第88話 公算
千の精鋭が補給部隊を捕食する。御者は馬丁には抗う術はない。先程のユリシスの指示は簡単明瞭なものだった。
「補給馬車を攻撃せよ。一人も生かして残すな」
連なった馬車群の横合いから一斉に攻撃は行われた。抵抗は一時的だった。本来、護衛すべき兵たちはこの時点ですでにいない。
ラクシンが率いてきたターバルグの兵二千は、ただの観客でしかなかった。しかも寸劇だ。
「四方八方、いや十六方に偵騎を出せ。目撃者がいれば気の毒だが始末するように」
事前に偵察は放っている。付近には人っ子一人いない。当然だ、補給部隊は秘密裡に作製行動を取っている。人が多い所を通るはずはない。だが、作戦成功の後だ、齟齬は避けたい。ラクシンが兵に命令を下す。
「残った者は死体の処理と荒れた街道の片付けをする班に分かれろ。確保した馬車はターバルグまで引いていく急ぎ作業を行え。休憩は最低限しか取れない。馬に餌を」
ラクシンはユリシスに馬を寄せる。まだひざまずき祈りを捧げている。それがせめてもの償いであるかのように。
「迂路を通ってターバルグに帰還します」
声が聞こえた方向にユリシスはようやく顔を向ける。
補給部隊の襲撃はいずれナザレットに知られるだろうが、そのタイミングは遅ければ遅いほどいい。できれば盗賊にでも襲われたと誤解してくれるのが理想だ。
街道を清掃し、死体を処理する。襲われたのがここではないと思わせるための工作だが、入念に調べられるとすぐに判明するだろう。もちろん死骸を葬るのは、敬意の念からでもある。立場が変われば、葬られるのはこちらだったのかもしれないのだから。
作業を終えた兵士たちが分かれて補給馬車に乗り込んでいく。もちろん半数以上の兵が護衛につく。聖サクレル市国の兵もそれに加わる。奪った補給物資を盗賊などに奪われれるなど目も当てられない。
作戦の要諦は速度と緻密さ。それがアリトリオの戦略を支える肝になる。
「一両でも多く馬車を奪えば、それだけ相手の首を締める綱が太くなると思ってもらいたい」
アリトリオからの指示だ。そのためにラクシンは持てる全力を尽くして情報を集めている。自信は当然ある。
ラクシンは地図を広げて現在地を確認する。中立国家群地域のすべての道が記された詳細な地図だ。
「獣道を兵士に担がせて荷を運ぶにはまだ早いようです。どの程度で相手が気が付くか。それが要点になります。どんな状況であっても対応致します」
改めてラクシンはユリシスの小さな背中に告げる。
「ターバルグ、そしてこのラクシン・ケータリムはその持てる全てを聖女様に捧げます」
立ち上がるユリシスと入れ替わるように、ラクシンは膝をつく。まるで許しを乞うかのように。
ユリシスはフードを取る。髪は動きやすいように無造作に束ねられている。ただし、少女心からだろうか、ランサが勧めてくれた真っ赤なリボンで結ばれている。金色の髪によく映えている。
「私はまだ至らない聖女でしかないのです。少しずつですが前に進んでいきます。貴方も着いてきてください。道を踏み違えるのであれば声を掛けてください。それが私を強くするのです」
ユリシスは再びひざまずきラクシンの手を取る。
気が付くと後ろにランサが立っていた。
「姫様の行かれる道は光に満ち溢れているでしょう。私もずっとお供いたします」
リリーシュタットの貴族たちの反乱にはミラ家も名を連ねている。本来であれば、よくて解任、悪くすれば、父と娘ともども幽閉あるいは処刑されていてもおかしくはなかった。保身などしようもないほどの明白な反逆を目の当たりにしながら、ユリシスは果断を行った。
ランサには元々から恩に報いたいという思いは薄い。補佐官として聖女と行動を共にするると使命そして、ユリシスへの敬愛がそもそもある。
「あなたの進むべき道が間違っていなければ、すなわち私も誤らずに歩いていけるでしょう。私にはランサ、貴方が必要なのですよ」
語り聞かせるようにユリシスはゆっくりと口を開き、ランサに向き合う。王宮で暮らしていたあの頃と比べるべくもなく、ユリシスの歩む道は平坦ではなくなっている。それはすなわちランサの歩む道もまた山や谷であるのだ。
順を追って補給馬車が動き出す。万を養うに足る物資だ。レストロアに物資が届かなければ当然、皇都バレルへの問い合わせの兵が走るはずだ。ラクシンの両目はすでに次の動きを見据えている。
「ラクシン、次はどれぐらいなのかしら?」
ラクシンの見積もりよりも今回の物資の量は多かった。となれば、しばらく間があくだろう。ここからレストロアまでの道のりを補給部隊が進む時間を計算に入れると二週間ほどは時間を稼げる。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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