黎明に灯る月

神坂蒼逐

プロローグ

prologue

 ゼロ・モニカ。

 世界の誰もから痛まれることとなってしまった不遇の少年。そんな少年はスラム街にて立ち尽くすんでいた。

 しかし彼は記憶喪失だった。

 今まで自分が何をしていたか、未来に何をすればいいのか。そして今をどう生きたらいいのか。それが全くを持ってわからなかった。

 とある一つの日。雨が強く地面を打ち付け、曇天が明るい世界の光を閉ざした。薄暗く、残響と悲鳴がただ混じり合う混沌とした裏の街並みでさえも独り立ち尽くす、そんな時だった。

「初めまして。私はアグノア・メリスです。お久しぶり、でしょうか?」

「……誰?」

「やはりそうですね。わからないですよね……」

 ゼロが不審そうに睨みつけてくる様子に流石に悪いと思ったのか、少し後ろに後ずさった。

「ごめんなさい。別に貴方を拉致したりとかをするつもりで声をかけたわけじゃないわ」

「そうなんだ。じゃ——」

「——君、もし貴方の過去を私が知っている、と言ったらどうする」

 その言葉を告げた瞬間、ゼロの足は固まっていた。

「……どうせ、嘘なんだろ」

「一度、私を信じてくれないかしら。1度、チャンスがほしいの」

「……僕は自分自身の過去を知らない。正直な話、知りたい……」

「なら——」

 口を開こうとするアグノアの口を塞ぐ。

「交換条件だ。そうじゃないと僕の性に合わない」

 そう告げると吹き出すかのように笑ってきた。

「あははっ、それは傑作だ!わかった、私からは君の知らない君自身の過去を教えよう。その代わり一つ、私からのお願いを聞いてくれないだろうか?」

 ゼロは何も言わずに首を縦に振った。


 名門カルマ魔法高等学園。

 そこにゼロ・モニカ、もといファーシル・オルメシアは学園に入学を果たしていた。アグノアからの頼み。それはこの学園への入学だった。

 互いに詮索をしあわない関係。だからこそゼロも何も言わないしアグノアも何も聞かない。そんな関係。

「まず早速飛び級ができるほどのポテンシャルを持っているかを調べます。ここに魔力を流してください」

 全員が従って魔力を流していく。そしてゼロの番がきた。

「これに魔力を流せばいいんですよね?」

「あぁ。早くしてくれ。ちょっと時間が押しているんだ」

 ゼロは言われた通りに手を置く。すると魔力が吸い取られる感覚に襲われ咄嗟に放してしまう。

「な、何だと……」

「すみません。急にこの板から手を放してしまって——」

「……け」

「な、なんですか?」

「出ていけ。お前みたいなゴミはいらない」

 そして調査書を投げつけられてしまう。


 ——この世界は、固有能力が全てである。

 ポテンシャル、固有能力の上限が多いほど優遇され少ないほど辛辣に扱われる。どれにされることも日常茶飯事だ。

 しかしそもそも固有能力が多ければこれまた優遇される。

 だがゼロ・モニカ。彼にはただ一つ。

 [三度ノ指揮]。それは生涯に3回のみ世界のすべての概念を書き換えられる、そんな能力。


 この物語は、記憶を求める一人の少年が腐ってしまった世界を無意識に書き換える、そんな物語。

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