第91話 命脈
食事は豪華ではないものの、とても丁寧なものだった。どれも手が込んている。特にスープや煮物類は何日も時間を掛けて作られているようだ。
昨日は遅くに帰還したため、ターバルグ国王とは会っていない。今日は面談が予定されていると、ラクシンが伝えてきている。作戦行動中でもあるので、聖女を大々的に迎えるという訳にはいかず、内々での謁見となる。
「はじめまして聖女様。国王を務めておりますダ・ダンテ・ターバルグです」
謁見の間ではなく、応接室での面談となった。
ターバルグの街は、余計な装飾が少なく、とても地味に見えたが、それは機能をより重視しているからだとラクシンから説明があった。なるほど、この応接室に置かれているテーブルやソファも上質ではあるが、装飾は一切ない。この部屋も飾り気がなく、窓や扉にも余計なもの少なく、機能美が追求されている。それがこの国の気質でもある。ダ・ダンテの服装も、白の絹シャツにアスコットタイ、黒のスラックスに同色の革靴というシンプルだがとても清潔感のある恰好をしている。歳は三十五ぐらいだろうか。ユリシスは好感を持った。
「お初にお目にかかります、聖女ユリシス様」
謁見ではなく対面である、ダ・ダンテは膝を突き、臣従の礼を取る。ユリシスは手を差し伸べて、立ち上がるように促す。
「臣従はこの戦いが終わってからで結構ですよ、ターバルグ国王。しばらく先になりそうですけれども」
形としてはリリーシュタットの東半分が切り取られそうな勢いではあるが、ダ・ダンテはラクシンからしっかりと説明を受けているのだろう、狼狽えもしない。ユリシスも負けたらターバルグはどうするのか、とも問わない。腹の探り合いもする気がない。
「昨日は大変なご活躍と伺っております」
ダ・ダンテはユリシスに着席を促す。これも飾り気の無い白磁のティーカップに紅茶が注がれる。その紅茶と同じ色の髪とやや濃いめの茶色の瞳がユリシスをじっと見つめている。
ラクシンが、座ったダ・ダンテの後ろに立って戦況を説明する。昨日の戦闘の内容と奪った補給物資の量などを伝える様子を聞いているダ・ダンテは、顎に手をあてて聞いている。手の形がとても上品だ。
「近いうちに、レストロアから、補給物資が届いていない旨の連絡が皇都バレルに出されます。その使者もこちらで押さえます」
だが、折り返しの補給部隊がバレルに戻らない時点で補給部隊が何らかのトラブルに巻き込まれた情報は伝わってしまう。
「まあ、あと三回ほどは問題なく襲撃できるとみていいでしょう。レストロアとバレルは距離が離れすぎていますし、レストロアの目は西を向いていますから」
形としては挟撃にはなるが、ナザレットの押さえている地域は東西に分厚い。しかもユリシスに与えられた使命は蚕食ではなく補給部隊の殲滅だ。領地を得るための戦いは最終局面になる。
「昨日は次の動きはあと二週間ほど後と申し上げましたが、少し早くなりそうです。西での動きに対応しているようです」
ラクシンの説明は淀みなく続く。ターバルグの諜報体制は万全のようだ。
「とても素晴らしい情報網ですね」
ユリシスは感嘆する他ない。
「木に水が必要なように、中立国家には情報が大切なのですよ。上手く使えば毒にも薬にもなりますからね」
淡々とした口調にダ・ダンテは自信をにじませる。中立国家においては兵に人数を割くよりも、諜報により人員をあてる。そうやって命脈をつないできたのだ。
「すべての街や集落に諜報員を住まわせています。どこからも定期的に情報が入ってくる。それを分析すれば見えてくるのです」
ラクシンの説明によると、そうやって住民の中に溶け込んでいる者、情報を伝達する者、実際に諜報の現場に携わる者など、偵諜には幾つかの分類があるという。それらを統括し駆使するのがラクシンの役割だ。ギルド長を兼任しているのもその一環だと言う。
「あなたの元には聖サクレル市国や私のどんな情報が入っているのかしら? とても興味があるわね」
口に手をあててユリシスは微笑む。
「いろいろ、とだけ申し上げておきましょう。ただ……」
ラクシンの言葉をダ・ダンテが引き継ぐようにユリシスに語り掛ける。
「この情報網も諜報機関もすべて貴方様のものになるのです。どのようにでもお使いいただきたい」
ダ・ダンテは立ち上がると手を胸に当てて、身体を折る。ちょうどそのタイミングで扉をノックする音が部屋に響く。ラクシンが応じると中に入ってきた部下がラクシンに耳打ちする。
「どうやら次の動きが決まったようです。怠りなく準備を進めさせていただきます」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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