第63話 自立
実際のところ、軍を動かすのは現実的ではなく、隠密裡に腕を奪回してくるしか方策はない。誰を動かすのかという問題なのだ。
今、聖サクレル市国では諜報機関が未成熟で、正式な外交ルートでしか情報が入ってこない。リリーシュタット王国には機関が存在するが、こちらからの情報があって初めて頭を下げて頼めるといったところだ。新都の造営と新体制の強化を最優先で進めている中では、頼みづらいのだ。諜報機関が機能しているのかどうかすら現状では怪しいと言わざるを得ない。
「じゃあ、この国で誰が動けるか、実を言うと消去法で姫様を含めた私たちしか、適任はいないのです、お父様、いや失礼致しました、ミラ卿。当然、失敗は許されません。ギルドにも依頼できるような案件ではありません」
ランサが言うように、確かにギルドは存在するが、はっきり言って質は良くない。地方で家を継げなかった農家の次男坊などは、まだましな方で、食い詰めたごろつきや盗賊崩れなど、まともな人材に乏しい。清掃や農作業の手伝い、店番など簡単な仕事を引き受けて、その日暮らしを送っている者が大半だ。
もちろん、有能な人物はいるのだろうが、そもそも市国にはまだギルドがない。
リリーシュタットにはギルドは存在している。
「二日お時間を頂戴できませんでしょうか? それとなく当たりを付けてみましょう。諜報能力に優れ、潜入し脱出できる者がいるかもしれません」
アリトリオのたっての願いだ。彼は恐らく独自の情報網を持っている。断る理由はない。
しかし、ユリシスは悲観している。ランサの言う通り、恐らく、これ以上のメンバーは存在しないだろう。
「了解しました。貴方の調査を待ちましょう。適任者がいないと分かれば、すぐに出発します」
目立たないように自室に戻る。ハッシキが話し掛けてくる。
「ねぇ、二日、待たなくてもいいんじゃないかな? ランサもロボもいるし、ユリシスだって強くなってると思うよ」
確かにノゲルタントでの怨霊騒ぎでは、簡単ではなかったが屋根の上でも走れた。以前であれば絶対に無理だったはずだ。ランサ、ロボ、ハッシキという頼りになる仲間もいる。
「アリトリオがあそこまで言うんだから、何か手を打ってくれるはず。貴方たちと一緒で、私を支えようとしてくれているの。頼れるんだったら、頼りましょう。だって私には力が足らないのだから……」
レビッタントとアリトリオに、あそこまで言った気持ちに間違いはない。でもそれと同じぐらいの不安だってユリシスにはある。正直なところ、不安の方が大きい。
「死ぬのだって戦闘だって恐ろしいわ。でも嘘を付くのはもっといやだったのよ。それに誰かにお願いして、待つためだけに、聖獣の国に行ったのでもない」
見透かすように、ハッシキがユリシスの気持ちを後押しする。
「そうだね。ユリシスは華奢でひ弱で、世間知らずだけど、聖女なんだよ。聖女は万能ではないけれども、ユリシスは無力でもないんだ。それだけは知っていて欲しいな」
ベッドに寝転がると、癖になってしまったのか左手をかざして見つめる。
「私の運命はこの聖刻神器とともにあるのよね。私、翻弄されているのかしら? ちゃんとこの聖なる心臓を使いこなせるのかしら?」
ユリシスは首を振る。一人になるといつも不安になるのも悪い癖だ。小さい頃からいつもそうだったのだ。
扉を叩く音でユリシスはベッドから起き上がる。声を掛けると予想通りランサが入ってきた。
「姫様、お召し替えを」
市国に戻ってからはランサが身の回りの世話をしてくれている。なるべく人目に付きたくないというユリシスの思いを汲んでくれているのだ。片腕しかなくても、着替えぐらいは自分でも出来ると言っても、ランサは手伝ってくれる。
「甘えてばかりなのね、私はいつも」
すいません、と言いながらランサが背中に回り、部屋着のボタンをひとつずつ止めていってくれる。どうやら独り言を聞かれてしまったようだ。ランサは服を着せ替えてくれると、ユリシスをベッドに座らせて、その前で両膝をつく。
「そうでしょうか、姫様? 最初の逃亡は仕方がないとして、ずっと姫様はご自分で決めてこられたではないですか。ご自分で立ってらっしゃるではないですか。私は充分に姫様は強い人だと思っておりますよ」
ユリシスは聖女になるまではまるでお人形のような暮らしぶりだった。生活にも困らなかったし、何でも回りがしてくれた。何も考えなくてよかった。
「ランサ、私まだまだ弱かった。聖女という宿命だからっていうのに飲まれてしまうところだったのかもしれない」
受け入れるとか受け入れないという問題ではない、答えは分からないけれど、人間は自分で立って行かなければ誰も連れて行ってはくれないのだ。どう生きるではない。ユリシスという人はここにいるのだ。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews
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