不倶戴天の道なれや-1

 佐世保江迎支部は潜水引き込み式の地下港を備えてあり、諸々の施設(航空隊基地と通常動力艦専用港以外)が地下に埋まっている。


 光音「LA15、出てきて」


 圧縮空間筒からLA15が飛び出して来る。その艦容はまさに圧巻で、勇ましく見えた。


 光隆「ようやく、お前と自由に戦えるよ」

 興一「ただ、本当に危険な時以外はプロトゲイザーを撃つことは禁止。いいね?」

 光隆・光音「はい!」


 昨日の襲撃の際、成茂は第4波として艦艇を退避させる事となった為やる気満々だった。秀喜も、ノーザンプトン級の真価を見せることが出来る艦長として有名で昨晩もしっかりと指揮を取っていた。


 成茂「あぁ、これからも俺様は全力で敵を蹴散らすつもりでぃ!」

 興一「昇進パーティーを開催したい所だけど、戦局としてはこれが終わってからか…」

 秀喜「それより興一、お前の弟子にここの下のを説明したのか?」

 琴子「まさかしてないんですか?勿体ない」

 興一「勿体ない云々の話じゃないけど、あれ」

 成茂「何だよ水くせえな、まだここら辺の重力異常気にしてんのか?」

 秀喜「それに、自分の弱みも見せないと彼らに信用して貰えないぞ?」

 興一「…分かりました、諸々彼らに話します」


 少しして、樒果と都姫はリニア砲が大破したゆうぐもを見ていた。


 樒果「このダメージで戦場に出したのは私のミスだったかも。」

 都姫「主砲損壊の上、第三艦橋周囲の装甲が損傷。それ以外も思いの外ダメージが蓄積してる。換装の上オーバーホールをするなら、次の戦には間に合わない。」

 興一「致し方ないか…」


 その後方から樒果が近付く。


 樒果「興一の案と総司令、そして筑紫副司令の折衷案が通ったみたいね。重粒子砲艦隊構想、プロトゲイザー砲艦隊構想、そして興一が先生をやりながら遊撃部隊を率いろって…」

 興一「やはりか…昨日の試練はそれを見越して、景治総司令が仕込んだ。合ってる?」

 都姫「名目上、第三機動艦隊の復活。今の仕事をやりながら、興一くんも中将に返り咲く事が出来る。より広い裁量権を与えられる。それで良いと思うけど?」


 地下港からもその先に見える平戸島がみえていて、日の光を受けた木々がゆらめいていた。


………


 都姫「タンデムクロステストを開始します。」

 光音「LA15…あなたは…」

 光隆「俺達のものだ!」


 泰郎の母を取り戻した日の翌朝、LA15の運用試験を行った。彼らには翠色のオーラに包まれるもの、自我を失うことはなかった。


 光音「光隆?」

 光隆「心に…お前が…入って来る。光音、俺は武器使ったりレーダーやるから操縦は任せるぞ!」

 光音「う、うん!」

 光隆「何か安定した、行くぞ‼️」


 都姫「…コレで良いのよね[□□□]ちゃん」


 LA15の試験飛行が開始される。今回の航路は平戸島の外周を一周するだけであり、ある種遊覧飛行程度の事だった。


 光隆「あー面白かった」

 光音「もう正式な艦長だもん、私たち。」

 都姫「現状、個人所属の船って事かな。でも世間的にはライラック艦扱いだし実際中身はそう、扱うには充分気を付けてね。」

 光隆・光音「はい!」


 陸唯「光隆と光音がLA15を乗りこなせるんなら、俺たちは恙に余裕で勝てるな!」

 チョウナ「どっちが撃ってたの?かなり命中率高いじゃん」

 光隆「パンチやる感覚で撃ったら出来た」

 信之「これなら勝つる!」


 都姫「2人とも、そろそろ帰って来て。ブランチにしましょう」

 光隆・光音「了解!」


………


 第9遠征打撃群。筑紫双樹副司令が率いているこの艦隊は先日パプアニューギニアやミンダナオ島などを奪還していた。そんな艦隊が、里帰りするのに守ってくれると言うのだ。

 だと言うのに、指揮官の双樹は何故か佐世保まで赴いていた。


 双樹「セイファート級、何故あんな所にある?」


 驚くのも当然である。ライラック艦は地方艦隊には配備されておらず、専ら探題旗艦クラスか本部機動艦隊への少数配備となっている艦艇であるからだ。

 そんな艦艇が一つの支部に複数隻存在することがちゃんちゃらおかしい事なのだ。


 興一「双樹副司令、どうなさいましたか?」

 双樹「弓張准将これは奇遇で。いいでしょう、この船。」

 興一「副司令のご尽力の結果、ここまでの船を作ることが出来ました。お陰で痒い所に手が届きましたよ」


 双樹「適材適所のモットー、こればかりが正しいとも言えませんけどね。」

 興一「いえいえ、滅相もない。やはりブラックボックスは恐ろしいですからね」

 双樹「草創期の機動艦隊の旗艦としてアビリティア級が5隻退役したそうじゃないですか。その代替がこれで良かったのか、些か不安です。」


 興一「心配なら入りませんよ。自信持ってください、貴方が齎した存在を貴方が信じないでどうするのですか。弓張としても、信じているからジュピター改級の増産を打診しました。」

 双樹「もしかしたら、その通りかもしれない。」

 興一「備えあれば憂いなし。生徒にも、避難袋の用意を促しておりますので。ライラック艦も重粒子砲艦隊もそれです。」


 興一は双樹の底が見えない性格が苦手だった、何を考えているのか分からない相手はとにかくやり辛いと思った様だ。


………


  佐世保支部地下港にて、興一は改修されゆくゆうぐもを眺めていた。


 興一「いいんだ…これで。」


 アンニュイな表情で、彼はある一体のぬいぐるみを握りしめていた。

 古ぼけているが、内側に光を放つ何かがあった。見た目は童話に出てきそうなタヌキとウサギを足した、何とも可愛らしい存在で合った。


 興一「総司令だけではなく、僕の望みだ。お願いします、景治司令。」


 刹那、興一の身体から閃光が発生する。そして彼の姿が消えて、残されたのは服とリュックだけになった。


 都姫「あれ、あそこに興一くんが居た様な…ってなに…これ」


 都姫が駆け寄ると、許嫁の服の中で何かがうごめいてる状態であった。


 都姫「一体なにが…って、わぁ!」


 興一の失踪現場(?)に近寄ると、興一の持っていたぬいぐるみが飛び出してきた。


 都姫「トトスケ!?」


………


 有理「なにこれ」

 掛瑠「これは一体?」


 その頃、樒果に連れられた掛瑠と有理は弓張重工の本社ドックに来ていた。そこには短い全長の中でも少しの面積で航空機を運用出来るように四苦八苦した挙句に作られた様な、ちょっと意味分からなくなる船が存在した。


 樒果「我が科学技術本部が建造した重粒子砲実験艦を魔改造した…その名も「航空駆逐艦カリブディス」よ!」


 ギリシアのメッシーナ海峡の海の魔物・渦潮を神格化した荒神の名を冠するこの船はある種のヘリ空母とされる。

 パワーヒッターであるLA15ミライとトリックスターなオーバーカムに続く、無人機による偵察や撹乱、更に怪我人の輸送や遭難者の救出などサポートに重点が置かれた艦となる。


 掛瑠「無人機母艦か…操れるか不安です」

 有理「私無人機やるわ、だから掛ちゃんコントロールお願いね」

 掛瑠「えぇ…(困惑)」

 樒果「こりゃちょっと不味いかな…ってあれ、エンシェント?」


 隧道から浮上してくるエンシェントはLA15とカリブディス、オーバーカムが投錨する弓張重工スペースに横付けされた。


 陸唯「興一さんが失踪した!?」

 掛瑠「過労でしょうか…?」

 カンナ「おいたわしや…」

 チョウナ「オイたわし屋?」

 陸唯「違うだろ」

 チョウナ「にしても大丈夫なのか?」

 都姫「いや…失踪したと言うよりは、これ…」


 申し訳ない様な表情をしながら、都姫は抱えていた全高30cmある空色でタヌキとウサギを足したような見た目の、古ぼけたぬいぐるみだった。


 陸唯「こいつ…動くぞ」

 有理「まさか…この子が」

 都姫「そう…興一くんなの」

 トトスケ「(コクリ)」


 場が固まった。まさか自分たちの先生が、こんな姿になってしまうとは。

 場が固まっている所に光隆と光音が現れる。


 光隆「みんなどうしたんだ?」

 光音「あれ、そのぬいぐるみ」

 光隆「うわぁ動いた!」


 都姫の膝から、光隆の方へと飛びついた。


 光隆「お、おう…」

 光音「それでこれ、樒果さんの発明品か都姫さんの新製品?」

 都姫「いや…興一くん」


 光隆「え…まじで?」

 都姫「通話履歴を見たら、私が発見するつい一分前まで景治ちゃんと話していたみたい。」

 光音「姉さんが…!」


 陸唯「しっかし何で…こうなった?」

 光隆「…分からねぇ」

 光音「私、問い正さなきゃ…!」

 掛瑠「問い正すったって、どうやって?」

 

 そう言うと、光音はベンチからLA15に向かって走ろうとした。


 都姫「まって!」

 光音「え?」

 都姫「問い正す前に、少し一緒に話そう」

 光音「…分かりました」

 都姫「光隆、彼を頼める?」

 光隆「あ、あぁ…」


……………

……


  イズナ「カゲハール?」

 景治「どうした、イズナ?」

 イズナ「最近ずっと浮かない顔デス、折角ティータイムですのに。」

 景治「ううん、いいんだ。」

 イズナ「何を今度は悩んでるんデスカ?」


 ロイヤルミルクティーの味が、本当にしなかった。光音があの日、チェストをして来た。それは彼女の境遇を思うと当然だ、突然母と共に姿を眩ましたのだから。その母も、景治が総司令になってから半年後に失踪してしまった。


 景治「イミナを隠すべく松浦を名乗らざるをえなかったが、イミナなど捨ててしまいたかった。しかし先祖は高潔過ぎたんだ」

 イズナ「カゲハル…」

 景治「光音…どうしてぼくは、いやどうしてぼくなんだろう。」


 自分が彼女に嫌われている自覚はあるのに、それなのに何故かLA15を授けた。矛盾してる。

 光音を守るために海護財団総司令となり、世界ごと守り続けていたのだ。イズナが居るとは言え、本当に孤独な戦を続けている。


 大切な妹である光音、大切な幼なじみの光隆を安全な場所に置き続けたかった。でも、自分はなぜLA15を授けてしまったのだろうか。他人の感情には気付けるのに、自分の考えの矛盾に苦しんでいた。


 景治「目の前に見える風景も、いつからか色がない。イズナの瞳の色しか色を認識出来ない。」

 イズナ「冗談はよして欲しいデ…って、それって…?」


 イズナが何かに気づき始めたその瞬間、敷島メガフロートにけたたましく警報が鳴り響く。


………


 光音「都姫さん、一体どうしたんですか?」

 都姫「ちょっと世間話…かな、だいぶイラついてる様だから。」

 光音「世間話…って」

 都姫「余り、景治ちゃんのことを恨まないであげてほしい。今回の件も、景治ちゃんに頼まれたけど興一くんの意志でもある気がするの。」

 光音「だからと言って、何も言わずに出て行って、何も言わずに人をぬいぐるみに変えるようなとんでもないのよ、姉さんは!」


 話は平行線だった。光音は頭に血が上り、腰の剣に手をかけていた。


 都姫「示現流は一撃に全身全霊を…チェストの一つの解釈ね。私は貴方の師匠だけど、貴方には少なからず揺れがある。まだ、景治と言う姉を…諦め切れてないのでしょう?」

 光音「…!?」


 示現流、薩摩藩で成立した門外不出の剣道。猿叫を上げながら、一太刀で敵を叩き斬る。かの新撰組ですら恐れた存在であり、薩摩一太刀目は回避しろと厳命した程だった。


 そして示現流は基本的に男しか入れなかったがら彼女が免許皆伝となったのは彼女の師匠が亡くなった弟の代わりに特例で師範を務めたからだった。

 都姫は幼少期、その師匠から剣道を学び薩摩の極意を学んだ。だがその考えでは、周囲に自分も他の親しい人も誰も居なくなってしまうと恐れたのだ。


 都姫「今の考えに至ったのは、景治ちゃんのお陰なの。私の亡くなった父さんは、島津氏の一派の子孫だった。その父さんのおかげで師匠と会えたのだけど。」

 光音「今の私と、何か関係があるのですか?」


 都姫はようやく沸騰したお湯を急須に注ぐと、辺りに心地よい新茶の香りが広がった。


 都姫「薩摩の新茶よ、そうカッカしないで。」

 光音「分かりました…それで、何が言いたいのですか?」

 都姫「君は、結局景治ちゃんのことどう思ってるの?」


 光音は少し俯き、黙り込む。


 都姫「何も恥ずかしい事なんてない。でも言い出せないなら、私から先に言うよ。私も義理の妹である樒果とは割と色々あったの。薙刀を王水で溶かされた時は、家が半壊する程の大喧嘩をしちゃったよ…」

 光音「え…」


 都姫「でもね、翌日そんな樒果を変わり者だとかキチガイとか言ってた女子グループを、生死を彷徨う目に合わせてやったわ。」


 光音「ちょっと待って色々おかしいです。言語は日本語喋ってますけど、思考回路薩摩ですよね?」

 都姫「まぁ…当時はね」


  急須を回し、トクトクと湯呑み茶碗にお茶を注ぐ。この時代に珍しく、ちゃんと畑で育てられた新茶はこの上なく鮮やかな色をしていた。


 都姫「それで、君は景治ちゃんの事をどう考えてるの?」

 光音「わたしは…姉さんなんて、私から母さんを奪って母さんと共に消えたと思ったら…敷島に来いと唐突に言われた、身勝手で相手の都合を考えない人だと思ってます。」


 都姫「そうなんだね…」

 光音「でも、私…姉さんが頑張ってるのは、本当かなって思うんです。だってそうじゃないと私を敷島に呼んで興一さんの下で、みんなと学ぶ事にはならなかっただろうし。それに」

 都姫「それに?」


 光音「あの時“たいほう”を派遣したのは、景治姉さんだって樒果さんが言ってたんです。私を守るために、って。」

 都姫「家族は、そう言うものなんだろうね。例え嫌いになったとしても、お互いに完全に拒絶するのはできない。」


 光音は景治を本心では大事にしているのは確かであり、どうにか仲直りしたいと言う気持ちが少しでもあった事を悟った都姫。

 挙げた都姫の例え話は強烈極まりなかったが、それでも真摯に光音の気持ちを受け止めていることは確かであった。


 都姫「ごめん、でもあれから色々あって、景治ちゃんと話して、今の考えになったのだけどね…」

 光音「考え…?」

 都姫「「例え嘲笑われても、恥をかいても、そんな外野の戯言なんて気にするな。自分の大切な存在を守り抜け。」私が…いやあの子も是としている考え方。」


 一瞬、新緑の茶に姉の微笑みが見えた気がした。

 

 光音「いいんです。でも言われたことを感情で処理するのは、どうにも…」

 都姫「誰のためでもない、君のために景治ちゃんは総司令になった。私や興一君に押し付けることだって一応出来ただろうに…」


 その事実を光音は心のどこかでは理解していた。しかしもう自分にはどうすれば良いのか、もう何も分からなくなってしまった。


 そのまま訳もわからず、レトキの薩摩硫黄島への侵攻で騒がしくなっているドックを走り抜け、LA15の艦橋へと走って行ってしまった。

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