ボードゲームの逢瀬
シーペップ
第1話 サロンの盤
セシーリア・チェルト・リューラックは小国リューラック王国の第3王女だった。
コークスア大陸の一国であるリューラック王国はその大陸内でも歴史が長く、大国に挟まれながらも緩衝材の役割を果たすかのように位置している。その大陸には各国の王子や王女、有力商人や有力貴族の子息までが青春時代を過ごす“スコリオ”と呼ばれる学校島が存在していた。
彼らは14歳になると大陸が囲うように広がっている海、コークスア湾に浮かぶ”スコリオ”へと向かうのだ。16歳のセシーリアも多分に漏れずスコリオに在籍している。
スコリオでは暗黙の了解として互いの国や身分を明かしてはいけないことになっている。国力で格差が生まれないようにという配慮と、為政者になるならば十分な教育は施されるべきであるというモットーのもとにあった。なかには平民だが一般からの試験で入学して特待生として通っている人もいる。もちろん、周りはそれが誰だかわからないが。
だから生徒たちはすべからくラストネームを隠していて、仮面を張り付けて生活しているのだ。
もちろんセシーリアも自らが王女であることは隠しているため、『セシーリア・チェルト』がフルネームであるかのように扱われているのである。
スコリオでは一般教養である語学や歴史をはじめ、女子は淑女としての教育を、男子は人の上に立つための教育を施される。当時の大陸において身分の高い女性は国の道具として使われることが普通だったこともあり、よりよい貴婦人になるための教育がなされていた。その根底にあるのは男女の役割は分かれているという考え方だった。だから体術や兵学などは男子しか学べなかった。
しかし、セシーリアは専ら兵学を好んだ。
・・・・・
この本を読めば図書館にある兵学の本はすべて読み切ってしまう…。
そんな達成感とこれ以上本がないという悲しさとが入りまじりながらセシーリアは自室へ足を向けていた。
この学校の図書館は大きい。大きいのに、そのくせに、その割に兵学の本は少ない。セシーリアが2日に1冊読んで2年少しで読み切れるくらい。小さいため息をいくつも吐きながら廊下を歩く。中庭に面した窓から鳥が不思議そうにこちらを眺めていた。
自室のドアに手をかけると部屋の中からは明らかに女子とは思えない、低い声が聞こえる。ここは女子寮、男子禁制、おいおいどういうことだ。
眉をひそめてドアの前で何面相かしてみる。この場合どうするべきか。相部屋の5年生の先輩は優しかったし、今までよくしてもらったからお邪魔だったなら引き上げたいけれど、いやまて私だってこの本を読みたい。第一私の部屋でもあるし。もしかしたら少し声の低い女子かもしれない。一度ドアを開けてみよう、そうしよう。
少し悩んだ末にそーっとドアを開けてみる。
少し開けたドアの隙間。覗いてみるとばちり、と灰色の髪のイケメンと目が合ってしまった。
セシーリアはそーっとドアを閉めた。
一瞬しか見ていないけど、そのイケメンと先輩はいちゃいちゃしていて、ドア越しに聞こえる会話は胸焼けするくらい甘かった。吐きそう。コーヒー飲みたい。
そのイケメンは有名な人だったような気がする。とにかく有名なのは知っている。でも名前は知らない。確か同学年で、所謂プレイボーイというやつらしい。遊んでいる女子たちと体の関係を持っているのかどうかは知らないが、とにかく女子がきゃいきゃいしているのは知っている。
かのイケメンのせいで自室ではこの本が読めないので、サロンで読むしかなくなった。ここは男子寮と女子寮を繋いでいるところで、テーブルゲームやらソファやらが置いてあって、だいたいいつもがやがやしている。がやがやした中で本を読むのは苦手なので、入学してからあまりサロンに行くこともなかったがここは仕方ない。
苦手なサロンにいてでも本は読みたいのである。
あいている席はないかと広いサロン中を歩き回っていると、
対戦できるよう椅子が向かい合わせにおいてあって、古い閣盤の横にはきれいに駒が並べてあった。懐かしさに胸が躍る。
軍閣は皇、3つの将軍、一つの将軍当たり5つの歩兵の計19個の駒を動かす、大陸内の伝統的なボードゲームのことだ。10×10のマスの中で駒を移動させる。各陣のはじめの並べ方は自由で、将軍を2つ以上討ち取り、敵の敷いた陣をすべて回収したうえで皇をとれば勝利、というものだ。脳みそを使うゲームなので、盛り上がりに欠けることから若者への人気はあまりなく、王族や貴族子息などが兵学教育の一環として嗜む程度。
それでも幼いころから国の軍師であった祖父に兵学を叩き込まれていたセシーリアは、王国にいるときはきょうだいや騎士たちを相手に毎日のように軍閣をしていた。
大好きだった。
閣盤の席に着いてみると向かいには意志を持って駒がずらりと並べられていて、対して自分のほうには盤の下に駒が置いてあるだけ。よくよく見ると敵陣の駒がひとつだけ動かされていた。
ほう。
誰かからの挑戦状か、受けてやろう。なんだか楽しくなってきて思わず顔がほころぶ。入学して以来全くやっていなかった軍閣に、やる相手のいなかった軍閣に、再び足を突っ込めることが嬉しくてしょうがなかった。淑女教育なんてくそくらえ。
必要だとは思うけれど女子にだって勉強したいことくらいある。
セシーリアはあれほど楽しみにしていた兵学の本を後回しにして、自陣をせっせと練り始めたのだった。
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