プリズン・アーム――腕に魂を宿した聖女は人類の真理を知る――

第136話 贈物

　和平交渉を進めていくためにはいくつかのハードルが存在する。まずは教皇であるパディクトの裁可は絶対だ。

「猊下は現在、この街を離れています。所在は存じております。至急連絡を取り、是非を問います」

　これは当然だ。調整や細かな交渉はこのオーサでも充分だが、その前提は教皇の了承になる。

「了解した。こちらとしての最低限の条件を伝えておきたい。それを持って、教皇に知らせるといいだろう」

　リリーシュタットの言い分はそれほど強いものではない。中立国家群のリリーシュタットへの帰属とそれに伴う国境線の策定、そして戦費を含んだ賠償金だ。

「我々はナザレットの領有は望んでいない。聖女様もおっしゃっていた通り、独立は保証する」

　ナザレットにとっては飲めない条件ではない。中立国家群への影響力がなくなってしまうのは確かに痛手ではあるが、それ以外は、戦前のままだ。国を失ってしまう訳ではない。この好条件には実は理由がある。もちろん聖女ユリシスの意向も無視はできないのだが、正直なところ、中立国家群を吸収するだけでリリーシュタットは手一杯なのだ。

　新皇帝が即位して間もない。しかも、一度は戦争に敗北している。立て直しの途中、心ならずも始まった戦争だったのだ。

「それでは早速に連絡を取りましょう。害意がないと保証ていいただけるのであれば、そちらの兵士を数名お貸しいただきたい。私の手の者を護衛してもらいたいのです」

　ジオジオーノは即座に了解を与える。今らかでも足ってもらっても構わないという姿勢だ。勝敗が決した以上、少しでも兵を国元に戻したいという思惑もある。

「アリトリオ卿、では手筈通りに」

　その言葉で全員が立ち上がる。ジオジオーノとオーサは再び握手を交わす。最初のコンタクトとしては上出来だといっていい。暗礁はない、ユリシスも取り敢えずは安堵のため息を漏らす。

　アリトリオが近臣を呼ぶと、耳打ちする。うなずく近臣は足早に駆け出していく。

「なに大した話しではありません。伝令を発するのですよ、中立国家群にです」

　リリーシュタットの勝利と、王国への帰属を通達するための使者だ。条件は各国と詰めていかなければならないが、難航はしないという見通しだ。

「ラクシンあたりはすでにつかんでいるでしょうが、これが正式な通達となります。その返事を待つまでは軍を駐屯させる予定です」

　了承しない場合はリリーシュタットへの帰路、威嚇のために、その国へと侵攻する必要があるのだ。

「教会へお邪魔してもよろしいですか？」

　部屋を出ようとするオーサにユリシスは声を掛ける。オーサは怪訝な表情を浮かべるが、断る理由はない。

　馬車ではなく徒歩で教会に向かう。街の中心部からはかなりの距離がある。悪所はどの街でも城壁に近い。場合によっては城壁の外側でスラムとなっているところも珍しくないのだ。

　途中、言葉は交わさない。多少のわだかまりがまだ残っている。

　教会に着くと、ユリシスはランサに命じて、革袋をオーサに手渡す。

「子供たちのために使ってください。それほど大きな額出ないのが心苦しいのですが」

　確かに聖女は象徴として最高の地位にあるが、打からと言って、贅沢三昧に過ごせる訳ではない。貴人ではあるが貴族ではない。生活のすべては国庫で賄われている。

「私が自由に出来るお金はこれぐらいなのです、納めておいてください」

　オーサにはこの贈り物の意味が分からない。ユリシスにとってオーサは仇敵だ。家族を奪い、傷つけ、争った相手なのだ。

「あなたとは確かにわだかまりがありますが、それに引きずられるほど、私は愚かではありたくはないのです。あなたはあなたの正義に誠心誠意向き合っている、それが分かっただけです」

　オーサの子供たちへの気持ちは本物だろう。

　しかし、為政者として市民を救済するのであれば、自分の子供たちはきっと後回しにするに違いない。

「そう思ってこれは子供たちへの贈り物なのです。あなたのためではありませんよ」

　オーサは苦笑いしながら、受け取ると掌の上で革袋を弄んだ。

「政治むきの話は抜きにしてあなたとはもっと話をしたいと思っていました。いずれ、ゆっくりと時間がとれればいいのですが、私はもうすぐ帰国します」

　ユリシスはいつ会えるかの約束はしなかった。

【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

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