これから毎日エルフの森を焼こうぜ

エプソン

第1話:サン地方を燃やし尽くす

 放火職人の朝は早い。


 まだ深夜とも取れる時間。二人組の男女は緑に埋め尽くされた森へと侵入していく。月の光だけを頼りに目的の区画の位置を確認後、更に地図と照らし合わせて不備がないことを確かめる。


 そして女の方は結界魔法の詠唱を。

 男の方はゆっくりと油を撒いていく。


 あとは着火するだけという段階までこればひと安心だ。火が着いたことを目視してそそくさと現場から逃げるだけ。実に簡単な作業である。


 そう、理想は。


「殺せ!! 絶対に生かして森を出すな!」

「枝の一本は血で! 木の一本は命であがなわせてやる!!」

「生まれてきたことを後悔させてやるわ!!」


 次から次へと物騒な文句を投げられながら、焼野原弘やけのはらひろしは必死に森を疾走した。

 脱出ルートは確保済み。だが、もし転べば死よりも恐ろしい現実が待っている。この恐怖だけは何度経験しても慣れなかった。


「ヒロシ。このままじゃ追い付かれる! 少しの間囮になって!」

「ふざけんな、お前がやれ!」


 相棒のアールの言葉をはね除け横に並ぶ。


「そんな力無いことぐらい知ってるでしょ! 大体ヒロシがおしっこに行って見つかったのが原因でしょうが!」

「んなこと言ったら、お前だって見張りの位置の確認怠っただろ! あんなとこにいるなんて聞いてねーぞ!」


 息を切らしながら叫んだ直後、突如足が木の根に引っ掛かった。


 やっべ、こける!?


 段々と体が前方に倒れかかっていく。

 そして視界が完全に地面を映した瞬間、


「何やってるの馬鹿!」


 罵声と共に体が宙に浮いた。

 いや、より正確にいうならば相棒に体を抱き抱えられたのだ。


「ご、ごめん」

「これでチャラだからね」


 アールはホーリーエルフとダークエルフの間に生まれたハーフエルフだ。身体能力は弘よりも遥かに高かった。


「殺せ殺せー!!」


 段々と距離が詰まってきているのかエルフの息遣いまでも聴こえてくる。投石や矢の精度も少しずつ上がっているようで時折皮膚の横を飛んでいった。


「いい加減しつこいわね!」

「まったくだ。俺達が何したって言うんだ」

「そりゃあ、森と一緒に住んでる村も燃やされるとなったら怒り狂うでしょう」

「国から退去勧告されてるのに無視するあいつらが悪いだろ」

「エルフにとってそれだけ自分達の領域が大事だということよ、っと」


 アールが飛来してきた矢を横にスライドして避ける。追跡者だけでなく飛来物にも意識を割いているのは流石という他なかった。


 とはいえ、このままじゃ捕まるのも時間の問題だ。


「アール。合図したら一瞬目を瞑れ」

「何する気?」

「あいつらの足を止める」


 言って手をアールの脇へと持っていく。

 そして、体に流れる血液を掌に集中させるような想像を働かせる。そこから更にイメージを深め、集めた血を爆発させるような空想を描いた。


「今だ!」


 弘の叫び声に呼応してアールの瞼が落ちる。


「エレメンタルライトニングブラスト!」


 高らかに弘が呪文を放った瞬間、スマホのカメラフラッシュ程度の閃光が走った。威力は低いが、ここは月明かりのみが夜を支配する世界。いくら弱い光とはいえ、夜目に慣れたエルフ達の目を眩ますには充分だった。


「ぬわぁ!?」

「んだらぁ目が!? めがぁぁ!?」


 甲高い森に悲鳴が響き渡る。

 同時に怒声も止み、近寄ってきていた後方からの足音もすっかり小さくなった。


「やるぅ!」


 追手が怯んだ隙にアールが森を駆ける。

 たった数十秒程度の時間稼ぎとはいえ、アールの足と森の暗さを考えれば充分逃げ切れるだろう。


「あー、重かった」


 周囲に人の気配が完全に無くなったと思える距離まで離れると、アールは荷物を落とすように弘を解放した。


「いってぇ!? もうちょい丁寧に下ろせよな!」

「助けてあげたんだから文句言わない。ほらっ、さっさと仕事して」

「人使い荒すぎだろ」

「どっちが」


 痛む背中を擦りながら辺りを見渡すと、そこは記憶に深く刻まれた場所だった。

 焼却する区画のボーダーライン。それがこの場所だ。特製の油が撒いてある場所であれば火を付けるのは何処でも構わないが、早急に現場をあとにするには理想的なポイントだったためよく覚えている。


「お腹すいたから早く早く」

「分かったから急かすなって」


 黒色にくすんでいる幹の根本へと行き右手を近付ける。


「エレメンタルファイアブラスト」


 唱えたのは火の魔法。これまた火花を出す程度の力しかない。しかし、幹に染み込んだ油が着火の手助けをしてくれた。

 火花は火へと変わり、火は炎へと成り上がっていく。

 そうして瞬く間に、炎の波は森の奥へと走っていった。


「ミッションコンプリートか」


 燃えていく森を見ながらぼんやりと呟く。

 薄暗かったエルフの森が赤く染まるのに大した時間は掛からなかった。

 

 罪悪感を感じないといえば嘘になる。

 しかしながら、こちらも生きるための必要な行為なのだ。


 ……言い訳だな。


 どう言い繕うが誰かの住処を奪っているは事実だ。許されることじゃない。

 

 マイナス思考になりかけたところで、弘は何時も行っているルーチンワークとしてアールを見た。


「アハハ。アハハハハハハッッ!! 燃えちゃえ燃えちゃえ!! エルフの森なんて消え去っちゃえ!!」


 狂ったように笑い声を上げる相棒の姿を見ただけで、弘は救われたような気分になった。


 やっぱ自分以上のクズがいると違うな。

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