第149話 目覚

 その部屋には天蓋付きの大きなベッドがあるだけだった。カーテンは締め切られていて光は入らないが、燭台には火が灯っている。

 大きすぎる褥に横たわる小さな膨らみが寝返りを打つと、静かに瞳を開いた。


「おお!」


 ベッド脇に控えていた老人が、声を上げる。その拍子に持っていた杖が落ちる。木の音が部屋に響く。入り口側で控えていた侍女が素早く老人に近づくと、その杖を拾って手に握りしめる。

 目覚めた幼童は瞳が大きく、濡れたような睫毛は長い。


「お目覚めになられましたか。この日を心よりお待ちしておりました」


 幼童はまだ焦点の定まらない目で、老人を見ると、思いついたように言葉を発する。


「我はどれほど眠っていたのだろうか? 一瞬だったようにも思えるのだが」


 侍女から杖を受け取った老人は、咳払いを一つすると、幼童の背中に手を差し入れて座らせる。


「おおよそ千五百年でございます」


 そのあまりに長い時間に幼童は驚いたようだ。


「随分と眠っていたようだ。苦労を掛けた」


 その言葉に老人は恭しく膝を着く。


「滅相もございません。ありがたきお言葉、痛み入ります」


 老人はあくまで慇懃だ。幼童はベッドの縁に腰を掛けると、足を前後に揺らし、両手を交互に挙げる。身体には異状はないようだ。


「それで、どうなっているのか、少し聞きたいのだが、千五百年も経ってしまえば、世の中も変わってしまっているのではないか?」


 老人は背中を丸め、少しうなだれる。幼童は時代が大きく変わっているのをその仕草から察した。


「我が国、ガイガル王国は滅びに瀕しております。現在はこの城を残すのみにて……」


 この幼童が眠りに就く際に、城を包み込むように結界を張った。そのお陰で、この城は落ちずに済んでいたようだ。かつて最大版図を誇っていた国が、今ではこのざまである。君主が眠りについてしまったのだから、致し方ない。この城一つでも残っていたのだから、それを喜ぶべきだろう。


「それでヴァルエストはどうしている。姿を見えないようだが」


 ヴァルエストとは彼の息子だ。眠りの直前に一切を託してあったはずだ。


「ヴァルエスト様は、人間と共存を道を探っておいででした。僅かな共を連れて、人間の大陸へと渡ったのです、平和を求めて」


 老人の言葉に、幼童は舌打ちする。その仕草は、美貌の姿にいかにも似つかわしくない。親指を口に当てる。それが苛々シている時に出る癖のようだ。


「馬鹿な、我々は人間とは不干渉が原則ではなかったではないか。こちらがその気でも、人間の方が受け入れないだろうに、愚か者めが」


 幼童は顎で先を促す。


「ヴァルエスト様の消息は不明でございます。千五百年も経っております。恐らく、すでにお亡くなりかと拝察致します。痛ましい限りでございますが」


 人間から迫害を受け、死んだ、それが老人の知っているヴァルエストの最後だ。


「そうか。残念だな。聡明な奴だと思っていたが、存外、そうでもなかったようだ」


 行方不明になった息子、それも千五百年も前にどこかえと行ってしまった者の消息など、どうでも良い。幼童は情報に飢えているようだ。眠っている途中は夢すら見なかった。眠っている間に、何が起こったのか詳細を知りたい。


「我が国が崩壊したあとは、群雄が割拠し、その後、大陸を統一した国家はございません。それぞれの領地を守るために、互いが牽制し合っているといったところです」


 人間のこの大陸への干渉もなく、比較的落ちつていたようだ。となればかつての繁栄を取り戻すために動き初めなければならない。当面は一人でもなんとかなるが、そのうち兵も必要になる。民も集めなければならない。


「我の目覚めを知られるのは、今は少しまずいかもしれんの。頃合いが必要か」


 城を覆っている結界を解けば、すぐに攻め込まれるという訳でもない。大陸の中では辺境と言っていい場所にこの居城はある。さて、どうやって初めていくのが賢明か。幼童は少し考えているようだ。


「お目覚めが伝われば、馳せ参じて参る者も多かろうと存じます、それを待たれてもよろしいのでは、魔王様」


 老人はしわがれた声で、そう告げるとさらに深く幼童に向かって頭を垂れた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

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