第106話 異質
両陣営にあって、ロボにまたがるユリシスとランサはまったく異質だった。それは女性だからではない。兵士には女性はいないが騎士団には幾人か女性がいる。ナザレットの最精鋭である聖騎士団にも存在している。ユリシスとランサが少女であるから異質なのではない。
両軍、特にナザレットにとっては、ユリシスが率いる野獣の群れがまったく戦場に似つかわしくなかったのだ。
「ロボ、味方の陣を追い抜いて」
ユリシスはロボに右翼のさらに先に出るように命じると、そこで眷属を召喚させる。敵陣から見れば、左側中央付近にいきなり野獣の群れが出現した。その数、約二千体。
ひたすら前を見て中央突破を図ろうとしていたナザレット軍は不意に殴打された。
「ヴァリゲ・ショール!」
ランサが防御結界を張る。ただそれほど必要ではなかった。相手は狼狽えている。
「グラベーリン! ブラン・エクスプロデル・フローマ!」
ユリシスの左中指が光り輝くと同時に、巨大な爆炎が立ち上る。咄嗟に危険を察知して防御結界を張った者もいたが、それも虚しく、陣に大穴が空く。そこにロボの眷属たちが殺到する。
ロボの眷属たちはただの野獣の群れではない。ロボによって一頭一頭制御できる。ロボにとってみれば、自由に動かせる手足が伸びたような感覚に近い。伝令の必要もなく、一糸乱れぬ統制が取れる軍隊、それがロボの眷属の実態だ。
「ボクは狙い撃ちするからね」
ユリシスは右腕をハッシキに委ねる。青味を帯びた灰色の腕がしなやかにうなる。その先には十人の兵士たちを指揮する下士官の姿があった。首の付け根に一撃を受け、絶命する。下士官の死は命令系統の断絶を意味する。彼の部下である十人の兵の機能不全を引き起こす。
ユリシスたちの足は止まらない。二千体の眷属が一斉に咆哮を上げる。古い土壁が剥がれ落ちるように、陣形が崩れる。
「ロボ、とにかく真っ直ぐに。前と後ろを切り離す」
そうすれば敵の前進は止まる。ユリシスは後ろを振り向かない。回りが全て敵になろうとも気にも留めない。横からの突進にようやく対応しはじめたナザレット軍から、聖霊術と矢が降ってくるが、ユリシスのところまでは届かない。防御に専念しているランサの結界は厚く強い。ハッシキは次々と下士官たちを屠り、統制がとれなくなった兵たちはロボの眷属たちに討ち取られていく。
ナザレット軍に恐慌が伝播していく。
崩れていく敵陣の中にあって、統制を保っている部隊があった。敵の最精鋭である聖騎士団だ。眷属たちの猛攻を押し返している。ユリシスは今、自分がいる場所が敵の中枢だと知る。
「ここを突破すれば戦局はこちらに大きく傾く。行くわよハッシキ」
右腕が伸びて聖騎士の一人に狙いを定める。剣と剣とがぶつかり合い高い金属音を立てる。
「ボクが受け止められた? やるなあ」
聖騎士はナザレット軍の象徴だ。楽な相手ではない。人類の九割五分は宿痾を持って生まれてくるが、ナザレットでは残りの五分、宿痾を持っていない頑強な身体を持つ子供たちを幼少から引き取り、聖騎士として育成していると言われている。高度な剣術と強力な聖霊術を併せ持つその存在は、ナザレット軍の誇りであり希望であり憧れである。
十人以上の聖騎士に囲まれると眷属も歯が立たない。数頭が倒される。
「大丈夫だ。問題ない」
ロボはすぐに代わりの眷属を召喚する。最大数はある程度決まっているが、聖霊力が尽きるまで召喚し続けられる。穴はすぐに塞がる。眷属たちの統制は崩れない。
「穴を空けるわ。見逃さないでロボ!」
ユリシスは左腕を天に指し上げる。
「グラベーリン! ヴィン・ブラッド・アヴァルト!」
圧縮された大気、研ぎ澄まされた無数の真空の刃が聖騎士たちに襲いかかる。致命傷を与える必要はない。小指の先でさえも傷を負えばかなり戦闘に支障がでる。見えない風の刃はよほど耳の良いものでなければ避けられない。手や腕、足や肩に斬撃が飛ぶ。
それは僅かな隙き。百戦を経た下士官であれば気が付く程度の乱れを、ロボは見逃さない。眷属たちが空いた小さな穴に殺到する。いくら屈強を誇る聖騎士であっても、眷属にまとまって迫られると支えきれない。一人の後退が十人の怯みを呼ぶ。
「ハッシキ!」
ユリシスの右腕が唸りを上げる。左腕を負傷した聖騎士に盾はない。両断された聖騎士は上半身だけを大地に落とす。倒れた拍子に兜が外れる。瞳に光はない。複数の眷属たちに襲いかかられた聖騎士は四肢を分断され、絶命する。
「イザロの炎ティンノウル」
それまで防御に徹していたランサが火炎聖霊術を発動させる。数億の炎の針が聖騎士たちに降り注ぐ。九割九分程度は跳ね返されたが、一分でも届けばそこに亀裂が入る。
ユリシスたちは最精鋭部隊を少しずつ削っていきはじめる。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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