雪中の灯-2

 翌朝、興一は朝食を用意すると昨晩掛瑠が開いていたパソコンを立ち上げる。


 興一「掛瑠…」

 掛瑠「どうしました?」

 興一「備品のパソコンを使ったら、ちゃんと履歴を消した方がいいよ。」

 掛瑠「…みたんですね」

 有理「正しさの輪の件?」

 興一「取り敢えず次からは気をつけてほしいって事と、正しさの輪の様な新興宗教ギャングついて調べるのは止めはしないけど、調べても精神衛生上君が苦しむだけだ。」

 掛瑠「何で、分かるんですか?」

 興一「僕だって興味あって調べて、その教団の支部に強制捜査権発動して殴り込んだ。中は本当に酷いものだったよ。」


 興一は朝食の席に沿わない事を言っているのは理解できた。しかし一昨日に会ってからこの時までに、興一は掛瑠とゆっくり話す時間なんて無かったのだ。


 掛瑠「何が言いたいんですか?」

 興一「君は見るに生真面目なんだ、それはとてもいい事だ。きっと友人がカルトにハマってしまったんだろう?」

 掛瑠「あの野郎が友人…?違う、俺はあの畜生共に…」

 有理「そいつに掛瑠は虐められてた、でも再開発で学校が廃校になるときにみんな別の学校に離散してった。でも奴と縁を切っても掛瑠の性格は元には戻らなかった、」

 掛瑠「有理の…この供述が全てです」


 興一はコーヒーをすすると、眼鏡をそこにあったティッシュで拭う。


 興一「そうなのか…掛瑠、君が困ったら即座に僕は駆けつける。」

 掛瑠「そんなの、先生がみんな言う美辞麗句ですよ。それでも先生は何もしてくれなかった、それどころか問題になりたくないと言って愚かなPTAはこれをひた隠しにした。大人という存在の、何処が信用できるんだ!」


 興一「口では何とでも言える、それは君も経験してきた通りだ。だから行動で示す、何を信じるか、誰を信じるかは君次第だ。」

 掛瑠「そんな意識高い系のコマーシャルで刷られた事を言っても、何の心にも響かない。これだから上級国民は…」

 興一「もし僕が心まで上級国民なら、君と話す機会すらも無かった。今も何処ぞでふんぞり返ってる、でも僕はここにいるだろう。少なくとも、君は僕がここにいると認識しているのだろう?」

 掛瑠「…」

 興一「認識しているのなら、取り付く島が目の前にある。君が手を伸ばすも伸ばさぬもの、君自身の選択だ。」


 掛瑠は半ば呆れていた。救ってくれなかった周りの大人と、自分は違うと…まるで目の前の男は自分たちと同じくらいの背丈で語りかける。しかしその呆れの中に、少しだけ信じてみようと思う希望があったのも確かだったのだ。


 興一「お腹空いてると、碌なこと考えれなくなる。ご飯を食べて、君のお兄ちゃんを…光隆くんを迎えに行こう。それに、別件で何かレポートを僕に届けてくれてたけど…」

 掛瑠「見たんですか?」

 興一「良い出来だよ、社会の授業好きなんだね。僕と同じだ」


 掛瑠「…ごちそうさまでした」


 掛瑠はネガティブではあるが、礼儀作法の真意を読み取れていた。


 興一「ありがとう。掛瑠をここに連れてきてくれて」

 有理「先生に感謝される事じゃないよ、だって…」

 興一「彼ほど、礼儀作法の真意を汲み取ってくれている人は初めてみたよ。最近の人は、他人の善意に無頓着だ。でも彼は違う」

 有理「何で違うって言えるの?」

 興一「弓張家は代々、人々の心の器が見れる一族なんだ。僕は少し自信はないけど、父さんは凄いんだよ。でも、父さんが見ても同じ事を言ったと思う。さて有理、手元が止まってますよ。早く彼らにパンを届けに行かなきゃ」


 興一は再びキッチンへと向かう。そして、胸ポケットの中にあるある物を見てため息をつく。

「なんで温泉旅行なんか…」

 光隆と光音にどんな顔で彼らに会えば良いのか分からない。託した者は精神的に癒えないうちに、いや癒やそうとしてこれを渡して欲しかったのだろうが…。


………


 三人は海護財団科学技術本部の医務室へと向かう。


 興一「食べ終わったかな?」

 光隆「ごちそうさま!」

 光音「紅茶のお代わりくれますか?」

 興一「わ、分かった。その前にこれ…」

 光隆・光音「ん?」


 興一は特急のチケットを2人に差し出した。行き先は草津温泉、そして由緒正しい旅館の宿泊券が付随していた。


 光音「これは…?」

 光隆「スキー旅行?」

 興一「や、やっぱりそんな気分になれないよね…」

 光隆「そりゃそうだ」

 光音「興一さんに託した人、人の心無いんですかね?」

 カンナ「なら私が貰いますわよ」

 興一「流石に…君薄情にも程があるぞ」

 チョウナ「樒果さんが陸唯は気を失ってるだけで脳にも殆どダメージは無いし、身体も軽症で済んだから1週間程度で治るって。」


 そこに光音の紅茶と光隆のコーラを持ってきた掛瑠が出くわす。


 掛瑠「いやしかし、陸唯さんをはぶる様で何か引っ掛かります…」

 有理「そりゃそうよ、回復したら行くべきだよ」

 カンナ「えー、いっつもあいつ生意気なんですわ。サンゴ礁行ったとか色々と!たまにはあいつに自慢したいのですわ!」

 有理「金持ちなんだから行ったらよかったのでは?」

 カンナ「でもうちイギリスから出た事はありませんでしたの、主に親の都合で」

 有理「でも…」

 樒果「構わん、行け」

 カンナ「ほら樒果さんもそう言ってますわ」

 興一「電話越しで…君は鬼か?」

 樒果「草津は年中行ける、でも雪は後持って1週間。いつ行くかしら、今でしょう?」

 興一「今すぐ超重力かBHでぶち殺しても良いんだが?」

 樒果「その場合、トレンシウムの研究や私の作業を全て背負ってくれるのかしら?」

 興一「大体なぁスキーならまだ北海道とかあるし硫黄温泉は近くに箱根が…って君ら準備すなぁぁぁ‼️」


……………

……


 そんなこんなでレトキシラーデ襲撃の翌日、樒果の強烈な勧めにより傷心旅行として草津温泉へ行く事になった様だ。


 光音「昨日変な夢見たよ」

 光隆「どんなだ?」

 光音「景治姉さんにおちょくられた」

 光隆「え、なんでだ?」

 光音「いっつも姉さんは分かったふりして、私の心を弄ぶ。」

 光隆「そうか…」


 光隆は少し窓の外を眺める。三浦や横須賀から都心を結ぶ紅色の列車に揺られ、自分のホームタウンを過ぎた辺りだ。間も無く列車は横浜駅に迫る辺りだが光隆には何かが見えていたのだろう。


 光隆「俺には分からないけど、景治は景治できっと何か考えがあるんだろう。何故か、そう思うんだ。」

 光音「考えって…?」

 光隆「まだ分からねえ…でもあいつの事だから光音の事を大切に思っての事だと思う。」


 興一は訝しむ。明らかに光隆以外弘明寺カルテットは精神的に疲弊している。だが最も疑問に残ったのは、何故周囲が疲弊している中光隆は寧ろ正常な精神をしているのか…。


 興一「(何なんだ、君はいったい何なんだ?)」

 しかし同時に彼女も、同じ問題に直面する。


 景治「(何故だ、君の心を読もうとするといつも心が痛くなる?)」

 イズナ「今度はどんな未来を見たのデスカ?」

 景治「いや、変動予測の範囲内だ。(そうでなくては僕の4年間は何だったんだ…)」


…………

……


 東京駅、それは日本を東西に貫く鉄道網の要。特徴的な赤レンガの外壁は周囲の高層ビルと共に、東京都心の名所になっている。


 光隆「でけぇ!」

 光音「ここが東京駅?想像以上に大きくて綺麗。」

 カンナ「東京にも残ってますのね」

 チョウナ「無人在来線○弾、この上で爆発したんだよね。」


 有理「京都に行った時以来だ…」

 掛瑠「え…?」

 有理「映美姉ぇと一緒に行ったの、光音は来なかったけど。」

 掛瑠「そう…か。人生で一度、ここにこれで良かった。」

 有理「?」


 彼らは特急の発車時間まで2時間あるのを利用して、東京駅を見て回る事にした。

 赤レンガの駅舎の中も、まるで大正時代にタイムスリップした様な感覚になる天井の高いドームがそびえ、駅ではなく格式高いホテルに来た様な気分へと誘う。そして駅の地下もまた広く、他の駅チカは暗い雰囲気であるのに対し総じて明るい。流石日本の中核を成す駅だ。


 思いおもい感想を言い合っていると、興一は何やら見覚えのある人が居ることに気づく。


 興一「ちょっとこの辺で待っててほしい。ATMからお金をおろして、チケット引き換えてもらってくる。」

 興一はその人の後を急ぎ、駅ナカの少しお高くメニューの名前がいちいち長いカフェへと入る。


 ??「これはこれは、弓張の黒豹殿。何故あそこで私の息子と共に居た?」

 興一「相浦隆元さん…いや光隆くんと掛瑠くんの父さん、戯れはよしてくださいよ。それよりも横須賀から本省に出向ですか?」

 隆元「はは、流石にカッコつけ過ぎましたかね。そうです一時的に市ヶ谷の方に…その前に皇居外苑を走って行こうかと。その前の栄養補給ですよ」

 興一「いいですね、お供したい所…ですがあいにく僕も彼らを待たせてるので、限定の桜フラッペを買っていくとしましょう。」


 隆元「いやしかし、弓張の黒豹に我が子を見てもらえるとは。」

 興一「立派な人間にして見せますよ。それに、黒豹だなんて巷では言われますけど恥ずかしいものです。たかたがレトキを2万匹駆逐した程度で。相浦さん、いや光隆くんと掛瑠くんの父さんこそ“海蛇”と呼ばれているではないですか。」

 隆元「いやはや、給料分の仕事をしているまでですよ。では、また何処かで。」


 興一が戻ってくるまで、光隆達は赤レンガ駅舎を前に集合写真を撮っていた。


 カンナ「セットしましたわ、残り10秒!」

 三脚とチェキを持ったカンナに死角などなかった。

 カンナ「15436ひく15434は?」

 一同「に‼️」


 独特の撮影音がした後、チェキからは写真が出て来る。みんなとても良い笑顔をしていた。


………


 人は誰しも、本当に大切な存在がすぐ側にいるという事実に気付けない。私たちは気付けぬまま、先へと進むしかないのだろうか。


 特急草津、クリーム色の車体に赤いラインの入った懐かしさを覚える色をしている車両が今沢山のお客さんを全国有数の温泉地へと運ぶ。

 10年ほど前まで白い車体に緑のラインの入った車両を用いていたらしく、その列車でさえ新しいと思える懐かしの車両“L特急”の色を今の車両は受け継いでると言う。


 光隆「どんどん進め‼️」

 光音「にしてもそこまで人いないわ」

 カンナ「やっぱり平日だしシーズンの終わりですわね、雪も硬くなってますの?」

 興一「そんな事より、そろそろお昼ご飯にしない?12時に上野を出たんだから、そろそろお腹空いてるでしょう?」


 興一はみんなに仙台名物牛タン弁当を配り、家から持ってきたポリ茶瓶片手に端末を弄る。


 光隆「いただきます!」

 有理「ここの紐を引っ張ると加熱されて、ホカホカに出来るよ」

 掛瑠「何で知って…?」

 有理「新幹線内であの時…」

 光隆「すげぇ、湯気出て来た!」

 有理「そろそろ食べごろね」


 蓋を開けていただきますをすると、それぞれ頬張りはじめた。


 光隆「すげぇ」

 光音「これ…とてもおいしい!」

 カンナ「繊細…」


 興一「(こう言うので良いんだよこう言うので…)」


 生徒たちが美味しそうにしている事に彼も我慢できなくなって紐を引っ張っていた。加熱剤が熱を発してお弁当を温めると、ほかほかと湯気が立ってくる。

 牛タンは塩胡椒で味付けされ、タン先を使っているからか少し硬めだけど噛めば噛むほど味がしみ出てくる。

 ご飯の方に箸を向けると、それは麦飯であり辛味噌の漬物である「南蛮味噌」をちょちょっと付け、牛タンと共に頬張ると香ばしい風味に辛さが合わさり更に美味しさの水平線が広がってゆく。

 いつの間にか、みんなはその味に魅了されていた。


………


 光音「綺麗…」

 光隆「だなぁ」

 興一「これを見れただけでも来た価値はあっただろう?」


 特急列車の車窓から見えた山々、そして眼下に見える北関東平野ののどかな光景。都会の喧騒から離れてその様な場所に身を置くのは、都会の子供達にとってはそうそう無い思い出だ。


 チョウナ「あれが我がイギリス、ヴィッカーズが作りし艦の同系艦の名を冠した榛名山?」

 カンナ「イギリスにはそこまで高い山って無くって、白根山はどこですの?」

 光隆「うーん、ここら辺ならあっちの方に御嶽山や富士山は見えると思うけど白根山はまだじゃねぇかな?」

 掛瑠「裾野は長し赤城山…ですね」

 有理「あの右の方に見えるでっかいの?」



 興一「(何故掛瑠は上毛かるたのワンフレーズを覚えてるんだ?ご両親の出身九州だったよね…)」

 カンナ「途中から本音が口から漏れてますわよ、先生?」

 掛瑠「ほんの少し、勉強した。」

 有理「そういえばいつも持ってるルーズリーフとファイルの束は?」

 掛瑠「勝手に他人の鞄の中覗かないで下さい。重いからゆうぐもに置いて来たし、データもゆうぐもと実家に置いて来ました。何せ重いもの」

 興一「(学校でなくても勉強は出来る…か)帰ったらそのノート、見せてもらってもいいかな?」

 掛瑠「構いません、しかし原本に赤文字で何かを書かないで下さい。」

 興一「コピーする、そこは心配しないでいいよ。」


 彼は思う、掛瑠は些か突飛すぎるのだ。そしてインターネットから得られる教養は玉石混交、信頼に足りないソースもあるのだ。それに踊らされる人間も多く、評論家(気取り)の指摘も当てにならないカオスな世の中だ。


 「判断の最後は経験により決めるしかなく、そして何を経験したいかは子供達の興味次第。どんな経験でもその清濁を大人が判断しちゃダメ。」


 興一の脳裏に、恩師の言葉が甦る。


 「されども、明らかに他人に危害を加えかねない時は大人が叱り…子供が危険を犯さない様に導いてあげねば」


 更に自分の父親の言葉も脳裏に浮かぶ。優秀な二人の先達の後継者に、自分はなれるのだろうか。興一の一抹の不安をよそに特急列車は吾妻線へと入る。


 有理「ねえ掛ちゃん。貴重品の集中防御方式、やめなよ」

 掛瑠「…どうしてですか?」

 有理「すられるよ」

 掛瑠「…ごもっともです」


………


 長野原草津口、草津温泉に行くにはここからシャトルバスに乗り込み白根山中腹の草津温泉へと行かねばならない。そして吾妻線を行くとキャベツが有名な嬬恋村へと辿り着く。


 チョウナ「着いた‼️」

 カンナ「そこまではしゃぎまして…はしたないですわよ!」

 有理「お前が言うな」

 光音「そう言う有理もすごい気合い、楽しみだったんでしょ?」

 有理「学級委員ですもの、当然よ」

 

 一方男組はと言うと…


(特急からバスに乗り換える時)

 光隆「なぁ…掛瑠?」

 掛瑠「どうしました?兄さん」

 光隆「お前東京駅で何も買ってなかっただろ?牛タン弁当もそこまで食べれてなかったみたいだし。飲み物とか食べ物、買ってあげるからこっち来い。」

 光隆は強引に駅のコンビニに引っ張って行こうとするが、掛瑠も負けず劣らずの力で動こうとしない。


 光隆「何でだよ、掛瑠本当に大丈夫か?」

 掛瑠「水分なら能力で出した氷で補えます。それに…」


 掛瑠は駅前に群がるカラスを指さすと、たちまちカラスの体からツララが生えその躰を覆い尽くし、砕け散った。

 その様子に、雪ではしゃいでた女性組も驚く。


 有理「氷で…鳥を」

 興一「同化して、喰った⁉️」

 カンナ「そんな、魔法でも料理しますのに」


 光隆「掛瑠…美味しかったか?」

 掛瑠「美味しい…?何ですか、それ」

 周囲が文字通り凍てつく中、草津温泉街へのシャトルバスがやって来る。


 チョウナ「バス来ましたわよ!」

 興一「い、今行く!」


 一同はシャトルバスに乗り、曲がりくねった山道を行く。途中、ヘリポートと煉瓦造りの建物が見える。


 光隆「興一さん、あれ何だ?」

 興一「昔はここまで草津に行くための汽車が来てたんだ。バスに取って代わられちゃったけど、僕は特急にはここまで運んでほしかったなぁ」


 どんどんと坂を駆け上がるにつれ雪の量も増していく。夕方になって来たこの頃、今年最後かもしれない雪が降って来た。



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