第5話 とらわれの

 少女は何時からそこに居たのか自分でも覚えていなかった。

 気が付いた時には既に薄暗い、緑の苔が割れ目から入るわずかな光りをぼんやりと反射する、じんわりと湿気の多いその場所に閉じ込められていた。

 左右上下はごつごつとした岩に囲まれ、正面には頑丈な鉄格子。

 格子は何重にも施されており、岩に食い込むように設置されている鉄格子の向こうには大きな体の男が四人、必ず見張っている。

 手足は非常に細いけれども、ただ細いだけではなく、とてもしなやかに動く筋肉を供えていた。

 その両足で音を立てることなく鉄格子に近づいて、格子をつかんで少女は男達を瞳に移した。

「……ここ、どこ?」

 つぶやくように囁かれた声は、辺りに反響して思いの外大きな声となり、離れた男たちの耳にたどり着く。

「知る必要は無い」

「わたし、ダレ?」

「名など無い、お前は一生、死ぬまでここで永遠にただ存在するだけだ」

 一日の内、何度か行われるこの行為だけが少女にとっての人との会話であり、ある意味日課になりつつあった。

 毎回、同じ質問に同じ回答を冷たく言い放つ男達に少女は怯える事もなく頷いて、元居た場所へと移動するとそこで足を抱えて座り込む。

(わたし、ダレ? ココ、どこ?)

 膝に顎を置き、ジッと鉄格子のはるか向こう側を見つめる少女は何度と無く同じ事を頭の中で繰り返していた。

 そんな少女を、眉間に皺を寄せてちらりと横目に見ながら男達はひそひそと話す。

「子供とはいえやはり剋苑こくえんの生き残り。不気味だな」

「何故この娘も殺してしまわなかったのだ。他は殺したのだろう? いっそ根絶やしにしてしまえば良かったんだ」

「ま、そうも行くまい。恐ろしい存在ではあるが、力もほしいのだよ、城主の連中はな。剋苑こくえん殲滅せんめつの折、この娘は今よりもっと小さな子供だったと聞くからな。どうにでも調教できると思ったのだろう。剋苑こくえんは近親婚で、子が出来にくくなっていたらしい。調教できそうな小さな子供はこの娘しか居らなんだとも聞いている」

「しかし、危険であろう」

「暗殺集団。素手で殺せる業を幾つも持つ種族と言われているからな」

「聞いた所によると、この娘、ある程度成長したら売り飛ばすらしいぞ」

「なんだと? 良いのか、俺は預かり物だと聞いたが」

「フン、殿も怖いのだろう? 城の地下にこのような子供が居るのが」

「今の内に殺してしまえば」

「なんだ、お前、噂を知らないのか?」

 交代要員でやってきた男が、先程からひそひそ話をしている男たちの会話に割って入る。

「噂?」

「3年程前、剋苑こくえんのいろいろな噂を聞き、怖くなった殿が娘を始末しようと、本城から秘密裏に借りてきた精鋭部隊を差し向けたのだ」

「3年前といえば、隣国と小競り合いをしていたときか」

「そのドサクサに紛れて本城から借りたのさ。殿に本城の者たちが精鋭部隊など貸し出すわけがないからな」

「本城の精鋭部隊といえばあれだろう? 1人で50人の部隊は軽くいなせると言う」

「あぁ、それを十数人つぎ込んで、念には念をと言うことだったらしいが。結局、あの娘一人に返り討ち。それは無残だったらしいぞ」

 身を震わせて言う交代の男に、更に後ろからやってきた男が付け加えた。

「精鋭部隊が近づくまでは今と変わらぬ様子だったそうだが、近づいてしばらくした後、瞳を見開いたそうだ」

「そう、そして、まるでおもちゃを与えられた子供のように笑って、襲い掛かってくる男共を楽しそうにたった一撃で仕留めたと聞く」

「なっ、あのガリガリの骸骨のような子がか? なんとも恐ろしい娘だな」

剋苑こくえん殲滅せんめつの際も、殺さなかったのではなく殺せなかったとも聞くしな」

「なんと、調教だなんだというどころではないではないか」

「俺達だって、あの鉄格子が無ければこんな見張り役、やってられないぜ」

「くわばら、くわばら。早くこんな仕事から解き放たれたいな」

「本当にな」

 ざわざわと話をする男達の会話をすべて聞きながらも、少女はただじっと格子の向こうを見つめるだけだった。

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