【天使を空に堕とす】
「光ちゃん、押して」
真昼がそう言ったのを、俺は信じられない気持ちで聞いていた。4階の校舎の一番上、屋上の柵の先で、真昼は腕を大きく広げている。夏の涼しい風が、真昼の白いシャツを膨らませていた。雲に隠れていた太陽が、また雲から光を覗かせる。暗く影になっていた真昼の立つ場所に、光が差し掛かった。その光も相まって真昼は天使のようだった。太陽の光が、栗色のバラバラに切られた柔い髪をふんわりと吹き上げてる。その髪からはいい匂いがするのを、俺だけが知っていた。
「光ちゃん、押してよ」
そう言って急かす真昼の顔は、至って穏やかだった。真昼は今、屋上の柵の先にいるのだ。少しでも体が揺れれば落ちてしまうのに。なのに、真昼はちっとも怖がりもしていなかった。風を体に受けて、気持ちよさそうに目を閉じている。俺は、未だ真昼の言葉に何も返せずにいた。真昼は、痺れを切らしたようにこちらを振り返った。
「光ちゃん、約束じゃんか」
その言葉が、俺を圧迫する。今、真昼に何を言うべきなのかが、全くわからなかった。死なないで、そんな事はやめろ、死んだって良い事はない。そんな言葉はもう、真昼の前では意味を成さない。いや、きっとどんな言葉も真昼には届かないだろう。だからそこ、真昼に届くような、真昼が飛び降り自殺を止めるような言葉を、懸命に探していたのだ。……でも、俺はそんなに賢くはない。真昼が今更、飛び降りを止めるような魔法の言葉など、もうないことはとっくの昔にわかっていたはずだ。それでも、俺は惨めに足掻きたかった。
「……光ちゃん、怖いの?」
真昼はその顔になんの感情も浮かべずに、俺を見た。ゆっくりと腕を下ろした動作さえも、今は怖い。今一瞬、この一瞬に真昼を無くしてしまう恐怖が、俺の体を縛り付けていた。そんなみっともない俺を、真昼は真顔で見ていた。
「……こぅちゃん、もう僕の事、嫌い?」
甘えたような声が、耳を触る。俺はそこで初めて息を吸って、ぶんぶんと首を振った。それを確認した真昼は「良かったぁ」と言って笑った。その笑顔は、いつもの通り可愛かった。天使のような真昼。可愛い真昼。キスがしたくなった。
真昼は、それを見透かしたように笑っていた。そうしてニコリと笑ったまま、言った。
「光ちゃんがやってくれないなら、もう死んじゃうよ」
それは、俺への脅しなのだろう。真昼は、本気なのだ。例え俺がやらなくても、真昼はいずれ自分で飛び降りるだろう。……それだけは、避けたかった。それは真昼との約束でもあったし、独占欲でもあったからだ。
俺は昨日の真昼との会話を思い出していた。
その日も真昼は虐められていた。ぐっちゃりと水で濡れた制服に、顔に残る暴行の跡。髪の毛はザンバラにハサミで切られていて、お腹を抱えて弱々しくしていた。そうして教室の椅子に座った真昼は、俺の方を向いて尋ねてきた。
「ねえ、光ちゃんは、俺のこと好き?」
殴られた跡があっても、血がついていても、真昼が元々持つ愛嬌のある顔立ちは、その可愛さを引き立てていた。その顔のせいで、女にも男にも嫌われ、虐められているのだけれど。
「俺たち、友達じゃんか。どんなにお前が虐められてても、俺は真昼が好きだよ」
俺は「こんなこと言わせんなよ」と照れ笑いをして見せた。けれど、腹の底は黒い。だってそれは、真っ赤な嘘だったからだ。本当は、友達としては好きじゃない。性的に好きだった。真昼の可愛い顔立ちを思うだけで興奮したし、それを汚すクラスメイトには憤りを感じていた。本当は自分だけが真昼を汚したかった。真昼を無理矢理犯す妄想は俺の欲望を掻き立てたし、真昼をオカズにして汚した手で、朝、真昼の頭を撫でるのは最高に興奮した。俺は真昼が性的に好きだった。真昼の細い体も、健康的な肌色も、栗色の髪も、可愛い顔立ちも、大好きだし。虐められて、汚れて、ボロボロになった真昼はもっと可愛かった。真昼が汚れれば汚れるほど、その可愛さが磨かれて俺を魅了するのだ。何も知らない、無垢な存在。まるで天使のような男の子。人間の嫉妬に穢された、かわいそうな栗色の天使。
それを俺は、ずっとずっと犯したかった。俺の手で、汚したかった。今となっては、これがとても純粋な恋心だとは思えなかった。俺は真昼を、まるで無数の男の手によって消費されるアダルトビデオのように思っていたもかもしれない。簡単に性欲を発散できる、簡単なコンテンツ。そう言う存在として、真昼を使っていたのかもしれない。確信は持てないが、きっとそんな気がしていた。だから、真昼に自分は友達なんだと言い張って、汚い性欲をひた隠すのは、思った以上に努力を要していた。果たして、真昼はそれに気づいていたのかはわからない。でも、多分。この純粋無垢な天使は、そんな人間の愛欲には気づきもしないだろう。それをわかっていたから、俺は堂々と真昼を性欲の発散の餌に出来たのだから。
「ふふ、良かったぁ」
そう言って真昼は可愛い顔をして笑った。その顔は、雲に身を委ねて眠りにつこうとする天使のような素朴さがあった。ああ、そんな顔を見せないでくれ、と俺は切願する。だって、そんな顔を見せられたら、俺は真昼を痛めつけたくなるのだ。なんでもいい、叩いて、殴って、溺れさせて、泣かして、喘がせて、脅したい。背中の純白な羽を、ゆっくりと一枚ずつ、痛みを教えるようにして、剥いでいきたくなるのだ。こんな感情は、真昼にだけだった。俺は真昼の前だけで、イレギュラーになるのだ。
「光ちゃん。お願い、ある」
「なんだ?また勉強か?もうテスト近いしな……」
「……ううん、それもだけどそうじゃないの。それじゃないの」
「勉強じゃないのか?」
「……うん、あのねぇ」
そう言うと、真昼は目を細めた。
「明日、僕は飛び降りるから。その背中をね、押してほしいの」
天使は人間が考えもしないような、とんでもないことを言う。真昼は笑って俺を見ていた。
「……なに、言って……真昼……?」
「こぅちゃん」
真昼が優しく俺の名前を呼ぶ。
「お願い、約束して。トモダチでしょ、約束して?」
そうして固まっている俺に、真昼は近づいてきた。真昼の可愛い顔が、俺の視界いっぱいに広がる。真昼のか細い息遣いが、俺の肌に当たたった。天使は気まぐれのように俺の唇にキスを落とした。ふわふわとした真昼の唇は、俺が触れたことの無い、この世の何とも例えられない甘い感触だった。真昼は気だるい顔をして、俺から唇を離した。俺の止まった息と、真昼の暖かい吐息。真昼は俺にふっと、笑った。
「もしも、こぅちゃんが俺の背中を押して、生き残ったら、僕がどんな姿になっても、こぅちゃんが僕を犯していい権利をあげる。何度でも、いくらでも」
そう言った真昼は、俺が見たことのない顔をしていた。
「寝たきりになっても、下半身不随になっても、頭がおかしくなっちゃっても、僕がなぁんにも抵抗できなくても、犯していいよ」
俺は考えなければならないことが、山ほどあった。まず、真昼と約束をするか、と言う問題だった。普通に考えて、屋上に立っている真昼の背中を押したら、俺は真昼を殺した犯罪者になる。同級生殺しだ。いくら未成年だからって、罪からは逃れ慣れない。俺は殺人犯になる。そんなのって、無い。いくら、真昼のためだと言えども。これからの人生を全部棒に振って、真昼との約束を果たす、みたいな正義感は俺には無い。元来俺は弱虫なのだ。
次に、真昼の自殺についてだ。真昼はサラッと、飛び降りると言った。なんてことないみたいに言ったが、それは悍ましい行為だ。自分で命を絶つなんて、そんなこと、してはいけない。真昼にだって産んでくれ育ててくれた親がいる。俺は何度か真昼の家に遊びに行ったことがあるが、真昼の両親はとても良い人だった。なんでも両親とも教師だったようで、真昼をよく可愛がり、熱く教育していたのを、俺は知っている。それが時に、虐待に変わる時があるのも。それでも、親より先に死ぬなんて、親不孝だ。そんなことは、してはいけない。
でも、時間はなかった。真昼が俺の返答を待っている。俺が一番危機感を感じていたのは、真昼がしたキスだった。どうして真昼は俺にキスをした?どうして犯しても良いと言った?そんなのは、もう考えなくてもわかることだった。真昼は、俺が真昼を性的に好きなんだと言うことを、知っているんだ。隠していたはずの性欲は、血のようにダラダラと流れ出て、床を伝い、真昼の元へ伝わったのだ。ソレを真昼は掬って、触れて、見てしまったのだ。俺は、息ができなくなりそうだった。
大切な天使が、赤黒い血で汚れてしまった。
その赤を、または性欲を、洗い落とすことは、もう出来ない。性欲を知ってしまった天使は、その人間の汚さを知った以上、あの頃の純朴な天使には戻れないのだ。俺が混乱して、やっと出た言葉は、
「自殺なんて、やめろよ」
という、いたって普通な言葉だった。こんな簡単な言葉で、ここまで来てしまった真昼を、止められやしないのに。真昼は、俺から顔を離すと、ケラケラと笑った。
「あはは、もう駄目だよ。こぅちゃん。もう遅かったんだよ、ぜぇんぶ。もう、飛ぶって決めだもん」
天使が真っ黒に染まる姿を、見た気がした。天使は、あの可愛い天使はもういないのだ。そこには、全てを投げ打って諦めた、ボロボロの男の子がいるだけだった。自分の身を売って、自分を殺してもらおうとする、惨めな男の子だけ。俺は、見ていられなくなりそうだった。あまりにも痛みが染み入る仕打ち。それを考えたら、もう、真昼を楽にしてやりたかった。
「……良いのか。虐めなら、転校したらどうにでもなる。虐待だって、児童相談所に行けば、どうにかなるかもしれない。……真昼が死ぬことないんじゃないのか?」
一応、慰めを言ってみるけれど、真昼は笑ったままだった。笑って、笑って、涙が出るほど笑っていた。放課後の夕日が差し込む教室に、真昼の笑い声が響く。真昼はお腹を抱えて笑っていた。
「あー、面白い。こぅちゃん、こぅちゃん、僕はね、そんな事どうでも良いんだよ。だって、高校卒業しちゃったら、そんなのどうでも良くなるじゃん。だから、それ以外なんだよ。こぅちゃん、ねぇ、こぅちゃん、……なんで……」
真昼の顔に、一筋の涙が伝う。
「なんで、僕の事、友達としてみてくれなかったのぉ?」
笑い声から一転、絞り出したような切ない声で、真昼は言った。俺の体は急速に冷えた。
「知ってたよ。こぅちゃんが僕の事、そう言う目で見てた事」
「え、……あ、っ……ぁ、まひ……」
「ショックだった。唯一、こぅちゃんだけは、僕の事、ちゃんとした人間として見れくれていると思っていたのに……。こぅちゃんさえも僕をそう見るなら、僕にもう、生きる価値は無い」
「ぁ、は、……真昼っ!!」
そう言って掴んだ真昼の肩は、冷たかった。真昼は、俺をじぃっと見上げた。
「その手で、僕を犯すんでしょ?僕を汚すんでしょ。……最低だよ、こぅちゃん」
真昼の言葉が、矢のように胸に刺さる。俺は、本当に何も言えなかった。今更、どうしたら良いのかがわからなかった。謝ればいい?開き直ればいい?真昼に俺は何をしたらいい?頭は、すっからかんで、混乱していた。固まっている俺に、真昼は追い詰めるように言った。
「こぅちゃん、約束して。明日、僕を突き落とすって。背中を押すって。そしたら、許してあげる。ちゃんとこぅちゃんを受け入れてあげる。だから、約束して」
それは、最低な俺に指し示された唯一の救いだった。真昼の背中を押せば、真昼に許される。真昼を犯せる。全て、良い事じゃないか。俺はもう迷わずに、こくりと頷いた。もう、自分が犯罪者とか、真昼が死ぬとかどうでも良かった。ただ、俺が救われれば、それでよかった。
「ああ、ああ、必ず、背中を押すよ。俺に任せてくれ、だから安心してくれ」
正義感に満ち溢れた言葉ではっきりとそう言うと、真昼は泣いて笑った。天使の泣き顔を、俺は初めて見た。
「……ぅん、こぅちゃ、……っ、ぁ、ありがと。絶対、絶対、約束ね……?」
そう言って差し出された小指に、俺は自分の小指を絡めた。
「ああ、約束だ。必ず……明日、真昼の背中を押すよ」
それが、昨日の出来事だった。交わした約束。友達としての、最後の会話だった。
「こぅ〜ちゃん、もう、良いよ?」
俺はハッとして、目を開けた。そこには、柵の外に立っている真昼が、腕を広げて、風を浴びていた。栗色のザンバラに切られた髪の毛が、ふわふわと風にゆらめいていた。
俺は、一歩、また一歩と、真昼がいる柵へ歩いた。そうして、柵を挟んで真昼の真後ろに立った。真昼の体は、風にゆらめいていた。いつでも落ちそうなその体は、いつでも俺に押されるのを待っていた。
俺は、ゆっくりと真昼の背中に手のひらを当てた。真昼の暖かい体の体温が、手に伝わってくる。真昼は、もう何も言わなかった。鼓動が高鳴る。この手を押したら、真昼は一気に空へ落ちるのだ。俺の手で、俺によって。それは、真昼との約束だから。最後の友達としての約束だから、守りたかった。夏の風がやけに冷たい。もう、あと少し。もう少し。俺は、手のひらに、力を込めた。
(どうか、生き残りますように)
そう願って、俺は真昼の背中から手を離した。
「……こぅちゃん?」
離れた手の感触をおかしく思ったのか、真昼が後ろを振り返った。それを良い事に、俺は柵に足を掛けて、真昼に抱きついて、そのまま飛びついた。後ろに支えるのもは何も無い。俺が真昼に飛びついた形で、俺達はそのまま急降下した。
何か言いたげにして、驚く真昼を自分の上になるよう抱きしめて、体勢を変えた。今度は、俺が下になって落ちていく。こんな浮遊感は、きっとどんな遊園地でも味わえないだろう。風が体を刺していく。ただ、俺にはスローモーションに見えていた。見上げた真昼の向こうに、白い入道雲が見えた。その白さが、真昼の背後に広がって、まるで大きな翼のようだった。俺はぽつり、と笑って真昼に声をかけた。
「天使みたいだな、真昼」
最後に見たのは、真昼の驚いた顔だった。
地面に強く叩きつけられた。体が1回軽くバウンドする。思わず呻き声が出るが、僕はそれどころではなかった。重い体を動かして、何とか起き上がる。見下げたら、地面に横たわったまま、動かない光ちゃんがいた。コンクリートに、光ちゃんの頭から血が流れ出していた。俺は光ちゃんの体を揺すった。
「こぅちゃ、ん。こぅちゃん、?」
呼びかけても、光ちゃんは何も反応しない。横たわったまま、動かない光ちゃんの肩を大きく揺らして、僕は叫んだ。
「光ちゃん!?……光ちゃん!」
信じられない気持ちで、光ちゃんの体を上に向けた。その時現れた光ちゃんの顔に、僕は絶句してしまった。
それは、穏やかな笑顔だった。
それはまるで、天使を見つけたような歓喜さえも感じた。どうしてそんなに笑ってるの?そう聞きたくて、でも言葉が出なくて、光ちゃんの顔をじぃっと見ていたら、思い出した。
『天使みたいだな、真昼』
そんな事を、光ちゃんは言っていた。僕はそれを思い出して、背筋が凍った。
「こぅちゃん、天使って、僕の事?」
誰も答えない。夏の寂しい風が吹いている。
「こぅちゃん、天使に殺され、ちゃったの?」
誰も答えない。流れた血が、僕の手を濡らしていた。
「こぅちゃん?」
笑ったままの彼に、問いかける。
そこには、絶望しかなかった。
虐められて、虐待されて、救いなんてどこにもなくて、唯一の友達だった光ちゃんにさえ、大好きだった光ちゃんにさえ、性的に見られてて、もう絶望だった。死んでしまおうと思った。でも、せめて死ぬなら、大好きな光ちゃんに殺してもらいたくて、光ちゃんに「これは罰だ」なんて意地悪を言って、殺してもらおうとしたのに。ただ、ちょっぴり、背中を押して欲しかっただけ。それで僕が死んで、光ちゃんに「自分のせいで真昼が死んだ」って思って欲しかっただけなの。それで少しだけ、これからの人生、僕の死を抱えて生きて欲しかっただけなの。光ちゃんまで殺したかったんじゃないのに。僕は光ちゃんの顔に手を添えた。まだ、温かかった。人は死ぬ時、最後まで音が聞こえているという。それに託して、僕は光ちゃんの耳元に近づいた。
「光ちゃん、ごめんなさい」
遠くから、女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。
「こうちゃん、痛かったよね」
僕らの周りに、人が集まってくる。
「こぅちゃん、僕が天使だと思ってくれてたの?」
人々の喧騒と悲鳴と笑い声。痛いほど刺さる視線。僕らはみんなにどう見えているんだろうか。
「こぅちゃん、僕ね、」
後ろから、肩を叩かれる。先生だろうか。名前を呼ばれる。それでも、僕は話し続けた。
「こぅちゃんの分まで、生きるね」
先生は僕の肩をぐいっと押してくる。そうして無理矢理振り向いた先で、僕は先生にはっきりと言った。
「先生、僕が……殺しました。僕が、光ちゃんを突き落としました」
先生にそう告げた意識の外で、光ちゃんの血の温かさが手にずっと残留していた。
光ちゃんのお葬式は、粛々と行われた。葬式に来る友達や先輩後輩が意外に多くて、光ちゃんはこの人たちとの時間を割いてまで、僕を関わってくれていたんだと実感した。みんなが啜り泣くのを、会場の出入り口から見守っていた。
僕は最初、殺人の疑いで警察に連れて行かれた。けれど、僕が自殺しようとしたのを止めようとして一緒に落ちた事を正直に話すと、僕の容疑は無くなった。その事は光ちゃんの親や学校にそのまま伝えられた。
僕の横を通り過ぎていったクラスメイトの女の子達が、僕を見ながらコソコソと話をしていた。
「ねぇ、あの皆本君。皆本真昼君が突き落としたらしいよ」
「へぇ、どうして光君だったんだろうね」
「どうせ光君に嫉妬していたんでしょ?」
「うわ、最低。人殺しじゃん……」
「馬鹿!皆本君に聞こえちゃう」
そんなダダ漏れの会話を聞いて、僕は馬鹿らしいと吐き捨てた。誰にもわからなくていい。僕と光ちゃんだけが知っていれば、それで良かった。結局、警察からの事情聴取で僕のイジメや虐待は明るみに出た。それぞれ、正しい処罰がされるらしい。僕は転校し、両親から離れて親戚に預けられる予定だ。
僕の地獄は、光ちゃんの死によって全て持っていかれたのだ。光ちゃんは僕の地獄ごと、全て掻っ攫ってくれた。僕は光ちゃんに感謝しかなかった。でも、同時に馬鹿だなぁ、とも思った。下手な落ち方をしなければ、屋上から落ちて死ぬことは無い。僕はその落ち方を知っていた。光ちゃんは素直に僕を突き落とせば良かった。そうして、僕を犯せばよかったのだ。そうしたら、僕は光ちゃんに告白するつもりだったのに。そうして、僕を犯した事で脅して、恋人として付き合ってもらうつもりだったのに。
「作戦失敗だよ、光ちゃん」
僕は光ちゃんの遺影に向かって小声で話しかけた。
「光ちゃんがいつもボロボロの僕をいやらしい目で見ていたから、僕はわざとたくさん殴ってもらえるように抵抗も反抗もして、ボロボロの状態で光ちゃんと会ってたんだよ。だって光ちゃんは、そんな僕が好きだったでしょ?」
遺影が頷くわけもない。僕は、ケラケラと笑ってそのまま遺影を後ろに歩き出した。お経の声とみんなの啜り泣く声が、やけに気持ち悪かった。そんなにみんなが崇拝する光ちゃんは、虐められている僕を見て興奮するような変態だったのに。みんながそれを知るわけもない。でも、それで良かった。光ちゃんの事は、僕だけがわかっていればいいのだ。光ちゃんは、僕の前だけでイレギュラーだったのだから。
外はよく晴れた真夏日だった。
僕は一歩、また一歩と道を歩き出した。
「光ちゃんのせいで、汚れた天使になっちゃった」
こぅちゃんが僕の白い翼をもいだから、背中がずうっとじんじんして痛いんだよ。
Fin
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