第67話 旗幟
気がつくと複数の男たちに取り囲まれていた。ターバルグの城門をくぐるとすぐに近づかれ、警護されたといった方が実は正しかった。
「聖女様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
フードで顔を隠してはいたが、体格までは誤魔化せない。少女二人の巡礼者など見つけるのは簡単だ。身体をかがませ、耳元で囁いてくるからには身長もかなり高い。他の男たちも、囁いてきた男と同等の優れた体格をしている。
それでいて目立つ訳でもなく自然とユリシスとランサを導いていく。かなりの訓練を積んだ者たちと言っていい。
彼らに案内されたのは城門からほど遠からぬ街区にある目立たない建物だった。中に入るとカウンターがあり、受付だろうか女性が数人立っている。そのよこには大きな掲示板があり、何枚もの紙がピンで留められている。
「どうやらギルドのようです、姫様」
ランサが警戒しながら、ユリスに囁く。
「こちらへどうぞ」
複数人いた男たちは何処かへ去り、最初に声を掛けてきた男が二人を案内する。その先には階段があった。男はそこを登っていく。ユリシスとランサもやや距離を置きながらも、後に続く。
「警戒なさらなくても大丈夫でございますよ」
振り向かずに男は言う。ユリシスとランサは少し気を緩める。気を張ろうにも、二人は剣術などに自信がないどころか、持っている刃物は調理用で、しかもリュックサックの中だ。つまり、丸腰だ。
「レストロア卿からお話は伺っているかと思うのですが」
当然、ユリシスもランサも察している。警戒を完全に緩めないのはここがギルドだからだ。普通、聖女や公爵令嬢が来るべき場所ではない。ごろつきどもの巣窟、そう二人は教えられている。
二階の一番奥の扉の前で男は立ち止まり、ノックする。中から女性の声が返ってきた。
「どうぞ、中へ」
ここへ連れてくるまでがこの男の役目だったようだ。中に入ると、一人の女性が応接ソファから立ち上がるところだった。
背はユリシスより頭一つ高い。歳は三十は行っていないだろう。肩まで伸びた赤髪は軽くなびき、薄茶色の瞳はとても落ち着いて見える。落ち着いた格好をしているが、女性からみてもとても魅力のある身体つきをしている。もしかしたらもう少し若いのかもしれない。
「はじめまして聖女様、私はこのギルドの頭領を務めておりますラクシン・ケータリムと申します。以後お見知りおきを」
ユリシスの状況を知っているのだろう、ラクシンは、左手を差し出して握手を求めてくる。差し出したユリシスの中指にチラリと視線を落とす。
「私は聖女ユリシス・リリーシュタットです」
ユリシスにもはっきりと分かる、この人物は只者ではないと。気配が違う。普通の生活を送ってきたのであれば決して身にまとうはずのない雰囲気がある。
「私は聖女補佐官のランサ・ミラ、そしてこの子が聖女付き聖獣のロボです」
ランサがロボをソファの上に下ろすのを見ながらも、ユリシスはラクシンというこの女性の強い視線を感じている。
「さすがに聖女様、私の気持ちを察していらっしゃる。しかし、警戒はご無用にお願い致します。私はあなたの味方ですよ。レストロア卿からおおよそは伺っております。お力添えできるはずですよ」
アリトリオが打った布石だ。心配には及ばないが、ユリシスは緊張を解かない。いや正確には解けないのだ。
「緊張をしないでください、と言っても無理なのかもしれませんね。それでしたら率直に申し上げます。私はもう一つ肩書を持っております。それはターバルグ公国主席諜報官、そしてターバルグ公国は聖サクレル市国に臣従したいと考えております」
突然の申し出にユリシスは戸惑うしかない。
「臣従? それは危険なのではありませんか?」
ランサが逆に質問を返す。当然だ。やや北寄りではあるものの、このターバルグ王国は、武力占拠され実効支配されているレストロアとナザレットの皇都バレルの間にあるのだ。
相手がその気になれば、二つの街から兵が押し寄せてくる。この街は簡単に飲み込まれてしまうだろう。
「遅かれ早かれ、ナザレットはレストロアまでの街すべてを手中に納めるために動くでしょう。そうなる前にあえて旗幟を鮮明にした方が良いという判断なのです」
思い切った判断だが、もちろん無条件ではあり得ない。
「随分とお互いにとって都合のいい話のように聞こえますが、何か条件でもあるのでしょうか?」
ラクシンは細く長い指をもてあそぶように唇に添える。
「もちろんです。それは、レストロアの奪回あるいは消滅です、聖女様」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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