第92話 眷属
前方一帯を見渡せる丘陵に三つの影がある。ロボにまたがったユリシスと、騎馬のランサ、そしてラクシンだ。丘陵の影には、聖サクレル市国の兵千人とターバルグの兵二千人が静かに佇み、命令を待っている。
「姫様、降りてくれ。ランサは今回は休みだ。出番はない。警護を頼んだぞ」
ユリシスはその言葉を聞くと、ロボから降り、ランサの元へと歩み寄る。ランサが手を差し出すと、馬に横座りに乗り上がる。
「ちぇ、今回もボクは出番なしなのか。次はボクも活躍するからね。わかったねユリシス」
舌打ちをしながらハッシキがぼやくがロボは意に介さない。ユリシスは優しく微笑むだけだ。
ナザレットの補給部隊が通る道には三つの候補があった。一番北からあたっていき、その最後の道が眼下に通っている。
「間もなく、敵補給部隊が見えてくるはずです。すでに捕捉してあります」
ラクシンが東を指差す。通常の輸送状態だ。補給部隊の警戒は低いという報告をラクシンは受けている。涼風が丘を吹き渡り、草いきれを払っていく。頬にかかる髪を指でユリシスは押さえる。
「見えてきたわね」
起伏のある丘陵に隊列の影が手を掛ける。今回の街道は前回よりも広い。つまり敵部隊は前後左右に展開している。護衛の数は五百人ほどと聞いている。
ユリシスが左腕を掲げ、振り下ろし指差す。
「ロボ!」
放たれた矢のような、いやそれ以上の速度で銀姿が丘を駆け下りる。ラクシンが後ろを振り向き指示を出すと、三人が立つ丘陵の両側から兵が繰り出す。
走りながらロボが咆哮を上げると、空間が歪み始める。その歪みはやがて裂け目になり、そこから次々とロボと同じようなフェンリルが姿を現す。ロボが聖獣の国で擬態ともに修得した眷属の召喚だ。毛色はロボよりはやや灰色掛かっており、体躯は二回りほど小さいが、それでも巨大だ。四肢は強靭に大地を蹴り、口元には鋭利な牙が覗く。その数は五百体ほど。護衛部隊員一人に対して一体は過剰な戦力だ。ロボを先頭に正面からぶつかり、そして左右に分かれる。
大風を受けた落ち葉のように、敵部隊はひと当たりで吹き飛んだといっていい。
蹂躙という言葉では生ぬるい戦闘が展開していた。ユリシスも遠目ではっきりと分かる。
咆哮ひとつで鎧は裂け、その爪ひとかきで胴と頭が切り離される。
その中にあってもロボの存在は他を圧倒している。前方の守備部隊にひと当たりした次の瞬間には、大きく跳躍し、兵士たちを歯牙に掛けながら、後方へと移動を終えている。巨体にも関わらす、ロボの動きは素早い。
恐怖は人間の感情の中で最優先に人を支配する。敵兵は何が起こっているのかすら分からない。いやそれ以前に身体が動かない。気が付いたら目の前に野獣がいる。しかもその瞳に宿るのは明らかな敵意。ロボにとって身動きすら取れない敵兵など、骸になる前の一状態でしかない。
「痛みすら感じる前に、あの世へと赴けばいい。それが俺がしてやれる一番の好意だ」
ただ瞳を見開いてるだけ、その間に、敵兵たちはその場に倒れていく。ロボの全身が凶器そのものだ。召喚されたロボの眷属たちももちろん一切の妥協はない。血で牙を濡らし、爪を染める。敵兵は槍を構える暇すら与えられずに全滅した。輸送馬車を引く馬のいななきだけが丘陵に響き渡る。作戦はごく短時間で完遂された。
「これは、あまりにも……」
ラクシンは絶句する。先日、どれぐらいユリシスたちの情報を持っているかと問われた。その時は答えられなかったが、ラクシンの諜報力をユリシスたちが掻い潜っていた期間が存在する。ユリシスたちを見失ったのだ。その間にユリシスたちは劇的な変化を遂げていたようだ。ラクシンの見積もりに誤りがある事実を認めなければならない。しかも、ユリシスたちは戦場を踏んでいる。千の講義、百の訓練よりも一度の戦場が人をを磨くものだ。ユリシスたちは今回の作戦において成長をし続けている。
戦闘は終了し、ターバルグの兵士たちが輸送馬車の収奪を進めていく。眷属たちは空間の歪みの中に帰り、ロボだけが戻ってくる。その表情は満足そうだ。笑みをたたえているように見える。
「今回は小手調べだ。最大で二千体は召喚できる。これからの戦い、あてにしてくれていい」
ユリシスは馬から降りると、ロボの首に抱きつく。この瞬間がロボにとって何よりも嬉しい。一度、守護聖獣としての誇りを失いかけたロボにとっては、汚名を晴らしたいという気分が濃厚にある。ユリシスやランサはもちろん思ってもいないが、ロボはまだ今の自分に満足していない。
「戦いはまだまだ続くわ、ロボ。貴方をあてにしないなんて決してない。それだけは覚えていて」
ユリシスの言葉を聞いて、ロボはその鼻先をユリシスの額へと当てる。ユリシスは振り向くと馬上のランサもうなずいている。
ターバルグの兵士の一人が、ユリシスたちが佇む丘の上へと駆け足でやってくる。どうやら、敵兵すべての死亡を確認したようだ。ラクシンはその兵に指示を与えた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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