7.生き人形

 人が寄りつかなそうな町の隅にそれはあった。駐車場だった付近に『旅館 伏木ふしぎ』というボロボロの看板が今にも取れそうだ。


「ここ?」

「そうです」


 目の前に建つ廃れた旅館を見上げ凛は不思議そうに見つめる。枯れ木を避け、歪に削られた小石を踏みながらやっと辿り着いた。

 経営していた頃の活気のある旅館の面影はある。しかし随分前に廃墟化したせいか、建物全体が腐り壁から穴が出来ている。

 その中から、館内の中身がぼんやりと見えた。


 その旅館は昔、とても繁盛していたのだそう。しかし、次第に客の予約も減り、倒産してしまった。取り壊すしか選択がなかったのだ。倒産が決まったその数日後、旅館の支配人とその親族が、四階の一番奥の部屋で首吊り無理心中を図ったのだ。

 それ以来、その旅館に訪れると支配人の霊が出たり、心中を行った人が書いたと思われる遺書がありそれを読むと死んでしまうなど噂が絶えなかった。

 結果、廃墟となった現在では町では有名な心霊スポットとなっている。いい加減な人間がよく肝試しとして訪れているのだそう。


 二人は旅館の玄関先へと向かう。途中、凛が歩くのをやめた。そして不服そうな表情で真っ直ぐを見つめる。


「どうしましたか?」

「ここ、入ったらダメって書いてあるよ」

「ん?」

 

 納は顔を近づけると入り口の扉全体に黄色いテープが巻き付いていた。『立ち入り禁止』という赤文字で注意を示していた。


「それがですね、私たち怪異には通用しないのですよ」


 納を含めた怪異は基本、人間に見えることはない。だから、怪異がいつどこで何をしてようが彼らは気づくことはないのだ。


「私たちのことが見える人間は、元々幽霊が見える方とか死期が近い人って言われています。それに、怪異は怪奇現象は効きませんからね」

「それって最強?」

「そうですよ〜」


(最強かは分かりませんがね)


 適当に返事をするも凛は間に受けてしまいなんだか複雑な気持ちに陥った。凛は最強という言葉に反応するばかりで暫くは一人で盛り上がっていた。今朝の春みたいだと少なからず納は感じていた。


 黄色いテープを潜り抜け、館内へと入る。どうやらここは、旅館でいうフロントだ。カウンターであろう机が朽ちている。床もタイルが外れ、中が剥き出しになっていた。ぬるい風が横切る。雨で湿ったような空気が籠った匂いが鼻につく。


 その先を歩くと長い廊下が見えた。両側にはいくつもの襖が見える。適当に手前の部屋に手をかけた。床が轢かれるような悲鳴が鳴り響く。襖を全開にし、部屋内の様子を伺う。

 

「ここは……」


 何十畳の畳が敷き詰められた部屋が広がっていた。沢山のテーブルと椅子が乱雑に置かれていた。


「お食事処でしょうかね」


 思わずそう呟き、辺りに何かないか探る。凛も納のあとに続き畳を気にする。


「やはり、これは探すのが大変かもしれませんね」

「何を探してるの?」

「本です」

「本?」


 首を傾げる凛に納は頷く。


依頼主怪異の落とし物を探してるんですよ。今回の落とし物は本です」

「そうなんだ」

「はい。情報では、分厚めの本らしいのですが……凛さん?」


 凛は突然、明後日の方向を見つめる。凛の青い瞳が何かを捉えていた。


「どうしましたか?」

「あそこ」

「おや? これは…」


 凛が指をさす方向に目をやると、透明な液体まみれの固体だった。静止して床に落ちていた。粘液質で表面が艶やかだ。

 薄紅色で丸みを帯びている。産まれる前の胎児が蹲るように眠りについているみたいだ。手と足部分に見えるそれは異様に長く、どうやら下にも続いていたと考えた。


「胃ですね……」


 まさか、ここで出くわす羽目になるとは。納は眉を下げる。


「きもちわるい」

「おっと、触ってはいけませんよ。手が荒れてしまいますから」

「分かった」  


 凛はこくんと大きな首を上下に振る。そして、納の言うことを聞き納の背中へと隠れる。納は臓器を手に取り、ポケットから袋を取り出し、胃を中に入れる。そして、回収箱にしまった。


 黙々と作業する納に凛はとある疑問を投げかける。


「なんでそれも集めるの?」


 どうやら、臓器拾う納を不思議に思ったらしい。納は答える。


「臓器も言わば落とし物になります。ほら、怪異が落とした臓器ですからね。怪異同士で共食いをした時にはよく臓器が散らばっているんですよ」

「へぇ」

「あとは、近くに怪異が居るという目印にもなるんです。怪異は存在が不安定な者もいるんで、無意識に体の一部を落としてしまうことがあるんです」

「ふぅん」


 難しい単語が時折入り混じっていたためか、凛は退屈そうな返事を漏らす。返事を聞いただけで納は凛の様子に気づくことなく、先に進み始めた。


「もしかしたら近くに怪異が潜んでる可能性があるので、私の側から離れないでください」

「わかった」

「約束ですよ?」

「指切り拳万嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」

「はい。指切りましたからね」


「ここの階はお部屋みたいですね」


 二つ階段を上り、三階へと納たちは辿り着く。凛は途中で疲れたと言って納におんぶしてもらった。


「凛さーん。着きましたよ」

「んぅ……」


 どうやら眠っていたらしい。凛の声が曖昧な返事に聞こえた。納の痩せた背中にぎゅうとしがみ付き離れない。暫くすると再び瞼を閉じようと、凛の力は抜け今にも納の背中からずり落ちそうだ。


 納は慌てて凛を支えなおす。耳元で規則正しい呼吸音が囁かれる。


「おさ……む……」

「どうしましたか?」

「……」


 それ以後、凛は言葉を切った。意識は既に夢の中で起きる気配がなかった。凛はだらんと納に体を預けている。寝るのが早いなと納は軽く微笑んだ。


 納は凛を背負い、部屋の探索を始めた。


「やはり、素材が劣化しているせいで扉の建て付けが悪いですね……」


 開け閉めの悪いドアを開け、中に入る。室内は至って酷く腐敗している様子はなかった。気になる所は、壁がカビに侵食されていることと、障子に穴が空いていることぐらいだ。

 何となく開けた襖には以前使われていた布団が敷き詰められていた。


「特にこれと言ったものはありませんね。本はそれにしても何処へ……」


 書類の最終発見現場には旅館と書いてあるだけで正確な位置は記されてなかった。


 そう言えば、支配人たちが無理心中した場所は四階の一番奥の部屋と言っていたか。納は廃旅館の噂を思い出す。


「四階に行ってみますか」


 部屋を出、凛をしっかり支える。未だに起きる気配はなく暫くの間はこのままだろう。納は上へと続く階段に踏み込んだ。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る