めぐる世界のその先で
みたらし男子
プロローグ 『同じ朝、始まりの朝』
その少女にとって朝とは、死を意味するものであった。
聞き慣れた小鳥の
「…そっか。私、また助けられなかったんだ」
感情を伴わない少女の声が、
もういっそのこと諦めてしまえば、どれだけ楽になれたのだろう。そんな考えが頭を過ぎったのは、持ち得る指の数じゃ足りなかった。だがその度に、逃げた後に一番苦しむのは自分なのだと分かってしまって、少女は虚構のような現実から目を背けられない。
「じゃあ…じゃあ一体どうすれば良いって言うの!!」
今度は、走る激情に任せただけの言葉が乱暴に振りかざされる。
溢れそうになる涙を両の手で覆い隠せば、代わりに零れるのは思い出したくもない悲惨な結末だ。
あの景色がフラッシュバックする度、少女は無力感と絶望感に襲われる。
もう、どうしようもないのだろうか。自分如きの力では、未来を変えることは叶わないのだろうか。
「 起きてますの?」
ふいに聞こえたのは、少女の名を呼ぶどこまでも透き通った声だ。
そしてこの声の持ち主こそ、少女が戦う理由の一つでもある。
彼女を―――そして彼を救う為に、少女は立ち上がり、歩き、その先へ進まなければならない。酷く脆弱な意思を、薄い殻で何層にも重ねることで己を誤魔化しながら。
「…えぇ。起きていますよ」
「良かった…。なんだか大きな音がしたようでしたから…」
「いえ…大丈夫です。心配には及びませんから、どうぞお気になさらず」
目を開けて、世界を覗く。
眩いだけの光に、出迎えられる。
「―――おはようございます。お姉様」
―――こうして、少女の今日が始まる。
あの悪夢を再演しない為に、新しい明日を迎える為に。
これからも、少女の大切な人を守る物語は続くのだ。
*
その少女にとって朝とは、生を意味するものであった。
自分の意思とは関係なく、否応なく照り付ける朝日の温度を確かめて、少女は無意味な生の延長を悟る。
「あぁ…私は、まだ生きてるのか」
もういっそのこと死んでしまえば、どれだけ楽になれたのだろう。そんな考えが頭を過ぎったのは、きっと何百では済まない数だ。だが自殺すらも遂げられない己の意思の弱さに嫌気が差した少女は、その度に独りで泣いていた。
やけに上質なベッドから身を起こすと、柔らかい布同士の擦れる音が無駄に広い部屋の中に響き渡る。
「―――」
相変わらず、世界は静けさばかりがある。
景色は色を持たず、人は愛を持たない。本当につまらない、退屈な世界だ。
「―――誰?」
ふいに耳を打ったのは、ドアをノックする音だ。
久しく耳にしていなかった音への返事として、少女は扉の向こうにいるであろう人物に短く問いかける。
ここを訪れる者など人違いか、或いは余程の物好きしか存在しないはずだが、果たして
「お早う御座います、お嬢様。お目覚めのところ失礼ですが、お客様がお見えです。どうか、ご対応を」
「…私に客? 冗談でしょう。人違いではなくて?」
「お客様のご指名に間違いは御座いません。今は応接間でお待ちしてもらっています」
「信じらんない。……はぁ、分かったわ。準備が出来次第向かうからって伝えといてちょうだい」
「かしこまりました」
扉越しに、形式的な立場を弁えたやり取りが交わされる。最低限の会話が終わると、扉の向こうで侍女が恭しく頭を下げた気配がしたが、その礼節も鼻につく。
「こんな朝早くなのも意味わかんない。話が始まる前にさっさと引き取らせてやる」
どうやら侍女の言う客人とやらこそが余程の物好きだったらしい。だが、一体どんな用事であったとしても、少女には全くどうでもいいことだった。全てを諦め、錆び付いてしまった少女の心はもう暫く動いていない。どうせ今回の話も、少女にとっては聞くにも値しない、無価値なものでしかないに決まっている。と、この時までは思っていた。
―――そう、思っていたのだ。
だから、この予期せぬ客人の来訪が、少女の運命を大きく変えることになるとは本人を含めて誰も予想していなかった。ただ、一人だけを除いて。
「あぁ、醜い醜い人の子よ。神託を以て、貴女の退屈な世界に終焉を
長らく止まっていた歯車が、明確な音を立てて回り出す。
ここから、少女の大切な人を殺める為の物語が始まるのだ。
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