第105話 会敵

 風が吹いている。思い起こせば、どの戦場でも風が吹いていたような気がする。


「ねえ、ランサはそう思わない?」


 問われた内容が分からないランサは怪訝な表情でユリシスを見返す。


「ごめんなさい、何でもないわ」


 ユリシスはランサに送った視線を前方へと返す。そこには両軍合わせて十五万以上の兵士で満ちあふれていた。


 リリーシュタット王国軍と聖サクレル市国軍は通常よりも幾分早い速度で、ナザレット軍を追尾した。こちらの動きは王都ベニスラを出た時点で察知されている。こちらもナザレットの動きは把握済みだ。両軍ともかなりの大軍だ。その動きを隠すのは難しい。連合軍にとっていかに速やかに追いついて撃破するか、それが焦眉の急といってよかった。


「ナザレットが動きを止めて、反転しているだと」


 伝令がジオジオーノにもたらされたのは三日前だ。ナザレットも覚悟を決めたようだ。軍営の中でアリトリオを顧みると、小さくうなずく。


「ハザレ高原の東端に陣を敷くようですね。数はあちらの方が多い」


 レストロアとナザレットの国境の間にある大平原をアリトリオは指差す。逃げ切れなければ後方に食らいつかれる。そうなったら軍は崩壊する。そうなると前に向かって逃げ続けるだけだ。ナザレットの援軍が来る安全圏まではまだかなりの距離がある。戦いに勝ちさえすれば故郷へと帰還できるという一縷の望みがこの陣を敷かせたのだ。


 予定通り三日で両軍は会敵した。


「やはり素晴らしいものだな。飢えているとはいえこの陣容だ。さすがはナザレットだ」


 中軍にあって、指揮を執るジオジオーノには、だが余裕がある。兵の疲れはなく、腹いっぱい食べている。敵は半ば飢餓状態にある。この差は大きい。

 ナザレットの中央が突っかかってきた。戦が始まる。


「精霊術師を厚くしろ。防御結界を張れ」


 伝令を駆使して命令を伝える。軍の末端にまで目を配り、命令を伝え、実行させる。言葉では簡単だが、戦闘が始まると、命令系統は寸断され、末端まで行き渡らなくなる。これをいかに制御できるがが将としての腕になる。

 猛将、驍将、智将、謀将、凡将、愚将、将は様々に呼ばれるが、名将と呼ばれる人物は実はそれほど多くはない。それら名将と呼ばれてきた人物に共通しているのが、軍の進退の巧みさだ。軍を手足の如く使ったか否かが、その差になって現れる。軍は将だけで動くのではなく、実のところ乱戦になればなるほど、十人単位で指揮する下士官たちの実力が物を言う。つまり、その十人を束ねる隊長たちにまで意思を伝えられる統率力を名将たちは持っている。ジオジオーノはそつなく軍を動かしているが、まだ名将と呼ばれるほどではない。

 しかし、国王という立場からいえば、その軍配はまずくない。


 矢とともに相手の聖霊術が前衛に降り注ぐ。それを防御結界でいなす。


「流れは悪くない。騎馬隊、突撃!」


 ジオジオーノは命令を下す。騎馬は弓隊や聖霊術師を力でねじ伏せようとするが、そこを歩兵が突出してくる。騎馬は歩兵たちに囲まれると身動きが取れない。騎馬が引く頃合いを見計らって、こちらから矢と聖霊術をけしかける。戦闘はこの三竦み状態をどう有利に展開させるかで決まってくる。

 息切れを起こせば付け込まれ、動きが鈍り、情報統制が効かなくなる。そこをさらに押し込まれると、傷口が広がっていく。それを上手く埋めていくのも将の手腕だ。


 敵は鋒矢の陣形を取りつつある。中央突破からの早期決着を狙っているのは明らかだ。これは戦前からの予想に合致する。軍自体の体力がこちらと相対して低いのだ。逃げてきたという意識もあるため士気もそれほど高くはない。時間を掛ければ有利になる。相手の突進を受けるものの、しっかりと押さえている。


「右翼と左翼を突出させよ。中央は持ちこたえるのだ」


 まだ戦闘は始まったばかり、こちらはやや数が少ないとはいえ余裕がある。前衛を入れ替えつつ、ある程度防御を意識する。

 左右の陣がゆっくりと前進を始める。矢頃に入れば両側面からの攻撃が可能になり、かなり有利になる。つまり包囲できる。

 ここまでは順当だ。軍に大きな綻びもなく、命令系統も生きている。

 しかし、相手も弱兵ではない。錐のように尖り、軍勢が突出してくる。ジオジオーノはもちろん初陣ではない、軍を率いてきた経験はそれなりに踏んでいる。懸念があるとすれば、リリーシュタットの軍を率いている一点にある。今のところ充分に機能している。


 この戦場にあって、ユリシスは沈着な自分に驚いている。だが、冷めているのではない。目の前は凛々しい騎士たちをはじめ、数多の兵士たちが武器を手に戦っている。敵味方関係なく、その立ち居振る舞いが美しくさえある。

 命を削り合い、燃えている。その熱さえ伝わってきそうだ。


「ランサ、ロボ、ハッシキ、行こう」


 ユリシスはジオジオーノに目配せをすると、少しうつむく。ロボが静かに動き出す。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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