第6話……シェリオ伯爵

 マールボロ星系第四惑星シェリオの重力圏に到達。

 データからするに、この星の人口は比較的多い。

 衛星軌道上に小型の防御衛星が二つ、鈍い光を放ちながら鎮座していた。



 管制に許可を得て降下に移る。

 船体が大気と激しく擦れ、熱した空気が赤くなる。


 厚い雲を潜り抜けて、海上に着水すると天気は雨だった。

 遠くに稲光も見える。



 惑星シェリオの宇宙港は海上停泊型だった。通常の船舶と同じ護岸に着く。

 タンカーやら漁船などとすれ違って、内心楽しかった。


 思いのほか、この世界の宇宙港は海上停泊型が多いらしい。

 やはり海の上に浮かべた方が、古来より運用が易しいのだろうか?




「では、またポコ♪」

「お気をつけて」


 元気に手を振るタヌキ軍曹殿と、かしこまって頭を下げるクリームヒルト様。

 働き詰めの彼等に24時間の休暇を出したのだ。



「ふぁ~」


 彼等と別れ、久々に大きな伸びをした。

 なんだか久しぶりの一人だ。

 現実世界は独りのくせして……。




 シェリオ伯爵の好物は分からないが、近くのお店でお菓子を買い求めた。

 下に小判でも入れたら効果があるのかな?

 少しそんなことを考えつつ、シェリオ氏の邸宅までハイヤーを飛ばした。




「ヴェロヴェマ様ですね、お待ちしておりました」


 守衛に取り次いでもらうと、まさしく執事のような初老の紳士の案内を受けた。

 シェリオ氏の邸宅とは、中世のお城のようなモノだった。

 古城というよりは、ヴィクトリア王朝だとかブルボン朝だとかいった華やかなイメージの宮廷に近い。

 思わず、


「すごいですねぇ~」


 と言ってしまうと、


「それは、この惑星シェリオの統治者ですから」


 と初老の紳士に笑われた。

 星を丸々統治するって、よく考えたら首相や大統領より偉いのだろうなぁって思ってしまった。



 雨が映える庭をめぐる回廊を延々と歩かされたのち、とある大きな部屋に案内された。

 部屋の中には高そうな絵や壺が沢山おかれていた。とてもお金持ちそうだ。



 ふかふかのソファーで待っていると、それらしき人が来たので立ち上がり挨拶しようとすると、ジェスチャーでそれを制されたので、会釈をするに留めた。


 ……その人が正面にドカッと座り、足を組む。



「ヴェロヴェマ君だっけか?」


「はい、お初にお目にかかります。シェリオ伯爵さま」


 シェリオ伯爵は蒼い髪を持つ背の高い細身の青年だった。耳には大きなピアスも光る。

 一見チャラそうだが、異性にモテそうな感じにも見えた。


 昨日作った名刺を丁寧に差し出すと、彼は少し見た後、指でピッと弾いてきた。

 見事、こちらのオデコにコツンと返された形となった。


 用件を改めて伝えると、シェリオ伯爵はニヤリと笑った。



「二次元萌えってやつだな? 中身は厨二か!?」


「……は? はぁ……」


 彼は私に向かって身を乗り出し、覗き込んで来た。



「いや、アイツ人形だぞ? 知っているよな?」


「アンドロイドとは伺っておりますが……」


 少しイラっとしたが、お願いするのはコチラだし、相手は貴族様なので出来るだけニコニコするよう努めていた。

 ……なんだか、ゲームじゃなくて会社に来ているみたいだなぁ。



「まぁ、人形のことはくれてやってもいい。移籍金なども要らん」


「はぁ……」


 彼は紅茶を一口飲み、話を続けた。



「条件があるのだよ、二次元萌えの熊帽子君!」


「どのような条件でしょうか?」


 シェリオ伯爵は彼の幕僚を呼んだ。

 部屋に入ってきた幕僚は、小さな女の子といった風貌で、名前をシオンというらしい。


 そして、そのシオンさんから提案と、それに対する細かい説明を受けた。



「その、クランというものに入れと?」


「はい」


 生真面目そうなシオンさんは、一旦白い髪をかき上げながらそう言った。


 この世界でクランに入るというのは、我々の世界でチームに入るという行為に近いらしい。

 しかし、実際は麾下に入るということであり、いわゆる部下になるということだ。


 ただ、シェリオ伯爵自体もカリバーン帝国という大きなクランの一員であり、帝国に対し大きな税を納めることで爵位や地位を得ていた。

 まぁ、私はさらにその孫請けをする形を要望されたのだ。


 また、戦役ともなればシェリオ伯爵が帝国に籍を置いている間は、彼の指揮下で戦うことになる。

 普通だったら、こんなメンドくさそうな上司は御免だ。

 

 しかし、クリームヒルト様の件で来ているんだよなぁ……。

 

 こちらが迷っているのを察したのか、彼女は追加の提案をしてきた。



「クラン加入の見返りに、この惑星を完全譲渡いたしますわ」


「ほう……」


 渡された資料を読むと、このマールボロ星系の隣のエールパ星系にある、惑星リーリヤをくれるというのだった。

 緑が豊かな、自然が美しく、水も豊かで資源が豊富な惑星……本当か!?



「で、条件は?」


「その星から上がる税金の50%でどうでしょうか?」


 ……50%かぁ? 高いのかな? いや、高すぎるよね?



「10%でどうでしょう?」


「10%!?」


 シオンさんの顔が硬直する。

 彼女には意外かもしれないが、むしろ10%でも高いですよね?



「まぁ待て、来たる戦役の為に一人でも麾下の者は欲しいじゃないか? なぁ……シオン?」


「しかし……」


 話を遮るシェリオ伯爵にシオンさんは小声で耳打ちする。

 どうやら、恒星マールボロに建設中のダイソン球の建設費が予想よりかかっているみたいな話が聞こえてくる。

 不満そうなシオンさんの肩を抱き、シェリオ伯爵が優しく宥めにかかる。



「二次元萌えの厨二の熊帽子被りに、そこまで求めるのは如何なモノかな? シオン?」


「お師匠様がそうおっしゃるなら……」


 伯爵さまとシオンさんは、師弟関係なのかな?


 ちなみに私の経験だと、ネットゲームでの師弟関係はドロドロしすぎる。古参ユーザーが新しいユーザーに弟子の立場を強要するからだ。

 レベルが低くゲーム内通貨がないので立場上逆らえない。しかもいったん形成された歪な関係が長く続く傾向がある。セクハラも多いらしい。


 私の頭の上の熊帽子の耳がピクピク動いていたように感じた。

 ひょっとして私の代わりに怒ってくれているのかな?



 結局、税収の10%をカリバーン帝国の通貨にてシェリオ伯爵に収めることで条件の一致を見た。

 私は見慣れた超ウザイ師弟関係を見せつけられウンザリし、疲れてホテルに一直線に向かった。




――翌日。



「おはようございます! 旦那様!」

「艦長! おはようポコ!」




 美しく嬉しい景色だ。

 ここへきてやはり良かった。

 しかも、旦那様呼びキター!?

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