに佳澄の実家へは先方も驚くだろうからと、墓参りの後は暫く別行動を取る事にして、一旦美知留を博多駅の近くで降ろす事になった。







(また今年も来たよ。まぁ、毎年来てるからこれと言って目新しい話も無いんだけどね。)




 『香月家之墓』と書かれた灰色の墓石の前にしゃがんで手を合わせ、頭の中で佳澄に語り掛けた。




(佳澄は俺と一緒に居なくても平気って言ってたけど、俺は佳澄と一緒に居ない時間は寂しかったんだぞ。でも……その寂しさも段々薄れてきていて……それが何だか怖いんだ。俺の中から佳澄が消えちまうんじゃないかと思ってさ。)




 棹石も上台も中台も苔一つ無く掃除され、水鉢の水は塵一つ入っていない。

 花立に活けられた花は俺が持って来たのと変わらないくらい瑞々しく、香炉の灰も丁度良い量が入っている。

 おじさんやおばさんだけじゃなく、定期的に誰かが佳澄に会いに来ているのだろう。




(死んでも佳澄は人気者なんだな。)




 少しだけ、ほっとしたような、寂しいような、そんな気持ちになっていた。




(じゃあそろそろ行くよ。また来年な。)




 俺は合わせていた手を外し、ゆっくり立ち上がった。

 俺の斜め後ろで同じように拝んでいた美知留も、俺に合わせて立ち上がる。




「もういいんですか?」


「うん。また来年も来るし、あんまり一気に話をしたら次来た時の話題を見付けるのが大変だから。」


「えぇ?一年もあれば色んな話題が出来るでしょ?」


「そういう生活送ってるからね。」




 そう言って俺は佳澄の墓を後にする。

 美知留は『それは悲しいなぁ』とか言いながら俺の後に続いた。







 博多駅の東にある大きなカメラ屋の前で美知留を降ろした俺は、ナビをセットし直して佳澄の実家へと向かった。




「健斗君、よく来てくれたわね!いらっしゃい!」




 家のチャイムを鳴らすと奥から佳澄の母親が出迎えてくれた。

 少し老けたような気もしたが、相変わらずチャキチャキしたおばさんだった。




「毎年ありがとう。」




 おばさんの後ろから佳澄の父親が控え目に姿を現し、重厚感のある声で俺に礼を言ってくれた。

 墓には参って来たが、家にある仏壇にも線香をあげて手を合わせた。

 仏壇には恐らく高校時代であろう佳澄の笑顔の遺影が飾られてあり、そこだけ時間が止まっていた。




「そろそろ健斗君もいい人見付けないといけない歳じゃない?」




 おばさんはここ数年、同じ事を言っている。




「ま、まぁ、そんな人が見付かったらちゃんと報告に来ますよ。」




 俺も、おばさんに言われるたびに同じ返事をしていた。

 その後、応接間に案内され、軽く昼食をご馳走になってから佳澄の家を後にした。




「健斗君も、私たちの子供みたいなものだ。そろそろ、前を向いてもいいんじゃないかな?」




 玄関の外まで見送ってくれたおじさんがそんな事を言った。

 『我が子にいつまでも過去に縋りついたままで居て欲しくない』とでも言うような、慈愛を湛えた眼差しで俺を見ながら。







 佳澄の家を出た俺は、車で近くのコンビニの駐車場へ入り、聞いていた美知留の携帯に連絡を入れた。




『お疲れ様です。』


「お待たせ。今何処に居る?」


『博多駅ですよ。』


「え?何処にも行ってないの?」


『ん~……よく分からなかったので。あ、でも駅の中はあちこち行きました!博多ラーメンも食べましたよ!』




 楽しそうに言う美知留だったが、何だか勿体無い事をさせてしまったかと反省しつつ、取り敢えず美知留を迎えに行く事にして、さっき美知留を降ろした場所を指定して電話を切った。







 午前中に美知留を降ろした辺りまで車で向かうと、既に美知留は道端に姿を現していて、俺の車を見付けて小さく手を振ってきた。




「遅くなったね。」


「いえいえ、全然構いませんよ。」




 美知留が助手席に乗り込み、シートベルトを締めたのを確認して車を発進させた。




「それで、何処か行ってみたい所、見付かった?」


「それが……あんまり無いんですよ……あ~、その”こんな場所無いかなぁ”ってのはあるんですけど、この辺りにそういう場所が無くてですね……」


「”こんな場所”って?」


「えっと……夜景の見える山に登ってみたいんですけど……」




 博多ほどの都会なら、夜になれば色とりどりの灯りが街を照らし、夜景なんかいくらでも見られると思われている。

 だがその多くは高層階のホテルだったりタワーの上だったり、或いは屋根を外したバスでのツアーなんてのもあるが、となると限られる。

 まぁ、博多に限らず、都会とはそういうものではある。




「山の上から見る夜景かぁ……油山あぶらやまの片江展望台くらいかな。」


「あるんですか?」


「うん。車で30分くらい掛かるけど博多の街が一望出来る所があるよ。」


「行きたいです!行きましょう!」


「それは構わないけど、今から行っても夜景が見えるまでだいぶ時間あるよ?」


「昼間の景色見て、夜景見られてなんて素敵じゃないですか!」


「分かったよ。」




 目をキラキラさせて喜ぶ美知留を見れば、誰だって期待に応えてやりたいと思うんじゃないだろうか。




 実は、ここから九州縦貫道を使えば1時間少々で行ける北九州市には、新日本三大夜景の一つである『皿倉山』というのがあり、申し訳ないが片江展望台とは比べ物にならない程の絶景が見られるのだが、何を隠そう、NPO法人によって『恋人の聖地』に認定されている場所でもあるのだ。

 さすがに昨日会ったばかりの女子大生を連れて行くわけにもいかないだろう?

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