魔法少女ウンネフェルvs現想騎フォアシュテルング

ユウグレムシ

第七話 死んでしまった少女と、死ななかった少年

 最初に言っておくが、これは俺の物語じゃない。俺はただ余計な仕事に付き合わされただけだ。


 最近、よく野良猫と目が合う。

 道端ですれ違うたび俺のほうを凝視しては逃げ去っていった野良猫達……。飼い猫が何もないところを見ているとき、実際には鋭い聴覚で壁越しに遠くの音を聞いているらしいが、そうじゃない場合もあるってことを俺は知っている。あの野良猫達には、俺に取り憑く幽霊が見えていたのだ。



 “飛行機……?ロケット!?”


 “vorstellung”


 “こいつ、ロボットなのか!?”


 “わたしは、あなた”


 “俺の思い通りにできるって言いたいのか?”


 “信じて”


 “俺が望むなら、フォアシュテルングはいくらでも強くなれる”


 “フォアシュテルング、これからもよろしくな”



 鏃のような姿に変形する、黒くて細長い巨人、“フォアシュテルング”。この変なロボットに乗って、夢の世界から地球を侵略しようとする敵“ソムヌス”を撃退したあとも、俺とフォアシュテルングとの空飛ぶ夢は続いていた。スーパーヒーローもののフィクション作品だと“悪者のいない世界にはヒーローの存在意義もない”なんて言われることがあるが、フォアシュテルングが夢に出続ける限り、何度でもソムヌスとのいざこざに巻き込まれるんだろうな、と思っていた俺の予感は的中した。


 ソムヌスは夢に介入し、眠っている人間をイヤな気分にさせようとする。その特性を逆に利用すれば、不快感でソムヌスの襲来が分かるのだが、ある日の夢に現れたソムヌスもどきは、なぜか不快感を手がかりに予知できなかった。今度の敵はジグザグの軌跡を曳いて飛ぶ黒いおたまじゃくしの群れで、あわてて迎撃しようとするうちに、俺を乗せたフォアシュテルングは黒い塊のド真ん中へ突っ込んでしまった。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 ソムヌスの宇宙船、仕留めきれなかったのか?逃げられたんだとしたら、戻って来やがったのか!?

「懲りない連中だな!」

 ガタガタ揺れる操縦席で意識を眉間の辺りに集中すると、高速飛行形態のフォアシュテルングの胴体から騎首へ緑の光輪が流れ、光の同心円が幾重にも集まって、視界の中心でどんどん強く輝いた。

「お前らに構ってる余裕なんかないんだよ……さっさと俺の夢から出てけ!!」

 フォアシュテルングの鋭い騎首から強力な光線が放たれると、黒い群れがパッと散った。すれ違いざまに人型へ変形して両腕を伸ばし、急速回頭しつつ両手から緑の光線を乱射して、おたまじゃくしのしっぽを狙う。


 ところが。


 二つの火線がおたまじゃくしの最後尾に追いついた瞬間、「にゃっ!?」という叫び声が聞こえた気がして、それきりフォアシュテルングは俺の操縦を受け付けず、弾幕を張るのをやめて空中を漂った。

「どうした、フォアシュテルング!?」



“……”



「何か変だ……。さっきの声、お前にも聞こえたのか?」

 おたまじゃくし達は、誰かに追撃されているかのように群れの後端から順に市街地へこぼれ落ちてゆく。そして最後に残った一匹が進行方向を変え、俺があっけにとられている隙に距離を詰めてきて、フォアシュテルングの真正面で静止した。

「ソムヌス!!」

「《デストルド》!!」

 いや、対峙したそいつはソムヌスとは思えなかった。“黄金の杖を構える猫人間”???わけのわからなさはソムヌス並みだが、ふさふさの毛皮も、猫に似た人型の身体も、ソムヌスの仕業にしては普通の感覚で理解できすぎる。

「なんなのこれ!?なんで真っ昼間から《うねうね》と《デストルド》が飛び回ってるの!?」

 俺は立ち上がり、コックピットのハッチから身を乗り出した。

「《デストルド》の中に、人間……!?」

「頭の中に囁いてこないソムヌスだって初めて見たぜ。おい、今度は何の幻覚だ?」

「私、ルナ!!幻覚でも“ソムヌス”でもない!」

「……だとさ。フォアシュテルング、どう思う?」



“わたしは、あなた”



 こうして俺と《ウンネフェル》との奇妙な友達付き合いが始まった。コージともカガミとも違う、俺の夢の中だけの知り合いだ。


 次の日の夢にも、その次の日の夢にもおたまじゃくしは現れた。おたまじゃくしは退治しても退治しても夢に出続け、おたまじゃくしの出る夢に必ず現れるルナが、挟み討ちをしたり、陽動したり、俺と連係しておたまじゃくしを撃ち落としまくった。俺の夢に現れるおたまじゃくしを、ルナは《うねうね》というあだ名で呼んだ。うねうねしてるから《うねうね》。本来、《うねうね》は特別な宝石に封印するものだそうだが、俺の夢の中では、ルナの攻撃でも、フォアシュテルングの攻撃でも、どちらかが撃ち落とせば薄らいで消えた。《うねうね》退治のあとはフォアシュテルングを着陸させて、俺の目が覚めるまで雑談タイムだ。

「ほっしーお疲れー!」

 ほっしー。“ホシヅキヨ”では長くて呼びにくいんだそうだ。俺が星で、ルナが月。そういうことになった。ホシヅキヨにも月は含まれているが……。テツヤと呼ぶ気はないみたいだった。

「さっそくだけどさ、今日、火曜だよね?最新号読んだ?」

「読んだ」

「どうだった!?」

 隣に座るルナが猫の顔をぐいと寄せてくる。

「毎週毎週あらすじだけ俺から聞いて楽しいか?」

「自分じゃ中身までは読めないから聞いてるんでしょ!いじわる!」

「少女漫画だのBLラノベだの急に読み漁るようになったんで、妹に気味悪がられてんだ」

「あ、そっか……。迷惑かけてごめんね。こんなこと頼めるの、ほっしーしか居なくて」

「迷惑ってわけじゃ……」

「《うねうね》だって私が連れてきたのかも」

「そんなことは分からない。あれは新手のソムヌスかもしれない。どのみち俺達の共通の敵だってことは確かだ」

「戦い続けるしかない、か」

 ソムヌスの正体が《うねうね》なのか、《うねうね》の正体がソムヌスなのか、さっぱり分からなかったが、ソムヌスと戦う奴が俺以外にもいたってわけではないらしかった。なぜならルナは寝ているのではなく、とっくに死んでいたからだ。


 ミツエダ・ルナは自殺した。しかし、あの世行きになるはずのところを《猫の神》に拾われて、《うねうね》を封印するため《ウンネフェル》とかいう猫人間の姿に変身させられた。任務を果たし、用済みになると地獄行きの宇宙船に乗せられたが、機転を利かせて人間界に帰ってくることができた。……帰ってきたとき《うねうね》は全て、あの世、すなわち“冥界”に送り返されたはずだった。

 なぜ人間には見えないはずのルナが俺には見えるのか?なぜ俺の夢にルナと《うねうね》が現れるのか?いくら考えても埒があかず、話し合うほど謎は深まり、そして、そうする間にも《うねうね》は俺達の夢に現れ、俺とルナは世間話の相手としてだけでなく、戦友としても親しくなっていった。


 俺達の関係は、突然途切れた。


 その日のルナは珍しく塞ぎ込みがちで、いつも通り《うねうね》退治のノルマを消化すると、飛行形態のフォアシュテルングの騎首に跨がり、知り合ってから初めて“もうひとりの《ウンネフェル》”について打ち明けた。

 《ウンネフェル》の任を解かれた今のルナは自殺した女の子にすぎず、みずからの命を粗末にした罪で、本当は地獄へ落ちなければならない。そこで、ついに冥界から刺客が送り込まれたが、ルナと一緒に人間界へ戻ってきていたセネトという猫人間が、刺客からルナをかばって、ルナの代わりに冥界へ引きずり込まれてしまった。失意のルナはひとりぼっちで人間界をさまよっていたが、ふと気がつくと、なぜか俺の夢の中だった。

「セネトさんは私を助けてくれた。だけど、いつまでも逃げ続けられない。私ひとりが助けられてる状況から、これ以上、目を背けていられない。私、セネトさんを探しに行く」

「探しに行くとかさらっと言うけど、あの世に行くってことは、地獄に落ちる……かもしれないんだろ?」

「セネトさんと離ればなれなんて、やっぱり嫌なの。セネトさんが大好きなの!!」

「俺の夢に出る《うねうね》は?」

「そうだよね。ほっしーホントごめん……。でも私がいなくなれば、あなたの夢の中の《うねうね》もいなくなるかもしれない」

「まだそんなこと引きずってたのかよ」

「《ウンネフェル》は《うねうね》と同じ冥界の存在。寂しかった私のわがままが原因で、夢の世界に引き寄せたのかもしれない。だから……さよなら」

「待って!」

 黒い装甲を軽く蹴って飛び去ろうとするルナを追いかけてコックピットから飛び出し、めいっぱい腕を伸ばした。

「俺も《ウンネフェル》になれば、冥界に行けるのか!?」

「それだけはやめといたほうがいいよ」

 確かに掴んだはずの尻尾は、何の手応えもないまま俺の手の内からすり抜けていった。ふさふさの猫っ毛を間近で見るたび、密かに撫でてみたい衝動に駆られたものだが、最初から触れることなどできない幽霊だったのだ。

 ルナは空の彼方へ消えた。

「……ったく、少しは仲良くなれたつもりでいたんだけどな。またしても他人は他人でしたってオチか」



“知られるのが恥ずかしかった”



「女ってめんどくせー!」



“また会える”



 ルナが居なくなっても《うねうね》の襲撃は続き、俺は釈然としないままフォアシュテルングとふたりきりで戦わざるを得なかった。

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