第54話 擬態
ロンドに尋ねられたロボの中には選択肢はない。この聖獣の国への帰還は通過点、強くなるための手段にしかすぎない。目的は別にあるのだ。明後日を逃せば、次は一ヶ月後になってしまう。ロボの答えは明らかだ。
「忘れるといけないから今、礼を言っておく。ありがとう、世話になった」
ロボが手を差し出す。それを見て、ユリシスもランサも慌てて頭を下げる。ロボの手を取りながら、ロンドはユリシスとランサに顔を向ける。
「足手まといでしょうが、連れて行ってください。少しはましになっているでしょうからね」
ユリシスは二人の手の上に左手を重ねる。
「聖女ユリシス・リリーシュタットの名にかけて。聖女テトラ・スズモリ様もご覧になっておられるでしょう」
湿っぽくなるからと、送別の宴会はロボが断った。ロボは役目を終えればまたこの聖獣の国に帰ってくるが、人間であるユリシスとランサ、そしてユリシスと一緒のハッシキにとっては今生の別れとなる。
「一生忘れません。ここでの糧は私たちの道を永遠に照らしてくれます」
間もなく月が上る。フェンリルの姿に戻ったロボは山ひだに月の光が差すと身体をそちらへと向ける。ここに来た時と手順は同じだ。ランサの小脇には本が抱えられている。ユリシスは片腕しかないので、本を持っていては術式に影響が出るからだ。
聖霊陣が浮かび上がる。術式が周囲に刻まれている。
「ありがとうございました」
そう言った時にはすでに人間界に戻ってきていた。最後の一瞬、扉のところにチシキが立っているように見えた。場所はあの尖塔ではない。
「右腕には異状はないみたいだよ。方向としたらあっちだね」
あっちと言われてもどっちだか分からない。あちらを出たのは夜だったが、今は昼間、どうやら草原のようだ。小高い丘に登ったものの、街道は見えない。
「どうする? 直接、行っちゃってもいいかもしれないね」
確かにそれも一理ではあるが、ここがどこかによって大きく計画は変わる。
「できれば市国に戻りたいわね。そこで準備をしてからでも遅くはないわ。腕にも問題ないようだし」
まずは街道を探し、それから街に入る。そこで情報を収集してから考える、ユリシスの提案に皆異存はないようだ。ロボにまたがる。首にはあのネックレスがある。ロボのサイズに自然に調整されるようだ。
「ロボ、人の匂いのする方へ。できるだけ沢山の人のいる方へ。飛ばしてくれて構わないわ」
ロボが疾走を始める。スピードが以前と格段に違う。衣服が剥ぎ取られそうなほどはためく。ユリシスもランサも必死にロボにしがみつく。慣れるまでしばらく時間がかかりそうだ。
そのロボの疾走でも街を見つけるのに丸一日ほどかかってしまった。街というよりは集落と言った方が適切なこじんまりとした所だ。かなりの辺境だ。
集落に入って後ろを振り向くとロボの姿がない。一体どこに行ったのかと見回すと、ユリシスの足元に子犬がまとわりついてくる。
真っ白な子犬を良く見ると、ロボが着けていたネックレスをしている。
「ロボ? 貴方ロボなの?」
抱き上げてその小さな立ち耳にささやく。
「そうだ俺だよ。これが俺がほしかった技の一つ擬態だ」
擬態とは言っても、子犬、いや子狼に変身するだけの技だではないか。ユリシスはロボを地面に下ろすと頭を撫でる。するとすかさずランサがロボを抱き上げて頬ずりをしている。
「いや、これはかなり高度な技のひとつなんだ。それに良く考えなくても分かるだろう、この技の有意性が」
確かにロボの言う通りだ。良くも悪くもロボは目立つ。聖獣を連れているのは聖女ただ一人なのだから、ユリシスの正体もばれてしまう。だが、今のロボはただの子狼。ぱっと見はただの子犬だし、抱きかかえて隠すのも簡単だ。
「二度目の襲撃は浴室だった。あそこは狭すぎて俺の身体だと入れなかった。でもこのサイズならば浴室だって余裕で入れていつでも護衛できる。ベッドだって平気だろうし、宿屋にだって出入りできる。常に一緒だ三度目の不覚はない」
ロボの言葉にユリシスもランサも納得せざるを得ない。威嚇のために身体を大きく見せる動物はかなり存在する。人間だって、身体を大きく見せるのは簡単だが、小さく見せるのには限界がある。どんな変装の達人であっても子供になるのは至難だ。
「それに小さくなったこの状態でも、力は同じなんだ。咆哮一つで人は消し飛ぶ。聖獣の国に行った甲斐があったと思ってほしい」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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