斧落とし-1

 時化が止んだ夜の事。まだ空は曇っている。オーバーカムのマストの上で、通信機とブランケットを持ってお茶を飲んでいた。あの時、光隆と帰りのスロープカーで飲みたかったものであった。

 一同は長崎市中の散策で疲弊していたのか、はたまたメイド長のドライブテクニックで余計に疲弊したのか、全員船内で身体を休めている。


 寝静まった船の上、さざなみの音しか聞こえぬその少女の耳に、ノイズが走ってゆく。


 都姫「光音」

 光音「都姫さん?」

 都姫「景治ちゃんから貰ったって聞いたからさ、光音ちゃんも?」

 光音「そ、そうです」


………


 光音「都姫さんの所にゴトランド級ライラック艦のトレ・クロノールが?」

 都姫「何か…海護財団所有じゃ条約とか色々縛られてるみたいで、大量破壊兵器だから。でもこんな話テロ等準備罪になりそうで怖いから、表には出してないしこのアローリンクと言う弓張重工直営の衛星通信回線でしか話せないわ。」


 まず、どこから突っ込めば良いだろう。(実質)軍事組織である海護財団の兵器を民間企業が保有するなど。それはエクセター級の一隻を持っていると聞いた時から光音の脳裏にあった疑問であった。

 次に電子機器が魔力により阻害され使えない筈のオーバーカム船内で、何故アローリンクを使えるのか。これは単純で、魔導回路接続改修の際に艦橋を外していて「これは私の身体ではなく帽子だ、私がそう判断した。」と魔導回路が誤解しているからとの事だ。


 光音「にしても、この…姉さんから渡された通信装置の、何でしたっけ?」

 都姫「アローリンクね。第二次大祖国戦争の直前に商業運用を始めた全世界規模の通信システム。今となっては何機か破壊されても、即座に“たいほう”の同型艦で打ち上げて復旧できるの。」


 光音「ちょっと待って色々追いつかない」

 都姫「まぁ、海護財団もこの回線使ってるからある種海護財団の生殺与奪権を私が握ってる感じ。アローリンクには商用、海護財団用、そして秘匿回線の3つがあるの。いま貴方が話してるのは…」

 光音「まさか…」

 都姫「秘匿回線よ」

 光音「一周回ってそっちですか?商用とか言い出す方向かなって思ったけど…」


 都姫「光音ちゃんは景治ちゃんのおかげで守られてるんだから、茨の旅路を行かずにダリアの花園でお茶会をまたしましょう。」

 光音「示現流免許皆伝の貴方に言われたくない。焼酎は都姫さんの性に合わないから、知覧茶でのお茶会ならよくってよ。」

 都姫「ふふっ、いつでも待ってる。今度は私も屋根の上からかけようかしら。」


 淑女か少女か、はたまた師弟か。二人の対談は宇宙をみて行われていた。そして本当の姉が、自分にかけた“祝福”がこの先大いなる何かをもたらすのだろう。

 都姫には、そんな予感があった。


………


 所変わって海護財団。この日の夜、キマイラオートに関する解析がひと段落した時のこと。


 雲仙要「お疲れ様です。在斗先輩、真澄先輩。」


 滝川在斗「要か、君も疲れてるだろうに。」

 雲野真澄「ここは素直に受け取ったらとうだ?要くんも座ってよ」


 海護財団のCDC(軍艦のCICを拡大したような統合指揮所)勤めの雲仙要も、実は科学技術本部のソフトウェア開発エンジニアなのだ。

 そんな彼はまだ4月に入ったばかりの新入り。しかし高校生の頃から「TKSN兄貴」として在野で名を上げていたエンジニアだった。

 そして気配りも良くできる、彼らは科学技術本部の先輩方にカフェラテを持ってきたのだ。


 在斗「どうだ、お前の研究の方は」

 要「後3ヶ月はあれば実用段階に漕ぎ出せるかなと。先輩方は?」

 真澄「俺らは技術実証機が乗っ取られて、色々と大変だったんだ。」

 在斗「真澄が乗っててよかった。」

 真澄「俺らけじゃない。弓張興一科学技術副本部長のお弟子さん達が本当によくやってくれたよ。あの時何か雷撃まで喰らっててさ…」

 要「な、何があったと言うんべか…と言うか興一先輩のお弟子さん?」

 真澄「能力術学校の準備室が出来てて、今オーバーカム号を臨時の教室にしているよ。」


 要は物思いに耽る。殺風景な研究室に唯一の彩りを与える、根釧(こんせん)大地風景画を見ながら。


 在斗「そういえばそうだったな、お前の弟さん…」

 要「自慢の弟です。口は悪いし在斗先輩より不器用だけど、12でもう准将になってオホーツク方面の防衛を任されてるんですから。」


 海護財団第8遠征打撃群、彼の弟さんが率いている艦隊の名前だ。母港は北海道西部の特徴的な弧線を描く形状を作っている内浦湾(胆振湾カルデラ)の入り口に作られたメガフロート「カムイ・イタンキ」。


 要「直訳すると「土地神様の椀(うつわ)」と言う意味なんですよね…何でそんな名前を本部はつけたんですかね?」

 在斗「いや…知らん。そう言えば興一さんがあのフロートの建造に一枚噛んでたな」

 真澄「その彼は、恙事変を経て少将になったそうだよ」

 要「先輩…やっぱりあの件許されてないんですかね、中将に戻れないって」


………


 海護財団本部から北北西に丁度365km離れた白根山の山腹にある草津。ゴルフ場に置かれた捜査本部では諫早陸唯達が旧帝国陸軍97式中戦車で破壊した魔力源の調査が行われていた。


 成茂「まぁたここに来てしまったぜ」

 秀喜「良いんじゃねえか、終わったら貸切温泉だからな。なぁボン」


 ボンと呼ばれた少年はこの町で育った少年、小佐々進矢。何ら特殊能力を持たない彼だが、町を守りたい一心で海護財団に協力を申し出て、結果として相浦掛瑠を呪いから掬い上げ反社会的組織の一つを壊滅させることが出来たのだ。


 進矢「ところでこれが、件の魔力源なんですか。ただ池をあばら屋で塞いだのが風で倒壊しただけに見えるのですが…」

 秀喜「お前さんの友達がやったんだよ。ですよね、エージェント・カーネリアン」

 仮面の少女→カーネリアン「そうね。少年少女達はよくやってくれたわ。貴方もこの町を守れたのだから、誇って良いのよ。」

 進矢「それは、ありがたい事なんですが…」


 彼はすこしどもっていた。非公認ではあるものの、草津を愛する彼にはある責務があった。


 進矢「この件、どこまで公表すべきですかね?」

 カーネリアン「大佐位の権限ある私から言わせてもらうわ。魔力源とかキマイラオートとか言ったら陰謀論チャンネルになったのかとか言われそうだから、反社会勢力が地上げしようとして暴れたとしたらいいと思う。」

 成茂「動機とか考えたらそれが事実じゃねぇか。やり方はヤバいが。」

 カーネリアン「それに6月に草津町や群馬県から公式の調査結果が公表される、それに合わせての公表でいいと思う。それはさておき…」


 カーネリアンはコルベットの磁力で連行され、まな板の上の鯉の様な存在を睨み付ける。


 カーネリアン「あいつで全部か…キマイラオートの話をしよう、樒果さんによれば魔力で変異させられた牛や豚などの家畜。それに人が乗って指揮をしたり戦うのがキマイラマトン。可哀想な戦闘用の奴隷である事は間違いないのだけど。」

 進矢「ですがこの草津を襲った敵です、そしてこいつを誰がばら撒いてるかが問題です。」


 少し考える。捕虜となった海賊からも、船や武器を流した連中の個人名は分かるし何度も謙虚されてきた。しかしこのような事が繰り返される為、イタチゴッコの状態であった。


 カーネリアン「光隆君を拉致ったとか言う連中のキマイラマトン、弓張メイド隊が回収する前に回収されてたそうよ。」

 進矢「つまり…光隆の近くに敵が居るってコト?」


 カーネリアン「そう。だけど話を戻させてもらうと、売人の共通点としてトゲトゲした模様の刺青を肩にしているのは分かっている。」

 進矢「それ、見せてください」


 カーネリアンは捕虜の写真を見せる。屈強な男やしおれた老人など、売人達に共通点は見られない。しかし…


 進矢「まるでこの模様は…栗ですね」

 カーネリアン「貴方もそう思うか…そう言えば彼らに尋問した際に「サフィールは捕まったのか?」と執拗に問われてたのだけど…」

 進矢「サフィール?」

 カーネリアン「あら、ご存知ないかな?取り敢えず君の知った事全てを弓張興一に話しなさい。合流はいつになりそう?」

 進矢「戻って来たからにはバックナンバーをたくさん作る必要があります。早くて2週間後になるかなと。所でサフィールって誰なんですか?」

 秀喜「おいボン、それは…(財団の凄腕エージェントか何かだろうしカーネリアンさんも言わへんやろ)」

 カーネリアン「サファイア色の瞳を持つ怪物、フランス語ではサファイアはサフィールと言うの。波間に棲み海賊船やクジラやサメを沈めている存在。捕虜からはそう呼ばれているから倣った。」

 秀喜「(こいつ躊躇なく教えた!?)」

 成茂「えとな、米軍や日本国防軍もそいつの正体を追ってるらしいが手掛かりと言う手がかりのない。海の悪魔なのかもしれねぇな。」


 この手の話はセイレーンやカリブディス、海坊主やクラーケンに代表される様に、各地に存在する。その一つとして、この先サフィールが語られる事になるのだろうか。


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