草津篇

雪中の灯-1

 「じゃあ、やはり機関室には誰も居なかったと?」

 「ええ、喫緊で機関室の点検が行われたのは一昨日の保守点検の際だけ。」

 「その時に誰かが機関に細工を?」

 「あり得ない、私と景治司令もその場に居合わせたのよ。」


 LA15が光隆により暴走したこの日海護財団総本部敷島第7メガフロートの一角、科学技術本部ではその事件の検証が行われていた。


 「では総司令が?」

 「LA15には主機が2つある、僕が動かせたのは第2主機だけど増設したものだからプロトゲイザーには接続されていない。問題は艦橋直下の第1主機、どうも光隆と光音双方に反応するシグナルを…いや、心を開いてると言うべきだろうか。」

 「船が…心を?」

 「澪さん、信じられないかもだけどライラック艦は人外未知の存在なの。下手したら精神持ってかれて廃人コース確定なのよ…」


 この問題はライラック艦全ての問題と推定された為、関係する幹部が一堂に集められた。


 「待てよ興一、何で俺のフェートファアダにはリミッターを手動で切り替える装置があるのにLA15には無いんだ?」

 「正直言って本機関搭載型は下手すれば太陽系全てを巻き込んで爆発四散する危険性がある、だから下手な装置を付けれない場合がある。要するにLA15はとんだ暴れ馬か眠れる獅子、もしくは祟り神の様なものです。」

 「じゃあ何でそんなの運用したんだ?」


 海護財団幹部の男性陣でまとめ役となる、柚木賢三第4艦隊司令が弓張興一科学技術副本部長を捲し立てる。されど答えたのは興一ではなく松浦景治海護財団総司令だった。


 「僕の先祖代々の形見であり家宝、そして切り札でもある。この人類の危機を前に使うしか無かったが、まさか本来の主機が動くとは…」

 「つまり予見していなかったと?」

 「継承者は2人に決まったようなものだが興一さん、2人を鍛えてあげてください。鉄は冷めないうちに叩く必要もあるがまずは…」


………


 会議が終わり、夜も更けた辺りだった。海護財団本部は不夜城とも呼ばれる程に輝いていた。この灯りは暗黒に惑える人々に希望をもたらし、進む勇気を与えるのだ。


 澪「実力を発揮できなかった挙句総司令の妹ぎみに討伐を任せてしまい、申し訳ございませんでした。」

 景治「問題ない、タイミングが悪かっただけだ。防衛システムが回復した時の働きを期待する。」

 澪「承知しました。」


 澪が景治の執務室を去り、胸を撫で下ろしていると緑茶のペットボトルを片手に彼杵茜副司令がタブレット端末を弄っていた。


 茜「お疲れ様、これ差し入れ。」

 自分が手に持っていた緑茶のペットボトルの蓋を開け、澪に差し出した。


 茜「今日は大変だったね、私の奢りよ。」

 澪「副司令、お心遣い感謝します。」

 茜「今回の人事は私も作為的なものを感じた、一体あの人は何を考えているの?」


 ひと月程前、海護財団にて大規模な人事変換が行われた様でその混乱が今も続いているようだ。


………


 その頃、敷島沖の海上ではもう一人の副司令こと筑紫双樹と第二遠征打撃群の寿圭独羽都督の夜間演習が始まっていた。


 筑紫双樹「都督、行くよ」

 寿圭独羽「2330.戦闘開始」


 寿桂が複縦陣、筑紫が単縦陣を二つ並べ左舷の艦の間から右舷の艦も寿桂艦隊に攻撃を加えれる陣形だ。

 最初に仕掛けたのは寿桂艦隊、同航戦では不利ではあるが多用途ランチャーに搭載された33.4センチ迫撃砲からペイント弾が次々と叩き込まれ、筑紫艦隊のフリゲート3隻に戦闘不能判定。陣形から離れて行く。


 筑紫「四隻の撃沈。やはり対レトキシラーデ戦では有視界戦闘を求められる、そこでは寿桂都督の迫撃砲は効果あるね」

 寿桂「降参するなら今のうちですよ、副司令」

 筑紫「バカめ。荷電粒子砲、先陣寄りの敵をぶちのめせ!」


 双樹艦隊は右舷に舵を取り、自陣の後方に居る部隊に荷電粒子砲(演習用の低出力モード)を叩き込む。寿桂艦隊の前衛艦隊各艦の右側面後方により猛攻を受け5隻が撃沈判定、落伍する。


 筑紫「メタボの土手っ腹には効くんじゃないの?」

 寿桂「クソアマが…北西に舵を切って有視界戦闘の限界を目指すか。全速力で敵の前を塞ぐ、敵の航路に機雷を展開しろ!」


 迫撃砲に機雷が装填され、大量にぶっ放される。


 筑紫「今度は何だ?」

 オペ子「大量のパラシュート…機雷です!」

 寿桂「3倍の爆薬だ、震えて眠れ!」


 筑紫艦隊の前方、約2kmの水域に大量の機雷(ペイント弾)が散布されその機雷原にこのままでは突っ込んでしまう。


 筑紫「全艦左舷に回頭し全速力で横っ腹に突っ込む、我に続け!」

 筑紫艦隊旗艦“ディアドコイ”が最前線に躍り出て、次々と房子艦隊側のフリゲート艦を屠って行く。


 寿桂「あのアマ…死ぬ気か?右舷に曲がれ、包囲してすり潰す!」

 オペ子「このままでは…」

 寿桂「ここでぶちのめせば出世だって夢ではない、進め!」


 寿桂房子の旗艦“クライトゥス”が右舷に舵を切り、両艦隊は反航戦へとシフトする。しかしこの時点で房子艦隊は致命的なミスを犯してしまう。


 筑紫「掛かったな、その先は…」

 寿桂「しまった…右舷に舵を切れ!」

 筑紫「もう遅い‼️」

 刹那、撃ち込んだ大量の機雷が大爆発。寿桂艦隊は大量の水性絵の具に塗れて敗北した。


 寿桂「このクライトゥスが…」

 筑紫「策士策に溺れる…寿桂くんは頭に血が上ったら策略がパーになるから気をつけて。」


………


 その様子を中継で茜と澪は見ていた。


 澪「ここまで高度な戦闘が…」

 茜「中々にいい戦闘だった。」

 澪「有視界戦闘でしかレトキシラーデは撃破できない、でも人類の艦隊は違うはずですが…」


 茜「海護財団艦隊はレトキシラーデ撃滅を目指して装備を作ってるけど、他国もようやっと試験段階に漕ぎ付けられた荷電粒子砲はまだしも陽電子砲やプロトゲイザー砲の開発は後何年かかるかなぁ…ってものだから。軍事的なインセンティブは少なくともこの先50年はこちらにあるわ。」


 澪「では、何故レトキシラーデをこの地球から駆逐出来ないのですか?」

 茜「その陽電子砲やPG砲は整備が難しい。そして今世界中がレトキシラーデを相手に冷静さを失ってる状態で、レトキシラーデを殲滅したらその矛先はどこへ向かうと思う?」

 澪「…人間同士?」

 茜「それが人間なの。だから私たちが人類を代表して、レトキシラーデを倒さなければならないの。期待の人は、私たちだから…」


………


 五日ぶりの睡眠だったが、疲れは全く取れないものだな。

 悲しいな、セイファートよ。僕らがいくら頑張っても、痛みは…悲しみは増えていく。心の影が、どんどん増している。行き着く先は憎悪か、諦観か。

 もう僕は戻ることが出来ないのか。


……………

……


 この日は掛瑠と祐希のみ、ゆうぐもに帰ってきた。有理は前途に不安があった。そもそも生徒の数が少ない(大概身内しかいない)し、入学してわずか3日目で自分と掛瑠以外全員が入院するなどどんなアウトロー学園だよ…と思えるほど。

 そんな相棒も、ここ3年元気がない。こちらに来て元気を取り戻すと言うかすかな希望を持っていたが、そこまででもなかった。


 祐希「光音やグラバーズと入った時は狭かったのに、こんなに広いんだ。そうだよね、マンションのお風呂の3倍の広さだものね。」

 そそくさとお風呂を出て談話室へと戻ると、そこにはパソコンを開いたまま机に突っ伏してしまっていた。


 祐希「あらら、掛ちゃんったらパソコン開いたまま居眠りしちゃって…って何これ“正しさの輪_不祥事”?掛ちゃんは探偵になりたいのかな。」


 祐希は掛瑠が風呂に入った後だと言うことを確認して、彼をお姫様抱っこして自分の部屋に運んで布団に寝かせた。その時、掛瑠は羽根のように軽くて体温も低く感じた。


 彼女の不安は増すばかりだった。




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