アビリティアチルドレンズ-光妙の鋼-

宮島織風

黎明篇

光妙の鋼-1

 この世には、未だ人外未知の存在はあるのだろうか。人類はこの星で1番高い所、この星で1番低い所、この星で1番熱い所、この星で1番寒い所を踏破した。

 太陽がなぜ輝くのか、蒼穹(そら)はなぜ青いのか。それすらも科学の名の下に解き明かしてきた。


 そんな世界にそれは現れた。ビルよりも大きな化け物が、この星を闊歩し始めた。人類の叡智の陽すらも喰らう化け物“レトキシラーデ”。

 彼らが現れ、人類と熾烈な生存競争を始めてはや10年。西暦2046年の横須賀、その者は今新たなる旅立ちの朝を迎えていた。


 相浦光隆「海…瑞景島、暫くは来れなくなるな。」


 かつて、鎌倉幕府の書物庫が置かれた金沢文庫。その近くの砂浜にて、少年は佇んでいた。砂浜から湾を隔てて、水族館のある島を…そして東京湾を眺めていた。


 光隆は自転車で自宅へと戻る。これから彼は地元の小学校から、転校する事になっていた。途中、小さな船が並ぶ小さな港に光隆は辿り着いた。

 何やら人が集まっており、彼らの視線は水面にあった。


 松浦光音「光隆、これどう言うこと?」

 光隆「今俺も来た所だ、光音…自転車頼む!」


 幼なじみの少女、松浦光音に自転車を預けて人混みへと入り込んでゆく。岸壁にて光隆は人混みができた理由を知った。子供が溺れていたのだ。


 光隆「やべぇ、今助けるぞ!」


 即座に海面へと飛び込む。4月の海はまだ冷たかったが、泳ぐのが得意な光隆の敵ではなかった。


 子供「アバ…アボボ」

 光隆「おい、大丈夫…じゃなさそうだな、今助ける!」


 溺れている子供を優しく抱きかかえ、海を蹴る感覚で海面より飛び出した。上にはモノレールの軌道があったが、それすらも飛び越える跳躍。光隆の足の先からは、ウォータージェットが出ていた。


 ゆっくりと、岸辺に降りる。群衆よりも離れて、小さな湾の向こう側に着地したのは彼なりの優しさだろうか。


 光隆「痛い所とか無いか?」

 子供「お兄ちゃん、ありがと!」

 光音「ちょっと、こんな所で能力を使っちゃダメでしょう?」

 光隆「あぁ、悪い…でも助けるならこうした方が」

 光音「取り敢えず、自転車と…この子のお母さん呼んできたから」


 母親「ありがとうございます」

 光隆「いいよ、じゃあな」


 こうして、自転車に2人乗りしてマンションまで帰って行く。松浦光音は両親及び姉が敷島にて働きに出て、今は親戚の家に預けられている。その親戚の家は、どうやら光隆の家の真上にあるらしい。


……………

……


 松浦祐希「うん、このマンションの設計図から考えて掛ちゃんの部屋はこの下。しかも配線や排気口とも被って無い。今日と言う今日はあの結界を突破する!!」

 映美「幾らなんでも自分の部屋の直下に穴開けないでよ」

 祐希「黙らっしゃいこのダメ人間!!」

 

 そう言いながらこの少女、松浦祐希はチェーンソーで床板を切り始めた。彼女は光音と同じ白色の髪の毛を後ろで束ね、髪の毛に星形の髪飾りをしていた。

 その横で彼女を制止しようとしていたのは、そんな祐希の姉で光音の従姉妹に当たる松浦映美だ。高校生ならこの時間帯だと学校に行かなければならない筈だが…


 掛瑠「…ん?」

ギィィィィ

 掛瑠「工事…じゃ、無い」


 刹那、布団で一晩中調べごとをしていた彼の頭上に床板が直撃する。


 掛瑠「うわぁぁぁ‼️」ガツ

 掛瑠「…」ピヨピヨ

 祐希「あちゃあ、掛ちゃん調べ事してたら寝堕ちしちゃったのね」

 映美「いや気絶しちゃってるじゃない」


 この浅葱色の目を回してるのが相浦掛瑠、光隆の弟だがどちらかと言えばインドア派である。

 祐希は映美にロープを垂らしてもらって、掛瑠の部屋に強行突入した。


 祐希「掛瑠、やっぱり引きこもって歴史の本を読み漁ってたのね…ん?これは、高校受験レベルの本?」


 麻衣子「あら祐希ちゃん何やってるのかしら…?」

 祐希「…義母さん」

 麻衣子「貴女に義母さんと呼ばれる筋合いなど無い‼️」

 祐希「ふぁ、ふぁい…」

 祐希「ほら言わんこっちゃない…」


…………


 そんなこんなで相浦宅で一同は合流した。彼らが住んでいる場所は、神奈川県横浜市は南部の金沢八景にある。更に少し南行けば横須賀の辺りまで行けるのだ。


 麻衣子「気をつけてね、毎日電話してよ‼️」

 光隆「分かった‼️」

 掛瑠「分かりました」


 映美「先生に迷惑を掛けないでね!」

 光音「勿論よ‼️」

 祐希「姉さんも学校通ってよ!」

 映美「ちゃんと通信教育やってるからぁ‼️」

 

 光隆の住んでいる所は金沢文庫の裏手だった。金沢文庫は鎌倉時代に作られた公文書の保管庫で、正明寺の側に作られていた。ここは古く鎌倉幕府の時代、六浦と呼ばれる港があって遠浅の由比ヶ浜に代わる幕府にとって重要な港となっていた。

 だが、その時代から700年経っていた為かなり埋め立ていた。


 光隆「もう少し海が近いといいけどなぁ本当、チャリンコで行けるけどもさぁ…」

 光音「学校のある敷島には何度か行ったことあるけど、もう凄かった。一面の海だった。」

 掛瑠「本当に兄さんは海が好きだよね…自分はクラゲに刺されてから入りたくは無くなったよ、見るのは好きだけど。」

 祐希「それよりも、もう大丈夫?」

 掛瑠「まぁ…どうにか。」


 近くの踏切が鳴り、遠くで警笛が鳴る。そして、赤に白いラインが入った列車がホームに来る。しかしその車両は回送なのか通過してしまった。


 光隆「やっぱり、何かパッとしないな…この町。」

 掛瑠「日本って多分、どこ行ってもそうな気がする。でも日本はまだマシな方らしいよ」


 光音「次、10時5分だよ。」

 祐希「もうそろそろね」


 ─ 間もなく、特急浦賀行きが到着します。黄色い線の内側にお下がりください ─


 特徴的な電車が来ると、彼らはすぐに入ってセミクロスシートのソファ席に座る。それから彼らは修学旅行の様なノリで語り始める。


 祐希「掛ちゃんマジで引きこもってそんな本読んでたの?」

 掛瑠「武将とかお城とか、大好きだから。」

 光隆「じゃあ行こうぜ、今度のゴールデンウィーク」

 光音「この辺だと…城ヶ島とか小田原城かな?」

 光隆「城ヶ島って城だったのか?」

 掛瑠「読んで字の如く、平氏系の三浦氏の居城だった。北条氏にボコボコにされたけど…」


 そして、光隆の着ているウィンドブレーカーに目を移した。


 掛瑠「それは、光音さんの?」

 光隆「実は…」


 約30分ほど前、光隆の部屋にて…


 光隆「ありがとう、光音。ちゃんと洗って返すから。」

 光音「いいよ、貰っちゃって。スペア何着かあるから」

 光隆「いやでも…」

 光音「いいから、似合ってるよ‼️」

 光隆「いやぁそれ程でも…」


………


 掛瑠「幾らなんでも兄さんチョロすぎない?」

 光音「悔しいかしら?」

 光隆「おいおい、キリキリすんなって…取り敢えず焼きドーナツでも食べろって」

 光音「ありがとう!」

 掛瑠「ど、どうも」

 祐希「(ブーメラン刺さってるわね…)」


 そんな他愛の無い話に30分ほど興じていると、フェリーに乗り換える駅に着いた。フェリー乗り場は駅から坂道の商店街を歩くこと7分程度で到着する。


 光隆「うわぁ広いなぁ…‼️」

 掛瑠「下手に飛び込まないでくださいよ、こう言う波止場は存外毒のある水棲生物の宝庫ですからね…」

 光隆「ん…あれフェリーかな?」


 2人が駄弁っていたら紫色の大型フェリーがこちらに迫ってきた。そして少し前に久里浜と金谷を結ぶフェリーが出港した波止場に泊まった。全長130mはあろうかという船だった。


 光音「何か見覚えない?この色の船」ヒソヒソ

 祐希「うーん、あったっけ?」ヒソヒソ


 一抹の不安の中、一同はフェリーへと乗り込んだ。


 アナウンス《本日は、敷島連絡フェリーに乗船頂き誠にありがとうございます。先日、海賊による襲撃を受けた「第四にいじま丸」の代打として「おーばーかむ号」が皆様を敷島までご案内します。》


 光隆「海賊って本当にいるのか…」

 掛瑠「割とニュースになってる。最も戦国時代の松浦や瀬戸内、三浦の水軍の様ではなくソマリアみたいな感じ。」

 光隆「す○○んまいみたいな事出来なかったのかな?」


 かつて、海賊行為が蔓延る地域に“ある寿司屋”が自らのノウハウを教えて取引相手にまで育て上げ安定的な雇用を作り上げ海賊行為を鎮めたと言う逸話がある。彼はおそらくそれの事を言っていたのだろう。


 光音「あら、おうどんが食べれるの?」

 祐希「フェリーで昼食を済ませられる様になってるらしいね」


 光隆「ちょっと自販機行ってくる」


 そう言って光隆は3人を残して席を立つ。


 光隆「ここだな、割と早く飲み干しちゃったな…さて、何にしようか…?」

 ⁇「そりゃこれだろうなぁ…」

 光隆「誰だお前?」


 横からひょっこり少年が現れ、いきなり紅茶のボタンを押した。しかしその顔に光隆は見覚えがあり、分かった途端に困惑から喜びの表情に変わる。


 光隆「陸唯か、ひっさしぶりだな‼️」

 陸唯「んでお前、イギリスでも評価の高い「森の紅茶」の味は如何かな?」

 光隆「え、これイギリスでも人気なの?」

 陸唯「そりゃ、ブリテン貴族御用達だからさ。」


 光隆に声を掛けたのは諫早陸唯。光隆たち弘明寺カルテットの幼なじみで4年前から親の都合でイギリスに引っ越しており、つい最近日本に帰ってきたのだとか。


 光隆「…?」

 カンナ・グラバー「何ですの?この人」

 光隆「それは俺が聞きたい」

 陸唯「前にも言っただろ、海が大好きな俺の幼なじみ。相浦光隆だって」

 カンナ「これは失礼、わたくしはカンナ・グラバー。イングランドはヨークの貴族、以後よろしく。」

 チョウナ・グラバー「相浦…まさか、相浦隆連(たかつら)の息子?」

 光隆「あ、あぁ…隆連は俺の父さんの名前だぜ?」

 陸唯「チョウナはミリオタでな、俺とお前が転校する学校に留学する事になったんだ。まぁ宜しく頼むよ」


 三人を誘い、仲間たちの居る席に戻る。席はボックスシートが偶々空いていた為そこに座っていた。この船は従来の貨客船程の排水量を持ちながらも、従来の高速船を超える速度で航行できる様だ。


 光隆「戻ったぞ!」

 光音「お帰り…ってえぇ!?」

 祐希「何か団体様引き連れて来たね」


 カンナ「ごきげんよう」

 チョウナ「どうも」


 互いに挨拶をする中、一人だけ


 陸唯「お前ら元気か?久しぶりだな…って、何でこんな掛瑠はやさぐれてんだよ?」

 掛瑠「…!?」

 祐希「それは…」


 砲撃音が遠くで響く。


 光隆「何だ!?」

 掛瑠「…葉山賊、出て来ましたか」

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