第116話……帝国分裂 ~ワームホールの行方~
(……遡ること18時間前。帝都バルバロッサ)
「クレーメンス公爵! 大変です!」
「どうした!?」
「反乱であります! 閣下!」
クレーメンス公爵元帥の部屋に駆け込んできたのは、帝都バルバロッサを守る地上部隊である宮廷近衛師団の師団長ジンツアー少将。
近衛師団とは言いながら人員は約3000名足らず。
しかし、ジンツアー師団長は八十四個所の傷を持つ屈強の獣人で、麾下のメンバーは禁忌であるサイボーグ強化手術を施された帝国一の精鋭だった。
サイレンがけたたましく鳴り響き、サーチライトが夜空の各所を照らす。
「防衛状況はどうなのだ!?」
「宇宙港は未だ敵の手に落ちておりません! 船は用意しております。お早く脱出を!」
「わかった」
反乱軍を指揮したメッケンドルガー中将の第三軍は、ジンツアー少将の精鋭が守る宇宙港とその付属施設を落とすことが出来ないでいたのだ。
皇帝アルフォンスとクレーメンス公爵元帥及びその一派は、宇宙港より緊急用シャトルで脱出。旧帝都アルバトロス方面へと無事に逃げ延びることが出来た。
その後、ジンツアー少将は反乱軍と素早い政治的取引をする。
反乱軍はジンツアー少将とその部隊の他星系への撤退を見逃す代わりに、帝都バルバロッサの宇宙港施設を無傷で手にすることとなった。
この宮廷近衛師団の撤退を聞き、帝都の各所で抵抗していた勢力は、次々に反乱軍に投降していった。
このあまりにも手際のよい撤退劇は、反乱する側にもメリットが多々あったために、後日にジンツアー少将はクレーメンス公爵元帥に疎まれることになる。
……何はともあれ、首都星系であるツエルベルク星系は、あっという間に反乱軍の手に落ちたのだった。
☆★☆★☆
「砲雷撃戦用意!」
撤退路をハンニバル率いる第十艦隊に塞がれた格好になった第六艦隊トロスト中将は、麾下の艦艇に攻撃命令を出す。
ここに無断で現れる第十艦隊は反乱軍以外の何物でもなかったのだ。
「第十艦隊さえ叩けば撤退路は開かれる! 残弾を気にするな! 撃ちまくれ!」
トロスト中将は猛った。
麾下の第六艦隊も奮いたった。
……しかし、そんなところに、総司令部からの報告が入る。
「反乱軍は、第二・第四・第十艦隊をも含まれる模様!」
トロスト中将とその幕僚の顔が引き攣る。
質はともかくとして、帝国の約6割の数の艦隊が敵方に回ったという知らせだった。
「トロスト提督! 如何しましょう!?」
「如何もクソもあるまいが! さっさと正面の巨艦を沈めろ!」
「了解!」
帝国でその巨艦を知らぬ者はいない。
いまや歴戦を潜り抜けてきた重装甲戦艦ハンニバルだった。
ハンニバルの攻撃力はともかくとして、その恐ろしいまでの防御力は知られていた。
古代兵器エルゴ機関を三つも搭載するシールド能力は帝国随一だったのだ。
トロスト中将が率いる戦艦の艦砲である大口径レーザーが、巨艦ハンニバルの電磁障壁に虚しく弾かれる。
巡洋艦の放つ対艦ミサイルも、巨大な重力スクリーンに飲み込まれて破裂していった。
「くそ忌々しい船だ! 正々堂々と勝負せんか!」
トロスト中将は憤る。
ハンニバルを先頭に、第十艦隊は防御にエネルギーを重点的に回し、持久戦を展開していたのだ……。
彼等、反乱軍は反乱討伐軍の補給線を封じたまま、このエールパ星系に閉じ込めるつもりなのだ。
よって、トロスト中将は何としても血路を開き、いち早くリーゼンフェルト上級大将とクレーマン中将が率いる第九軍を無事に撤退させねばならなかったのだ。
「敵、第十艦隊の陣形にほころびが出ません!」
「損害にかまうな! 遮二無二押しまくれ!」
「了解!」
トロスト中将は損害を顧みず第十艦隊に突撃を繰り返した。
しかし、形勢は好転しない。
中でも第十艦隊の艦載機群は無慈悲なまでに手ごわく、第六艦隊は被害を増加させていった。
「せめて、リーゼンフェルト閣下だけでもご無事に逃がすのだ!」
「了解!」
レーザービームの光条線が煌めき、爆発の光球が次々に轟く。
爆散した艦艇の破片が、次第に河となる。
「双胴空母セトは脱出に成功の模様!」
「やったか!?」
トロスト中将の艦隊は甚大な被害を出しつつも、リーゼンフェルト上級大将の座乗艦であるセトの脱出には成功した。
「本艦も敵陣突破を図る! 急速離脱!」
「了解!」
この後、トロスト中将の旗艦も離脱に成功する。
しかし、旗艦の逃亡により、逃げ遅れた艦艇の多くは第十艦隊に降伏した。
第四艦隊の損傷率は約9割に達したものの、第十艦隊は中大破を出すも沈没艦艇は皆無だった。
また、惑星地上軍の軍団長であるクレーマン中将も撤退に成功したが、惑星地上軍第九軍の多くは準惑星パールの地に取り残された。
……第九軍は第四艦隊とは異なり、孤立したその後も奮戦抗戦した。
この後、地下に隠れて活動していたアーベライン伯爵が復権。
皇帝パウリーネは帝都バルバロッサに戻り、再び皇帝の地位に就いた。
旧帝都があるアルバトロス星系に逃げ延びたクレーメンス公爵元帥は、リーゼンフェルト上級大将等と共にカリバーン帝国正統政府を名乗る。
……こうして皇帝パウリーネは復権したものの、帝国は正式に二分化されてしまったのだった。
その後、クレーメンス公爵元帥派はグングニル共和国に外交的に近づく。
それに対抗して、パウリーネ派はルドミラ教国に外交的に近づいた。
この代償として、アルデンヌ星域はルドミラ教国に引き渡されることとなった。
……そう、地球の南半球を支配するルドミラ教国は、再び本国との連絡線であるワームホールを手中にしたのだった。
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