不是故郷人

もけ太郎

金樽美酒千人血

 クラブの暗がりで、ペー視覚拡張眼球オーグアイが微かな琥珀色の光を放っている。働きバチのように忙しなく視線を動かし、雑踏をスキャンするたび瞳孔が収縮する。結果はリアルタイムでこちらの視覚上にも共有され、次々と人混みの中に赤くハイライトされたシルエットが浮かび上がってくる。


「ハ、トーシロばっかり。脅威分析機スレットスキャナなしでもバレバレだっての」


確かに、強調表示されている人物は一様に背広姿だった。絶えず視線を泳がせているし、なにかに備えるように拳を握り込んでいる。バルコニーにいる野郎なんかは、常に手をジャケットの内側に突っ込んでいた。こういう「場馴れ」していない連中は、インプラントの力を借りずとも直感で見分けることができる。


「どうやら一見さんらしい」


「これで全員か?チー、確認してくれ」


八は眼球のスキャン機能を切る。光を放っていた琥珀色のリングが消え、面白みのない灰色の瞳に戻った。


 クラブの中を肉眼で見渡す。


実にさまざまな人間がいる。


若い男。若い女。老いた男に、男女の区別がつけられない奴。それにときどき、背広ども。


 この街にはいろんな人間が集まる。ゴミ溜めだと知らずに飛び込んできた連中が大半で、結局はみずから好んで入り込んだゴミの山から抜け出そうと必死になるのだ。それでも極たまに一山当てる幸運な奴がいて、残りはそのおこぼれにあずかる奴とそいつを引きずり降ろそうとする奴に分かれる。この二種類のうち後者の人間を「抹消」するのが、今回与えられた仕事だった。


 ふと、目の前を通り過ぎた体格のいい男に目が留まった。


なにかがおかしい。


すぐに視覚逆行プレイバック機能を起動して、例の男が視界に移った瞬間を見直す。


静かすぎる。


2mは超えるような相当に大柄の人間で、どれだけ慎重に歩いても足音のひとつやふたつ立てないはずはない。


それに足跡も異常だった。


カーペットの毛脚がぺしゃんこになっている。


いくら体格がよくても、ここまで重いのはありえない。


西安先端技術公司エックス全身義体トータルボディか。


隣で呑気にひまわりの種を食っている八を肘で小突く。彼は殻を灰皿に勢いよく吐き出して、こっちに耳を寄せてきた。


「なんだよ、わざわざ口で言うことか」


「さっき目の前を通った筋肉ダルマ」


「ああ、タイプか?」


「バカ言え、あいつはエックス製の軍用ミルグレードだぞ。傍受されるのはごめんだ」


「マジかよ」


「だからひまわりはやめろって言ってるんだ。周りが見えなくなる」


「そりゃキツいよ」


 その時、八の瞳孔が一瞬琥珀色に発光した。


「お出ましだぜ」


お付きの背広を従えて入ってきたのは、紛れもなく今回の標的。この小太りの中年が狙われる理由は知らないが、クライアントを怒らせたのは間違いない。おおかた断りなく商売でもしたのだろうが。


「どうする?軍用相手はさすがに手こずるぜ」


ひまわりの種を口に含む。これを食っている間なら、二人してうつむきながら口元が動いていても怪しまれにくい。


「お前が超頻オーバークロックすればいい話だろう」


「クソ、あれやったらメチャクチャ頭痛くなるの知ってて言ってるのかよ」


「当たり前だ」


「サド野郎が」


「言えたクチじゃない」


八はまた殻を吐き出し、次の一粒に噛みつく。


「ネクタイに色入りのメガネって、それっぽすぎるよな」


「それっぽい?」


戦前ムカシの映画によくあるだろ?色メガネで小太りの悪人とかさ」


「確かに」


「マシンガンでバリバリ撃たれてよ、赤ペンキみたいな血しぶきが飛び散るんだ」


八の目が深い紅に変わり、共有視覚上のターゲットに番号が振られていく。一番から九番まで振り分けられ、九番目は小太り中年になった。彼は殺戮が始まるや逃げ出すだろうが、この人混みでは闘争も逃走も容易ではない。例のマッチョの頭上にはドクロの印が躍っていた。「俺の獲物だ」を意味する八お得意のマーカーだ。


「撃たれてもなかなか倒れなかったりしてな。ひでえ大根芝居で」


「ああ」


「俺がてこずってたら手伝ってくれよ」


「そんなに弱くないだろう」


八は口の端を吊り上げながら殻を吐き出す。真似をして飛ばそうとしたものの、狙いを外して欠片は床に落ちた。


一番から九番まで最速で殺せる経路を何度も頭の中でシミュレーションする。何本もの線が現在地から伸びていき、少しずつ収束していく。最適解が定まった瞬間、隠していた単分子刀モノブレードを抜いた。鞘走った刀身のわずかな反射光に反応して、件の軍用男が突っ込んでくる。


「任せた」


「おう」

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