第48話
四十八
夫
私は一階の部屋の隅で縮こまる老婆を尻目に見ながら、勢いよく扉を開けた。
「どうですか? 沙月さんとは会えましたか」
革の黒いロングコートを着た色眼鏡の男―東城が雪の中に立っていた。
「感謝はしないぞ、お前たちのせいで沙月が危険な目に遭ってるんだ」
「結構ですよ。しかしこれは本当に異例の対応なんですよ、部外者にこちら側の事情をお伝えするのは。まあ、こちらとしても非常事態ですから致し方ありませんが……」
この男と出会ったのは、駅で沙月に別れを告げられたあとだった。
沙月のために何かしなければいけない、しかし何をしたら良いのか分からない。そんなむしゃくしゃした思いに引き裂かれそうになっているときに、東城は私の家の前に今と同じ出で立ちで立っていた。
東城は多くは語らなかった。ただ、沙月がそれまでこの男が代表を務める「シン・アライアンス株式会社」という組織と関わりを持っていたこと、そこでのとあるトラブルのせいで、危ない男に狙われているという情報だけを私にもたらした。
『とりあえず、その男の動向と沙月さんの行き先はまだこちらとしても掴めていません。私にとってもこれ以上のトラブルは困ります。分かり次第真っ先にお伝えしますから、沙月さんを保護してあげてください』
東城はそう言ってその日は去っていった。私としてはもっと問い詰めたかったが、言いかけたときの私を見つめる目から発せられる、有無を言わさぬ気迫に負けてしまった。
その四日後、私の携帯電話に非通知で着信があった。この家の住所と、〝危険である可能性が高い〟という曖昧な情報。
「本当はこれ以上お前らとは関わり合いになりたくはないんだが、いい加減教えろ。沙月に何があったんだ」
「ええ、こちらとしてももうあなた方と接触することはないでしょう」
そう言って東城は立ち去ろうとする。
「待て!」
私は慣れない雪道を走って追いかけようとした。
だが振り返った東城の手に握られていた拳銃に、その動きを止められた。
妻
なんで東城と勝廣が話してるの? 沙月は自分の部屋の窓から見えたその光景に絶句した。分厚い窓のせいで、話している内容を聞くことができない。
しかし窓を開ける勇気は出なかった。途中から見ていられなくなって、そのまま壁に背を向け窓枠のすぐ下に座り込む。
少し経って勝廣が部屋に戻ってきた。沙月は勢いよく立ち上がる。
「あなた……」
「ああ、大丈夫だよ。心配をかけてごめん」
ここで沙月は、呼吸を整える。
「勝廣はどこまで知ってるの?」
「そこなんだ。俺も沙月に聞きたいことがある。教えてくれないか? 何があったのか。最初から」
沙月がその重い口を開くのに、勝廣は数時間待たなくてはいけなかった。
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