第53話 演技なのか?


俺達の素養検査が少し中断された。

楠木教官が笑いながら、その立っている青年を見つめる。

「フフ・・また神楽君ね・・いくら手を抜いているとはいえ、さすがね」

俺は教官の言葉に振り返った。

ん?

手を抜いた?

今度はしっかりと、その神楽君という子を俺は見つめた。

・・

イケメンだな。

この段階で、既に俺は負けている感を感じる・・なんでだ?

若さでは言うまでもない。

なんと言うか、落ち着いた雰囲気のする男の子だな。


弓?

弓道・・だよな?

あれで模擬戦を行ったのか。

座っている男は手に模擬刀を持っているぞ。

どうやってこの接近戦を弓で凌駕したんだ?

俺の頭の中には、すぐに答えが浮かんでこない。


すると、楠木教官が微笑みながら俺に声をかけてきた。

「さてと・・えっと・・村上さんだったわね。 中断させてすみません。 こちらも始めましょうか」

俺の内部にグッといい声が響く。

俺は既に心に何本も矢をられている感じだ。

楠木教官を見ると、先ほどの弓の男のことは忘れていた。

というか、不埒ふらちな考えが頭をよぎる。

・・・

あの教官の胸・・触れても、事故だよな。

グッと掴んだら、アウトかも・・。

『ハヤト様、私というものがありながら、変な妄想しないでください』

いきなりベスタが話しかけてきた。

「え? ベ、ベスタさん・・そういう訳では・・いや、男の性というか・・仕方ないじゃないか! 目の前にこんないい女がいるんだ。 誰だってモヤモヤするぞ』

俺は逆切れ気味だ。


楠木教官が不思議そうな顔を俺に向ける。

「村上さん・・どこか調子が悪いのかしら? 後で検査を受けてもいいのだけれど・・」

優しい言葉をかけてくれる。

「い、いえ・・大丈夫です、教官。 よろしくお願いします」

俺は楠木教官の前に立つ。

「村上さん・・武器は要らないの?」

「は、はい・・昔に武道を習ってましたから・・ありがとうございます」

「フフ・・なるほど、坂口さんタイプね」

楠木教官が何やらつぶやいていたが、よく聞こえなかった。

ただ、その微笑みは殺人的だ。


楠木教官はレイピアのような細い短剣を持っていた。

当然、模擬刀だろうが、なるほど・・様になっている。

剣先をゆっくりと持ち上げて俺の方へ向けると、一気に突いてきた。

俺は一瞬焦ってしまった。

ゆっくりのモーションからの速攻。

だが、すぐに落ち着く。

教官の剣先は、まだまだ俺には届かない。


そう、レベル差だ。

それにスキルもあるかもしれない。

スローモーションではないが、どうということはない。

俺は一歩足を踏み出す。


教官の突きをかわしつつ、教官のお腹に右手をソッと触れさせる。

そして、そのまま右足を前に出す。

右足の踵を着けると同時に、膝、腰、肩、背中を半回転させて右腕をドン! と伸ばした。

特に力は入れていない。

逆に、力を入れるとエネルギーが浸透しない。

ただ、軸線がブレないように注意はするが。


楠木教官は、全く反応できていない。

俺の右掌打をそのまま身体で受け止めた感じだ。

まぁ、これでも全力ではないから、軽くよろめく程度で終わるだろうと俺は思っていた。

!!

俺はとても後悔している。

完全にやり過ぎだった。

楠木教官が吹き飛んで行く。

こんなきれいな、スタイル抜群で性格もよさそうな女の人を吹き飛ばしてしまった。

俺の罪悪感はMaxだ。


俺はその場で突っ立ったまま、教官の吹き飛んだ方向を見ていた。

すぐにこの会場が静かになる。

・・・

あの弓を持った男の子も驚いた表情で、楠木教官の吹き飛んだ先を見ている。

・・・

間違いなくやり過ぎだ。

というか、俺・・そんなに強く身体を捻じってないし、それほど衝撃もないと思っていた。

俺の予想では、その場で楠木教官がお腹を押さえて、「君やるねぇ」くらいだと思っていた。

何で?


壁際に人が集まってきていた。

誰が見ても、「人間じゃねぇ」、だろう。

・・・

しばらくすると、楠木教官が何事もなかったように、微笑みながら立ち上がってくる。

「イテテ・・って、痛くないけど・・吹き飛ばされたわね」

楠木教官が小さくつぶやき、その場で身体についた埃をパッパッと払っていた。

自分の身体を少し確認すると、周りの人たちに笑顔を向けて軽く会釈をする。

「いやいや、少し派手でしたかね? 自分で飛び退いたつもりが、飛びすぎちゃいました」

などといって、テヘペロしていた。


周りに集まった人たちは少し不安そうな顔をするも、教官たちの言葉に安心したようだ。

「ハ・・ハハハ・・楠木教官、驚かさないでくださいよ。 あなたの身体能力を知らない者もいるのですから・・」

「えぇ・・私たちも本気で驚きましたよ。 でも、あなたが飛ばされるはずがないですからね」

「生徒に見せるとはいえ、サービスし過ぎです・・」

などと、楠木教官が飛ばされたとは誰も思ってもいないようだ。

俺も、もしかしたら本当に自分から飛び退いたのかもしれないと思っていた。

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