囚われに念仏-1


 景治「このままではレトキが君たち諸共滅ぼすからだ」


 光隆・掛瑠・賢三「え…?」


 険悪な雰囲気になったLA15のラウンジに、景治の声が響く。横には光音と有理、イズナと澪と興一が立っていた。


 景治「四人にはさっき伝えたが、レトキシラーデの目的は我々を滅ぼす事にある。その為にエネルギーを蓄えている。」


 都姫「興一くんもみんなを巻き込む事に反対はしたさ、でも彼らがレトキの猛攻から生き抜く為の強さを叩き込んでほしいと最終的に判断した。レトキの侵攻に乗じて復活した恙を止める作戦に君たちを参加させる事になった。」

 賢三「レベリングか?」

 都姫「端的に言うと…だから、興一くんはあんな身体になったの。」


………


 カリブディスに戻った二人は命令書と要綱を読み合わせていた。


 有理「聞いていたよ。私も光音も平戸の血は少し引いているみたいなんだけど、敷島松浦氏って記録に無いらしいね」

 掛瑠「そこが今、とても悩んでる所よ…別の氏として記されているのか、何なのか。そしてライラック艦隊が古代兵器らしいって事も…」

 有理「それよりも、私は光隆の言ってる事件覚えてないけど掛ちゃんは?」

 掛瑠「いや…ない。大事件なんだからニュースになってるだろうと、色々漁ってたけど見当たらない。情報操作か…それとも」

 有理「それとも?」


 掛瑠「…それよりも、例の件が本当なんだとしたら死にに行くようなものだよ。どうしよう…」

 有理「いや言えよ!」

 掛瑠「いやでも…」

 有理「まぁ、そうよね…興一さんが居るにしても、死ぬかもなんだよね。」


 死への恐怖、それは戦地に赴く人間には誰もが持っている。人類史を見ればそれは思いの外すぐ側にあり、人々を守る力が今の我々の「当然の日常」を護っているのだ。


 光音「光隆は死ぬってどう思うの?」

 光隆「藪から棒にどうした?」

 光音「いや…さ、賢三さんと喧嘩した時に色々言ってたじゃん」

 光隆「聞いてたのか?」

 光音「景治姉さんと興一さんから説明を受ける時、二人は賢三さんと居たから後回しにして私だけ聞いてたの。」

 光隆「そっか…」


 ひとつ、ため息を付いた。そして緑茶をすこし飲んだ後、光隆は少し海を眺めた。


 光隆「海の中でカツオノエボシに刺されたり、サメに襲われたら死ぬ。そうじゃなくても交通事故とか、地震とかで死ぬ。いや、階段から転げ落ちたりしただけでも死ぬ。すぐ側で待っているんだ、死は。」


 光音「じゃあ、何で光隆はあの時背負うって言ってくれたの?自分が死ぬかもしれなかったのに」

 光隆「友達が、親友が、死ぬのは嫌だから。目の前でも、そうじゃなくても。だから俺の力で守れるなら守りたいし、守れる様になる為に興一さんの所に来た。だから戦うよ、恙ってやつとも、レトキシラーデとも。」

 光音「光隆…」


……………

……


 海護財団、奈留島観測所(支局)。辛うじてヘリコプターが2台停まれるこの場所は、かつて学校だった様で周囲には生々しい被災の爪痕が残る。

 2046年5月10日、この場所に一機のVTOL機が降り立った。


 光音「ここが…奈留島」

 光隆「ここにも、人がいたのに…」

 澪「ちょうどこの場所で、私たちは日常を過ごした…いつまでも続くはずだった」

 賢三「久々の墓参り、総司令の粋な計らいに感謝しないとだな」


 昼下がり、二つの山に挟まれた集落跡に暖かい風が吹いていた。それは戦に巻き込まれた人々を、慰めている様に思えた。

 お骨すら残らない、突然の襲来。観測所に作られた慰霊碑に、賢三は花束を捧げ祈る。


 掛瑠にはその行為が、意味のある行動だと思えなかった。その様な行動を取ったところで死者に思いは伝わらない、ただの自己満足だろうと。その為だけに、こんな悲しい場所に…敵の目の前に来るのは理解できなかった。


 有理「不満なの?」

 掛瑠「お城に行けるからいい。東洋の大海賊、王直とも会ってたのかな…」

 有理「さあね、と言うか海事史にも興味あるの?」

 掛瑠「そりゃ…うん」

 有理「ならば分かると思うけどねぇ…」


 北に獰猛な総旗艦級、南には問題の島。LA15からVTOLを用いてこの島に上陸したのがわかる。


 光隆「そう言えば、海護財団に支部があるのは分かるんだが支局ってなんだ?」

 光音「警察に例えたらいいと思う。海護財団本部が警視庁や警察庁、欧州とかの探題が各県警本部、支部は警察署、支局は交番だって。」

 光隆「なるほど…?」

 

 その頃、山城を登っていた掛瑠と有理。先ほどまでいた谷底は、今はもうちょっとした草原が広がっていた。しかし…


 有理「掛瑠…あれ」

 掛瑠「え…わ、わぁ…」


 有理と掛瑠は山城の探索を中止、急いでその場を去る。

 十分くらい経って、各々探索から帰って来た。VTOLが飛び立ち無人になった島には再び静寂が訪れた。


…………


 佐世保江迎支部に戻ってくる頃には、日が暮れ九十九島の海に月が浮かんでいた。


 チョウナ「伊号402が五島の沖に…」

 陸唯「なんだそれ?」

 チョウナ「潜水空母として爆撃機を3機搭載出来る、当時最大級の潜水艦だったの。」


 相変わらずのチョウナにいつもの事と息をつく陸唯だが、チョウナが珍しく緑色のお茶を飲んでいる事に気づいた。


 陸唯「それ緑茶か?」

 チョウナ「ううん、ツバキ茶。五島列島の特産なんだってさ。カンナが沢山買ってたから少し分けてもらったの。」


 少し時は遡る。海護財団の施設とは言え職員には家族が居る、お中元やお歳暮に困らないように施設の中にお土産コーナーが存在した。


 カンナ「何なんですのなんなんですの、このご当地グッツの数々は!」

 樒果「イギリスの親御さんに、君なら何を買って行く?」

 カンナ「これに決まりですわ!」

 カンナが差し出したのは椿油が塗ってあると言う扇子だった。


 樒果「残念、それは日本なら割とどこでも売ってるの。これとかどうかな?」


 そう言って持って来たのがこのツバキ茶だった。本来、ツバキは椿油として加工されるのが多いがお茶もツバキの仲間である事から、一部の地方ではお茶っ葉に使用されることもあるのだ。


 カンナ「サルビアのお茶…よく分かりませぬの」

 樒果「でもチャレンジしてみなよ、あと私はやっぱりこれかな」


………


 陸唯「お帰りぃ、敵情視察どうだった?」

 掛瑠「任務じゃない時に来たい景色でしたが、それを上書きする程に禍々しい物を感じました。」

 有理「無茶苦茶なものが蠢いてた、暫くご飯たべれないほどの…」


 そこに手にミトンを付け、何やらお皿とお茶を持った樒果が有理の後ろに現れた。


 有理「樒果さん…」

 樒果「まず食べなさい」

 有理「でも…」

 樒果「食べるのも戦う者の使命。気が動転して何も食べれない人に比べたら、震えながらでも食べる人は食べない人より生き残る確率が跳ね上がるんだから。」

 掛瑠「それ…もしかして」


 樒果「か ん こ ろ も ち」


 掛瑠に電流走る。かんころ餅とは五島列島で作られ続けて来た郷土料理であり、餅にサツマイモを練り込み作られる保存食である。

 まる餅であり、ひと口かじればさつま芋の風味がひろがるお菓子だ。この味、緑茶によく馴染む。


 LA15から降りた光隆と光音、セイファートで待機している景治とイズナにもかんころ餅を差し入れた様だ。


 都姫「また君かぁ、美味しいからいいのだけど」


 それは都姫さんにも届けられ、作戦の支度を続ける都姫の手頃なお弁当になっていた。


……………

……


 信之「掛瑠…さん?」

 掛瑠「信之さんどうしました?」

 信之「いや呼び捨てでいいんです、今はクラスメイトですし。」

 掛瑠「ならばそちらが敬語をやめてください」

 信之「…どうしてですか?」

 掛瑠「色々と…他人に敬語を使うのはいいけど、敬語で話されるのはそこまで慣れてないんです。」

 信之「そうで…なんだ。」


 たどたどしいタメ口、掛瑠はそう思った。

 彼が何故陸唯の件と言い助言しているのかと言えば、興一に「彼らに足りない部分に、君は気づいてしまったのか。ならば…頼む、彼らに友達として助言してあげてほしい」と言われたのがきっかけのことだった。


 掛瑠「はい…」

 信之「にしても僕ら、似てますね。どこかしら」

 掛瑠「むしろ真逆だと思いますよ。俺は交渉ごとは苦手ですし、要領悪いですし…それに比べ信之さんは仕事が出来て、頭の回転が早い。そして、温泉の主人さんにも大切にされていたし同僚も…俺にはそんな器、無いです。」


 信之「そんな事はないと思い…けどね。単純に僕は慣れているだけで、慣れれば君もそうなる。真面目だし、メモってるし」


 掛瑠「それだけですよ…真面目と言う鎧を、いや鎖を付けてないと自分が自分じゃなくなる。信之さん、貴方もその力には気を付けたほうがいいかもしれません。常に相手を能力で傷付けると言う選択肢が脳裏にこびり着き、付き纏います。」


 信之「僕の…力?」

 掛瑠「興一さんのお手伝いで、能力の形質を考察してるんです。信之さんの力は触れた相手の心を読むの他に、持った物や着飾ったものを最大限有効活用できる「何にでもなれる力」なのかもしれません。」


 自分にはここまでの洞察は無理だ、信之はそう感じた。自分は常に任されたタスクをこなし、それが恩返しになるからやってきた。

 しかし彼が何故自分を律して真面目な性格になったのか、全然分からなかった。


 信之「何で、そんなになれるの?」

 掛瑠「言えましたね…能力に関しては…」

 信之「違う、君は何故こんな感じのことをしてるの?何のリターンがあるの?」

 掛瑠「リターン…?」


 掛瑠は手に持っていた天然水を飲むと、少し考え込んだ後にふとこぼす。


 掛瑠「強いて言うなら、自分を縛り上げる為です。こう見えても、昔は大マヌケなクソッタレだったんです。運動会で自分が勝てないからと、校長に詰め寄ったこともありました」

 信之「え…?」

 掛瑠「忌々しい記憶です。周囲からも変わり者と貶されてきた、だから真面目になろうとした。その結果更に周囲との軋轢を生むことになり、取り返しのつかないことにもなった。」

 信之「そんな…家族は寿圭関連の話、知ってるの?」


 この二人は共に寿圭の被害者である、そして光隆に救われたと言う共通点があるが故の質問。


 掛瑠「例のババアの事ならば言わなかった。チャリで危険運転する中学生をスリップさせてリンチにされたとか…色々あったけど、言い訳は出来た。」

 信之「なんで?」

 掛瑠「薄々気づいてました。この裏にはなんか危険なのが居る、奴らにかかれば一自衛官とその家族を社会的に殺して路頭に迷わせる事は可能だったのでしょう。それが我々の共通の敵になり、倒せるだなんて思わなかったのですが。」

 信之「そう…」


 掛瑠「更に言えば、奴らの子供たちと抗争してた頃“コイツらと俺がやってる事が同じ、自分勝手を押し付けているだけ”と気付きました。真面目にしてた意味がこの時、自分は違うんだと言うアピールから自分を縛り付けるものに変わったのかもしれません。」

 信之「そんな、自分を縛り付ければ良いってもんじゃ…それに有理さんを寿圭の娘から守る為に矢面に立ったんですよね?」


 掛瑠「そうでもしなきゃ、過去の自分も今の自分も存在してはならない事になる。」

 信之「…!?」


 掛瑠「この問答を、自殺をもって凍結させようとしました。」

 信之「まさかそれが」

 掛瑠「そう、貴方の旅館で…そこで兄さんと有理に存在を肯定してくれた。でも存在しても、こうでもしないと過去の自分が呼び起こされる様で…」


 ペットボトルの残りを一気に飲み干す。ハンカチで口を拭くと、彼はペットボトルを握りつぶした。


 掛瑠「だから、こうなる経緯は真逆なんです。貴方は感謝という良い方向に、私は否定の方向に向かおうとした結果です。」

 信之「で…でも君は偉いですよ…一度諦めた事に対して、そうやって向き合えてこれたんですから。」

 掛瑠「その結果が今の中途半端なんだとしたら、貴方はこの発言にどう言った責任を取るんですか!」


 信之の美辞麗句の、もはやうわべだけの言葉に掛瑠は辟易してキレた。その内実互いの苦しみを理解する事は出来ないのに、同じと曰う。心が読めるくせに、そう掛瑠は思ってしまっていた。


 掛瑠「百歩譲って勉強は出来たとしても人間性に於いては、俺は0点どころかマイナスです。勉強をできてもいつ暴れ出すか分からないクソ野郎だなんて、本当は居ない方がいいんだ…」


 信之「そ…そんな、でも光隆さん達が」

 掛瑠「だからネガティブな方向しか向けないんです、許してください。そして俺のようにならないで下さい。」


 掛瑠はそう言い残すと、部屋へと戻って行ってしまった。夜更けに静まり返った談話室に、涙が凍ったものがバラバラに落ちていた。


 信之「片付けなきゃ…」

 有理「捨てるのならくれないかな?」


 突然、寝巻き姿の有理が信之の後方に立つ。今来たようだが信之の目と周囲の状況から掛瑠の涙であったと悟ったようだ。


 信之「え…ええ、良いですけどその代わり」


 信之は先程の掛瑠との話を有理に聞かせた。有理はまじめに、されど目に憤怒を浮かべて話を聞いた。


 有理「掛瑠は…元々優しい、そして臆病。だからこそ、かつて陸唯と所属してたサッカーチームの子にちょっかいかけられた時怖がった。」

 信之「サッカーやってたのですか?」

 有理「私もちょっとやってた、一年でやめちゃったけど」


 彼らの脚力であれば、思いの外容易だった。されど光隆とはまた別の理由で掛瑠と有理もサッカーができなかった。


 有理「私は難聴で、耳の機械が壊れちゃうから辞めた。これ高いの。それで掛瑠はすぐ体力切れを起こすから…それで馬鹿にされて、彼は優しいけど侮辱には流石にキレた。」

 信之「それで…あの行動に?」


 有理「そう。ある女子グループに、私が耳にこれ付けてるからとイジメられてた時も、掛瑠は根が真面目で優しいから庇ってくれた。みんなそれを、信じてくれなかったけど。」

 信之「ぼくは…信じます。能力が分からず怖かった、でもぼくを思って言ってくれたのは分かってる。それにしても、氷…溶けませんね」

 

 時間は10時半を過ぎて、カリブディスの船内は静まり返っていた。


 信之「じゃ、じゃあオーバーカムの自室に戻ります」

 有理「今日はありがとう。ひとつだけ掛瑠の涙、君のものにしていいから。それと、この時間帯外出なくてもこの船とあっちの船は橋で繋がってるから」


 そう言って、信之の手に掛瑠の涙を一つ置いて掛瑠の部屋へと駆けて行った。





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