第66話 善悪

 昼間は人目を避けて休息するか、森の中を走る。ロボのスタミナは無尽蔵かと思えるほどだ。夜目が効くので夜でも走れる。ユリシスとランサ、どちらか眠くなれば走るのを止めて野営する。街が見えれば街に入り、宿を取る。


「ちょっと不規則だけれども、ターバルグまではこんな感じになっちゃうわね」


 アリトリオが指定した街のターバルグに何が待っているかはあえて聞いていない。行程としては半分といったところか。宿部屋の机に地図を広げてランサと向き合ってユリシスは座っている。リリーシュタットは東西に長い。ロボの足でも、人目を忍びながらでは時間も掛かる。


「どうしますか? 街道を歩く手もありますし、馬車を仕立てても構わないかもしれません」


 ランサの言葉は一考にすべきかもしれない。夜走り、昼に眠る。宿に入るのも午前中になる。旅人としては不自然ではある。


「いっそ、昼夜逆転させてもいいかもしれないわね。完全に夜中に走って、昼間に寝る。寝るのは森の中で、街では食べ物とかを調達するだけ」


 しかし、それもきっちりやるとなると何とも言えない。それにベッドで眠るのと野営では体力の回復がやはり違う。着いてしまえばそれで終わりであるのであればそれでもいいのだが、着いてからが本番なのだ。


「でも姫様の案もいいかもしれませんね。森の中の方が安全ですから」


 ユリシス一行は、聖地巡礼の帰り道を装っているのだが、いかにも二人ともが若すぎる。しかもどちらも少女だ。巡礼者を狙った強盗や人攫いに狙われやすいのだ。当然だ、聖地に行くための往復の路銀を持っているのだから。リリーシュタットは治安はそれほど悪くはないが、王都の一時的機能停止で、治安はやや悪化気味だ。これは宿屋の主人から聞いた話だ。


「宿屋自体が、強盗団や人攫い集団のアジトになっているとも聞きました」


 古くからやっている信用のおける宿屋の方がより安全という当たり前の話しだ。新しい宿屋はひと仕事終えると、店を畳んで逃亡するからだ。


「人をすべて善人にするのは難しいかもしれないけれど、人は最初から盗賊や人攫いとして生まれてくるんじゃないのよね。聖女として力を尽くしたいところね」


 ユリシスは善悪など関係ない世界で生きてきた。いや王宮というところは権謀術数が渦巻くところだ。あえて言うならば目隠しされて生かされてきた、がより正解なのかもしれない。善の反対が悪と漠然と考えていたがどうやら違うようだ。善人であっても罪を犯す、犯した途端に、その善人が悪人に生まれ変わる訳ではないだろう。その逆もしかりだ。


「うーん、難しい。善悪の答えなんて出ないわね」


 今回、ユリスは暗殺されそうになった。かろうじて命をとりとめたのだが、危うく死ぬところだったのだ。ユリスの側からみればその行為は悪としか言いようがないが、相手には相手の正義がある。悪事を働くつもりで暗殺者を送ったわけでないだろう。それではただの悪戯だ。悪戯で命を奪うなど、それこそ悪魔の所業とでも言っていいのだ。暗殺者を送った黒幕にでも話を聞かなければ分かりようがない。


「ねえ、ランサ、あなたにとって私は善人、それとも悪人?」


 ランサは変な質問にとまどっている。なかなか答えられるような質問ではないのだろ。しばらく考えて口を開いた。


「善人とか悪人という区別とは違う所にいるお方、でしょうか? 答えになっていないかもしれませんが、あえていうならば悪人ではない、でしょうか?」


 ユリシスはランサの答えに声に上げて笑った。


「私は小さい頃から大人しかったし、外にも出なかった。悪戯だってしなかった、いい子だって言われて育ったわ。それで悪人ではないのなら、悪戯好きのお転婆さんだったランサは大悪人ね」


 膨らませたランサの頬を中指ではなく小指でユリシスは突く。足元にはいつものようにロボがじゃれ付いている。抱き上げて膝の上に乗せると、その小さな前足でユリシスの服を掘り始める。


「ねえ、ロボ、それもどうにもならないの?」


 笑いながらユリシスはロボを再び抱き上げる。人の耳が立つようなところでは、なるべく喋らないようにロボはしている。この宿屋は当然ながら王宮ほど作りが良くない。いまはただの子狼だ。

 子狼になるとどうしても動物的な習性が出てしまうらしく、それがこの擬態の一番の弱点なのだという。


「あなたの存在って私たちにはとても大きいのよ。いざとなってじゃれつかれてもどうにもならないわね。頼りにしているんだから」


 抱き上げたロボは尻尾を左右に振っている。どうやら心配するなと言いたいらしい。床に下ろすと、今度はランサの足元で寝転がって遊んでいる。


「私は、ロボの擬態、大好きですよ。とっても可愛いですから。こんな可愛い生き物って他にいないと思いませんか? 姫様」


 ランサはロボを両手に包むと、そっと抱き上げて膝に乗せた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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