第137話 内示

 ユリシスは聖サクレル市国へ帰るために街道を進んでいた。途中、脱ぎ捨てられた防具や折れた武具などが散見されたが、死体は遺棄されてはいなかった。敗走するナザレットに余裕があったとは思えない。リリーシュタット軍が埋葬したか、回収したのだろう。

 ユリシスはその対応を満足した。


 ユリシスたちは途中、兵士たちにも行き交った。中立国家群への使者として派遣されたり、逃げた兵士や市民たちに帰順を呼びかけるために各地に遣わされた者たちだ。素早い戦後処理は、混乱を鎮める効果がある。


 街道の本堂を北へと逸れる。ターバルグへと立ち寄る予定になっている。すでに先触れの使者はバレルから出してある。今回の作戦ではラクシンを中心としてターバルグの兵たちにも大きな戦功があった。ユリシスに賞する権利はないが、声だけでも掛けておきたいと思ったのだ。それに大切な要件もある。


 街は戦勝に浮き立ちもせず落ち着いていた。機能を最優先させてた街の造りと意匠はもはや様式美とも言える。若干温かみには欠けるが、これがこの街の相貌だ。

 官舎に入って案内を乞う。身分を明かすと驚いた様子で、番兵が飛び込んでいく。しばらく待たされたが、このターバルグを治めるダ・ダンテとラクシンが揃って出迎えてくれた。廊下で堅い握手を交わす。


「この度は戦勝おめでとうごさいます。聖女様。かなりのご活躍と窺っていますよ」


 清潔感に溢れた服装と、清々しい挙措はいつもの通りだ。その後ろに控えているラクシンも、久しぶりにユリシスを見て安心したようだ。作戦中はほとんど毎日顔を合わせていたのだから、ユリシスにとっても懐かしい。


「帰属を求める使者が来ていると思います。答えはすでに出ていると思います。このターバルグに送ったのは念のため、とお考えください。他意はありません」


 ターバルグからの帰属の申し出はかなり前からあった。そのため作戦では共同戦線を張り、共に戦ったのだ。この決断は多かった。ユリシス単独では作戦は上手くいかなったはずなのだ。


「もちろんです。中立国家群が一丸となれるように、あちこちに使者を送っていますよ」


 ターバルグのように腹をくくってリリーシュタットに近づいてきた国家がすべてではない。それまでほとんど関係のないような国も含まれる。レストロアのように、戦争で滅ぼされた国は皆無だが、この戦争によって、中立国家群に大きな影響が出る。それが分からない領主は今はいない。

 一応、機密事項にはなるのだろうが、リリーシュタットはレストロア以外の土地を直接統治する予定は今のところない。本国の内政を充実させたいのだ。そのため中立国家群の国主たちは、その国に応じて爵位が授けられる。これは常識の範囲を大きく逸脱はしない。

ダ・ダンテにしても分かっているようで、国主への未練はあまりないように見受けられる。

 身分は多少変わったとしても、領主なのは間違いないのだし、所属がリリーシュタットになるだけだ。

 安全保障上の問題と歳費など、調整すべき問題はいくつかあるが、今のところリリーシュタットに表立って反抗する国はない。ターバルグの工作も効いているのだ。


「ダ・ダンテ殿、実は帰国の途中で立ち寄って別の理由があるのです」


 応接室に案内されながら、並んで歩くダ・ダンテをユリシスは見上げる。ダ・ダンテは見た目よりも上背がある。ユリシスは彼の肩にも届かない。


「本来は書面でも構わなかったのですが、どうしても了解を私が聞きたかったのです」


 応接室のソファに着席するユリシスは早速に要件を伝える。


「外でもないラクシンの処遇なのです」


 実は、アリトリオには確約をもらっているのだが、まだ内示は出ていない。これも機密事項の一つにはなるのだろうが、どうしてもユリシスの口から伝える必要があると思っていたのだ。


「ラクシンを聖サクレル市国の直属として迎え入れたいのです。いや、もって回った言い方でしたね。ラクシンを私の腹心に頂きたい」


 ユリシスは立ち上がって頭を下げた。慌ててランサもユリシスに続く。


「頭をお上げください。聖女様。分かっていましたよ。ラクシンとは一緒に戦った仲ですからね。信頼関係が生まれても当然でしょう。実は作戦に送り出す時からこの日が来るのを覚悟していたのです」


 ラクシンはかなり驚愕した表情を浮かべている。それは当然だろう、今ここで初めて口にしたのだ。しかも聖女が頭を下げている。それだけでもラクシンにとっては大きな名誉なのだが、慌てているためか、それには気が付いていない。


「ラクシン、悪い話しではないと思うが、どうか? できれば即答を。聖女様はお前のためにわざわざ足をお運びになられたのだから」


 ダ・ダンテがとりなしてくれる。初めてラクシンは我に返ったようだ。多少戸惑い、言葉に詰まったようだったが、答えは明快だった。


「ありがとうございます、聖女様。お役に立てるよう微力を尽くします」


 ユイシスは安堵した。顔を上げてラクシンを見ると、少し目が潤んでいる。かなり感傷的になっているのは確かなようだ。


「本当は一緒に連れて帰りたいのだけれども、そうはいかないでしょう。準備や引き継ぎが終わり次第、市国へと来てもらえるとすごく助かるわ。すでにいくつか案件があるの」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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