第86話 補給

「今の位置はどのあたりなのかしら?」


 ユリシスは千人の精鋭を率いて行軍中だ。兵士は全て聖騎士なみの精強さを誇るが、装備は至って軽装だ。すべて革鎧で統一されている。甲冑を着用すれば強度は上がるが機動力は削がれる。今回の策戦はスピードが肝要なのだ。


「レストロアのちょうど真南あたりでしょうか?」


 答えたのは中立国家ターバルグの諜報を司るラクシン・ケータリムだ。アリトリオの指示に従って途中で合流し、同行しているのだ。反乱を起こしている貴族領を縫うような隠密行動を行っている。コースもラクシンの指示によるものだ。情報はすべてラクシンに委ねている。全員が騎馬なので移動も素早い。もちろんユリシスとランサはロボにまたがっている。いや正確にはまたがっているだけだと言っていい。軍の指揮は千人隊長に任せてある。統率力と強さを兼ね備えた、聖サクレル市国、選りすぐりの勇士だ。


「ここから北東に進むと比較的小さな街道が走っています。この付近の住民しか知らないような道です。そこを敵の補給部隊が通過すると手の者から情報が入っています」


 レストロアとナザレットの皇都バレルとは至近ではない。レストロアは中立国群の西端に位置している。そこまで食糧はじめ様々な物資を輸送しているのだ。街道は幾つも枝分かれしているが、その中のどの道を選んで行軍しているのかも、ラクシンは正確に把握している。情報は命綱なのだ。


 中立国群は物資の拠出を求められてはいない。もちろん兵の駐屯もない。外交的な努力でそれをのらりくらりと排除している状態だ。ナザレットにしてみれば、リリーシュタットさえ落としてしまえば、中立国群などどうにでもなるという判断なのだろう。これを傲慢とは言えない、大国の度量というものだ。

 中立国群にしてみても、現状は良く理解している。リリーシュタットが落ちないまでも、その東半分を失った段階であっても、ナザレットからの強圧がかかってくるのは火を見るより明らかなのだ。

 それでは連合を組んでナザレットと対抗するという手立てがないではないが、それも虚しい選択だ。もともとまとまれるものであるのならば、連合王国なりの形を取っているべきなのだから。


 ラクシンは頭を大きく二回三回と振って疑念をかき消していく。過去の経緯はそれとして頭の片隅にでも置いておくしかない。今は、目の前に集中すべきなのだ。


 狙いは補給物資の強奪と、敵兵の殲滅だ。ただラクシンには殲滅は無理なのではという懸念がある。兵の数が少なすぎるのだ。いくら補給部隊とはいえ五百程度兵がついているとの情報を得ている。そのため、ターバルグからも兵を出す。その数は約二千。これであれば包囲殲滅は可能だ。

 以前、ラクシンはユリシスたちに対して、千人の兵に匹敵するだけの力があると語ったが、それは正面と正面でぶつかって千人と互角という意味であって、殲滅とは違う。殲滅には包囲が必要なのだ。それが出来なければ完勝は期し難い。

 アリトリオからの指示は文字通りの殲滅、一人も生かしておくなという厳命なのだ。


「ラクシンさん、貴方の部隊は補給物資の強奪に専念してもらって結構です。殲滅は私たちで行いますから」


 過度な自信ではない。余裕でもない。ただ淡々と当たり前のようにユリシスはラクシンに向かって言う。


「聖女様、私に敬称も丁寧な言葉遣いも不要です。ラクシンとお呼びいただければ嬉しく思います」


 もしターバルグが本当に臣従できれば、ラクシンは部下の部下になる。ラクシンがユリシスと接した期間は短いが、できれば直属を望みたい気持ちが膨らんでいる。

 しかし、それはかなわない夢に近いだろう。


「あら、そうなのね。私あなたには借りがあって、まだ返せていないからって思ってたんだけれども、それじゃあ遠慮なく話をさせてもらうわね」


 法衣は身にまとわず、巡礼者の装束にマントを羽織っている。そのマントからはまとまりの悪い、でも蜂蜜を溶いたような鮮やかな金髪が見て取れる。吸い込まれそうな青い瞳は真っ直ぐに前を見つめている。

 ユリシスは千人隊長を呼ぶと一言二言耳元で伝える。隊長は一瞬目を大きく見開くが、了解したのか小さく頷いて下がっていく。

 次にユリシスはランサの方を振り向く。


「ねえランサは前と後ろどっちがいいかしら? 任せるわ」


 補給部隊の隊列は長く、前後に護衛がついているという。本来であれば左右にも部隊が展開しているはずだが、部隊はいない。道幅が狭すぎるため横には展開しずらいのだ。しかも、敵襲があるなど想定している様子もないという。


「私は前を、姫様とロボは後ろをお願いします。ロボ、姫様をしっかり頼んだわよ」


 ランサはロボから飛び降りると、副馬にまたがって、隣に乗り立つ。


「ランサは馬に乗るのも上手なのね。私にはロボにまたがっているだけで精一杯だわ」


 ランサの騎乗姿はとても様になっている。恰好こそマントを羽織った粗末なものだが、まるで聖騎士をみているようだ。凛としている。


「姫様はご存知でしょう? 私はお転婆だったのですよ」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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