9.生き人形
「首吊り……」
噂は本当だった。
ここで旅館の支配人たちは首を括り、この世を絶った。だが、その噂は随分前の話だ。死んだ人間の遺体は既に火葬されて埋葬されている筈だ。
じゃあ、目の前に映る
納は首吊り現場にゆっくりと近づく。目に留まった宙ぶらりんの人間らしきモノの顔を伺う。
「おや?」
納はピタリと動きを止めた。
「おさむ……」後ろから凛が駆け寄り、納にくっつく。
「これ、作り物ですね」
「つくりもの?」
「はい。これ、人形です。恐らく他の首吊りも全部人間ではありません」
そう言って顔部分に指差す。肌が人間のように滑らかな触り心地ではなく、フェルトが素材の毛に密が生えて柔らかい。
納はぶらりとさがった手を触りそう感じた。
「どうやら手作りみたいですね。ですが、手作りにしては……中々凝ってます。もしかして、職業は人形師の方なのでしょうか」
納は次々と予想を巡らす。
服装のデザインも、髪型も、顔つきも皆それぞれ異なる。まるで
首吊り人形の中には、もがき苦しみながら死んだと思われるのもあった。全員が全員、安らかにあの世に逝けなかったことが物語っている。
随分と悪趣味な人形師だ。いや、例え人形師ではないだとしてもこの発想は気が狂っている者しか出来ない筈だ。
とまぁ、そんなことを考えても納にとってどうでもいい事である。
「ここには本がありませんでしたね」
他を探さなくてはと納は落胆する。
「凛さん。テーブルに置いてあるチラシを持ってきれくれませんか?」
「わかった」
凛は先程の宗教勧誘チラシを手に取り、納に渡す。納はそれを回収箱に仕舞う。
「それが欲しいの?」
「なんだか珍しいなと思いましてね。こんなチラシ、滅多に見かけないものですよ」
「おさむは変なしゅみしてる」
「そうでしょうか……?」
「うん。はるとこいしが言ってた」
「おや、春さんと磊さんがですか」
同期の二人の存在が出てきたことに納は声のトーンを高める。凛がゆっくり頷く。
「おさむは、拾い癖がひどいって」
「うーん。拾い癖があるのは認めますが、そこまでですか?」
「うん。むじかくはまっきだって」
「ふふ、そうでしたか」
無自覚は末期。末期だなんて随分と難しい言葉を知っているものだ。納は微笑み、凛を優しい眼差しで見つめる。
凛のサファイアのような瞳と目が合う。凛もそれが分かったらしくすぐに目を逸らされる。
「ここには何もありませんでしたね。他を当たりましょうか」
「うん」
そして部屋の襖を閉めようと納が手に掛けた。
ドタン!!!
「いやっ」
突然の鈍い音に凛は納に抱きつく。納は驚きはしないも、襖から手を離しもう一度中を覗く。どうやらこの部屋の中から聞こえてきた。
「あ……」
納は奥に何か異変が起きたことに気がつく。
大量の首吊り人形の一体が落ちていたのだ。こちらに顔を向け野垂れ死んでいた。納たちはゆっくり其方の方へと忍び寄る。
「やはり、縄が脆かったようですね。千切れて落ちてしまったんでしょう」
「れいせい」
「冷静ってことですか? うーん、よく分かりませんねぇ……」
「この人形、しんでるの?」
「死んでると言うより、魂がないと言った方が良いのでしょうか」
「じゃあ、わたしは?」
「凛さんは……人形というより
「そっか」
「はい。……あ。待ってください。この人形の服の中に何か……」
人形の服の中から白い紙のような物が出てきた。どうやらメモ用紙の紙切れだった。二つ折りにされていたため、納はその紙を開く。
『あそこは開けてはならない』
「あそこ……?」
納がふと顔を上げる。そこにはあるはずのないもう一つの部屋に続く扉があった。壁と同化しており、一見気づくことかできなくても可笑しくないくらい似ている。
目の前の張り紙に気づくまでは。
『開けるな』
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