第10話
十
夫
「ごめんね、ちょっと今日は体調がすぐれないの」
私の誘いを、沙月はそう言って断った。そうか、妻の様子がおかしかったのは体調が悪かったせいだったのか。
「大丈夫かい? 病院に行こうか? このホテルにも救護室くらいあるかもしれないな」
私は鏡台のところに置いてあったホテルの説明書を手に取った。
「そんなことしなくていいよ。寝れば治ると思う」
「そうか、必要なものがあったら何でも言ってくれよ。スポーツドリンクでも買ってこようか」
「わざわざそんなことしないで。ほっといてくれていいから」と言って沙月は立ち上がると、
「風邪だとしたらうつしちゃいけないから、今日は別々に寝るね」ともう一部屋ある寝室に入っていった。
妻
勝廣に体調が悪いと言ったのは失敗だったかもしれない。沙月への心配からか、勝廣が眠る気配がない。あれから二時間程が経ったが、夫がいる隣の部屋からはまだテレビの音が聞こえていた。普段なら寝てる時間だ。
沙月は物音を立てないように服を着替えながら、どうすればこの部屋を出られるか頭を巡らせた。
ホテルの部屋の構造上、二つの部屋を直接行き来できる扉以外では、洗面所を経由することで外に出られる。だがそこを通ったとしても、もう一つの部屋からどうしても姿が見えてしまう。タクシーを予約していた時刻がジリジリと迫り、焦りが募った。
着替えを終え、扉に耳を寄せて勝廣の様子を探っていると、テレビの音が止んだ。寝るのだろうか? それからごそごそと音がして、少し経ってから扉が開閉したような音がした。そしてそれ以降は何の物音もしない。
洗面所からそっと隣の部屋を覗くと勝廣はいなくなっていた。どうしたのだろう? 一人で温泉街へ行ったのだろうか。
これは願ってもないチャンスだった。勝廣が帰ってきて、もし沙月がいないことに気付いたとしても、あとで何とかして言い訳すれば良い。今はとにかく。呉谷に会うことが大切だ。沙月は靴棚の上に置いてあった鍵を手に取り、部屋を後にした。
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