第64話 先手

「申し訳ございません」


 今、ユリシスは自室にいる。ベッドに腰掛けるその前で片膝を付いた。アリトリオが頭を下げている。


「聖女様の腕を奪回できるほどの適任者は見つかりませんでした。ですが一つ手を打っておきました。お聞き届けいただけますでしょうか?」


 アリトリオは独自のルートを使ったようだ。


「ありがとうございます、アリトリオ。いろいろと支えてくれて助かります」


 下げた頭を更に下げようとする彼を制止して、話しを聞く。アリトリオを咎める気などユリシスには全くない。


 こちらへよろしいでしょうか、というアリトリオに従い、執務席に座る。ユリシスはリリーシュタットの旧王宮を間借りしているため、自室を執務室にも使っている。かつては王女だったユリシスの部屋だ。広さは充分にある。その机の上にアリトリオは地図を広げる。リリーシュタットとその周辺国が記載されている。


「ここが先日ナザレットに占拠されたレストロアです。現在も軍隊が駐屯していて、街としては機能していません」


 少しだけアリトリオの表情が歪む。つい先ごろまでは自分が治めていた領地、生まれ育った地でもある。今の所、取り戻せる目処はたっていない。


「このレストロアを避けて、北東へと回ってください。ここにターバルグという中立公国がございます。ここにお入りくださいますよう。手は打っております」


 そこで何があるのか、ユリシスはあえて聞かなかった。アリトリオは策謀家ではないが、辣腕家だ。ユリシスは彼を信頼している。それにここで詳細を聞くのはまずい。すべて現地にいけば分かるのだから。


「分かりました、それでは明日、発ちましょう。人目を避けた時間には出ています。見送りは無用です。無理を掛けますが病気の件、くれぐれもお願いしますね。ランサ、ロボ、ハッシキ、聞いての通りです。準備に漏れのないように」


 リリーシュタット領内とナザレットまでにある幾つかの中立国は安全圏だ。その範囲であれば寝泊まりはできる。


「ひとつ貴方とレビッタントにしかお願いできない案件があります。聞いてください」


 それは後任聖女についてだ。


「聖女の寿命が近づくと、次の聖女になる少女の身体に種が出来るのです。やがてその種は芽吹き、花を咲かせます。聖地周辺、そしてリリーシュタット王国内からまず調べてください」


 ユリシスの腰にはヤマユリの花の文様が咲いている。


「もし私が死ぬ運命であるのならば、種を持つ少女がいるはずです。聖女の資格に貴賤はありません。成長を教会でしっかりと見守ってあげないといけないのです。難しいかもしれないけれども、お願いしますね。もちろん極秘ですので」


 ユリシスが死んだら、すぐに次の聖女を戴冠させなければならない。アリトリオは言葉を詰まらせる。ユリシスが死に、種を持った少女を見つけられなければ、聖女は途絶えてしまうのだ。ユリシスの死を前提にした職務は辛い。だが、それが聖女の願いであれば、臣下としてはまっとうしなければならない。


「荷物は必要最小限でいいわ。ナザレット国境の街までは、必要なものは購入してもいいから、路銀を少し多めに持って行きましょう。何がどれぐらいの値段なのかは分からないわ。ランサお願いできるかしら?」


 ユリシスは生まれてこのかた路銀など必要ではなかった。そもそも旅をした経験がなかったのだ。聖女となって初めて外の世界を知った。それは実をいうと公爵令嬢であったランサにとっても同じだ。ユリシスにとって、世界は広く眩しく、そして厳しいところなのだと肌で感じた。ランサはどう感じているのだろうか? 時間があれば聞いてみたい。外への好奇心はユリシスよりもランサの方が強い。


 これから赴くのはある種の戦場だ。戦闘の可能性は充分にある。少なくとも気楽な旅ではあり得ない。


「いつかみんなで旅をしたいわね」


 つい、口からついて出た。ハッシキがユリシスの言葉を聞いて声を上げて笑う。


「今から旅に出るのに、旅をしたいって変わってるねユリシスは。いったいどこまで行くつもりだい?」


 分かっていないのはハッシキの方だ。ユリシスは心の中で毒づく。旅にはいろいろあるのだ。残念ながらユリシスは絵本や書籍だけの知識しかない。


「違うのよ、ハッシキ。世の中には楽しい旅だってあると思うのよ。私には経験がないけれどもね。だからみんなで行きたいって思ったのよ」


 ユリシスはじっと地図を見つめた。せめて故郷であるリリーシュタットぐらいは回ってみたい。


「本当にすべては戻ってきてからの話しね」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews


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