現実逃避
連喜
第1話 遅い結婚
俺は50を過ぎて、ようやく、結婚というものをした。家族ができて、責任が重くのしかかる。好きな相手といつも一緒にいられるだけでなく、合法的に相手の行動や身体的自由を制限できる立場になったのだが、義務感が重くのし掛かった。もう、あいつは俺のものだという征服感がありつつ、常に憂鬱だった。
俺たちはネットで知り合った。相手は引きこもりのニート。長く精神疾患を患っている。貯金はないし、外でも家でも稼ぐ能力はない。俺に完全に依存している。友達はいないし、家族には見放されているから、俺にべったりだ。仕事以外の時間はすべて一緒に過ごす。仕事をしてても、毎時間Lineが来る。すぐに返信しないと、「浮気してるの?」、「好きじゃないの?」と言われる。
家には定時で帰っているが、待っているのは、大して美味しくない夕飯と、散らかった部屋だ。専業主婦なのに、一人暮らしの男の部屋より汚いってどういうことだ。
俺が相手に惹かれたのは、他に適当な相手がいなかったことが大きい。年をとってますますもてなくなったのに、若い子が好き過ぎて、なかなか折り合いをつけられなかった。そこで出会ったのが、あいつだった。Twitterのアカウントを見てDMを送った。16歳で声優志望で、コスプレが好きな子だった。
最初に会った時はすっぴんだったけど、会うたびにきれいになっていった。
もともと、きれいな顔をしていて、頭が小さくて、可憐な感じがした。
変な人にも見えなかった。あいつは精神疾患があることを隠して俺と付き合った。病気のことは、親から知らされた。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。僕といる時は普通なので」
相手は何とまだ若かったけど、親は面倒臭いみたいで反対しなかった。そのうち、女は俺の家に引越して来た。
「いつも一緒にいたい」と言ってくれた時は感激した。
しかし、それは家を出たいがための口実だった。
初めて関係を持ったのは、一緒に暮らし始めてからだった。未成年だったから、最初は何もできなくて、2ヶ月くらいしてから無理矢理関係を持った。
毎日一緒に寝てるのに、何もしてなかったから、俺がその状況に耐えられなくなってしまったからだ。
「レイプだ!警察に行く!」
彼女は騒ぎながら出て行った。俺は警察が捕まえに来るのを家で待っていた。
しかし、いつまで経っても来なかった。
俺はあいつに感謝するようになった。
そのうち、俺の元に戻ってきた。
相手をかわいいと思うこともあれば、邪魔に感じることもある。籍を入れたのは、相手の境遇を気の毒に思ったからだ。それに、自分の体が衰えるにしたがい、一人になるのが怖くなっていた。多少頭がおかしくて、常識がなくても、俺が入院した時に、病院に洋服を持ってきてくれたりはできるだろう。
しかし、結婚してみてすごく大変だった。前触れもなく、いきなり家出する。知らない男と電話で話している。昼間家に男を連れ込んでいるんじゃないか、外で会ってるんじゃないかと気になる。友達はいないから、出会い系で男を漁っているんだろう。
先日、家に帰ると、勝手に部屋が模様替えされていた。しかも、改悪と呼ぶにふさわしく、かえって使いづらくなっている。家具を一人で動かすと、床に傷がついてしまう。それを隠しているんだろうか。
「どうしたの?模様替えなんかして・・・」
「気分」
相手は訳のわからないことを言う。それなのに、妙な達成感に包まれたようなドヤ顔をしてる。俺は黙って飯を食う。以前は化学調味料を使わない食生活をしていたが、その人は気にしていない。料理が下手だから、レトルト合わせ調味料がたくさん買い込んである。食材と炒めて混ぜるというような手軽さが受けて、幅広く利用されていると思うが、働いているならともかく、嫁は専業主婦なのだ。一日家にいて、夕飯はそういう簡単なおかず一品と、サラダ、みそ汁しか出てこない。
「無添加の生活しても癌になる確率は変わらないよ。外食してたら、完全に排除できないし。癌になる原因の一番は、飲酒と喫煙なんだって。聡史君はどっちもやってないから大丈夫だよ」
俺は黙る。もくもくと食べるが、おかずは化学調味料の味がする。仕上げに味の○は、俺にはあり得ない。
それに、俺の生活も制限される。寝室のクローゼットを勝手に開けて、アダルトビデオが出てくると、怒って泣く。独身生活が長かったから、そのくらい普通だろう。恥ずかしながら、300タイトルくらい所有していた。そんなに気に入ってないものもあるけど、引退してしまった好きな女優さんが出てるものは、記念に取って置きたい。
しかし、相手がずっと怒っているから、パソコンにデータをコピーして捨てた。本当はパッケージも取っておきたかった。写真があるから中身を見てみようと思うのに、データだけならタイトルと女優が一致しないし、もう二度と見ないだろう。とても残念。
こうして、俺の結婚生活への夢はあっけなく崩れ落ちる。
それと同時に、悪夢にうなされるようになっていた。寝ていると唸り声をあげているらしい。
わざわざ起こして「大丈夫?」と尋ねる。
俺の睡眠時間が中断される。
俺が見るのは、自分がホームレスに堕ちている夢だ。
気が付くと、公園のベンチに座っている。
俺の近くには誰も寄ってこない。
まるでそこに大きな膜が張っているように素通りされる。
まるで、存在しないか、むしろ、迷惑がられているかのように視界にさえいれてもらえない。俺は落ち込む。妙にリアルで、将来の自分を見ているようだった。
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